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拙い文章ですがよろしくお願いします。
僕は幸せにすると誓った彼女を裏切ってしまった。
彼女が始めて見せる恨みのこもった陰惨な表情は、僕が一生を費やしても償えないことをしてしまったと自覚させるには十分だった。
何か言わなきゃいけないのに、頭の中はグルグルと混乱していて何も考えれない。
「ごめん……」
ようやく口から出た言葉は自分でも安っぽいと思うくらい安直な言葉だった。
「……いや……」
分かりやすい拒絶。彼女は汚物を見るような侮蔑の表情をして、唇を震わせてか弱い声を吐く。
「…………ごめん……」
「……いや……」
「声…………聞きたくない……」
「……あ…………ごめ……」
僕は何も言えなくなった。
言葉以外で伝えれるものなど無いというのに、その言葉すら口に出せないというのならお手上げだ。
彼女は失意の中で堅牢な檻の中に閉じこもってしまった。
僕だけが持っているはずだった檻の鍵はもう僕の手元にはない。彼女を檻から出してあげるのは僕じゃなくなった。
今できるのはこの場から居なくなることだけだ。
ぼくは無言で家を飛び出した。それが単なる逃げだと知っていても。
あてもなく僕は走った。
すでに息は続かず、遠くへ遠くへという気持ちとは裏腹に肺と足は悲鳴をあげていた。
気づけば僕は彼女にプロポーズした、デートスポットとして有名な橋の上にいた。
周りには数組のカップルがおり、みな幸せそうな笑みを浮かべて愛を囁きあっていた。その中で僕だけ一人で、世界の終わりのような顔をしていた。
場違いにもほどがあったが、これも罰だと思うと不思議と苦ではなかった。もちろん苦になっていない時点で罰は言えないが。
「はあ」
橋から見える景観は僕がプロポーズした時と何ら変わらないように見えた。それが非常に腹立たしく、それと同時に自分が嫌いになった。
「バイバイだ」
僕は左手の薬指から指輪を外し、川に投げ捨てようと試みるが、どうしても手が動かない。
こんな辛い思いを知ることになるなら不倫なんてしなければよかった。
諦めるのか?
不意に心のどこかでそう唱えたような気がした。
僕は男として最低最悪のことをした。でもそれで終わらせたくない。彼女との愛は本物だった。彼女だってそう思っている筈だ。ならばまだ終わりじゃない。手遅れになる前に戻ろう。今なら間に合う。
「あ……」
本当に彼女はぼくのことが好きだったのだろうか?
本物と思ってるのは僕だけで彼女は僕のことをもうなんとも想ってはいないのではないか?
ダメだ、たらればが僕の邪魔をする。いや、実際そうなのかもしれない。そんな思考が頭の中を埋め尽くし、結局僕は動くことができなかった。
僕がそれから彼女に会ったのは離婚届を書くときに弁護士を介した私情が入る余地のない場だった。
結局僕はそれ以来彼女と会う事なく五年が過ぎていた。
僕は離婚した後も彼女のことが忘れられず、新しい出会いを探そうともせず、うだうだとしていた。もちろん不倫相手とは会っていない。
いま、彼女はどこで何をしているのだろうか?
彼女に会えたら今度こそは思いを伝えて、そして寄りを戻して幸せに暮らすんだ。
なんてことばかり考えている。
もちろん無理だろうとは思っている。会う確率だって相当低いはずだ。でも心のどこかで希望が渦巻いている。結局僕は『たられば』に縛られていた。
外を歩いているとどこかで幼い子供をあやす男女の声が聞こえる。
僕たちもあのままうまく行ったら子供がいたはずだ。
彼女ももしかしたらもう子供がいるのかもしれない。そう考えたらひどく吐き気がする。
きっと僕はこれからも彼女のことを想い、忘れることはないだろう。ずっと、ずっと。
お読み下さりありがとうございました。