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六文銭の父子  作者: 頼タツヤ
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第三話

信幸は去った。時は既に夜である。

心地良い風が吹いて松籟を響かせ、玲瓏たる月が天空に座して地上に白い光を投げかけている。ようやく暑熱が去った陣中で昌幸は香を焚いた。日頃は兵法研究に没頭し、風流韻事にはさほど関心を示さぬ昌幸が唯一好む芸道が香の道であった。

異国から取り寄せた伽羅の木が放つ馥郁たる香りを嗅ぐと心が落ち着き、考えが冴えてくるのである。


「石田治部の決起を聞いて、家康はどのように動きますかな?」


「奴め、おそらくは泡を喰って中央に戻って来るだろう」


信繁の問いに昌幸は明快に答えた。


「上杉は他の将に任せてですか?」


「うむ。上杉には領土をめぐっての積年の敵手である伊達家や最上家を当たらせ、その間に治部少輔を討とうと考えるはずじゃ」


「石田に与する我らを放って置くはずはありません」


「当然じゃ。おそらくせがれの中納言(秀忠)が率いる軍を差し向けるだろう」


家康の考えを読むことなどは造作も無いといわんばかりの昌幸の口ぶりである。

何故ならば昌幸は家康という男の軍歴や戦法、さらには日常生活における趣味嗜好まで徹底的に調べ上げ、分析していた。その執拗なまでの姿勢に信幸や側近達まで気味悪がられたほどである。それが昌幸の性分であった。


「その中納言殿の軍勢を出来るだけ引き付け、石田との決戦には参加させない。それが我らの仕事と言うわけですな」


信繁は愉快げに言った。


「そういうことだ。かの徳川の倅殿は親父に輪をかけたような律義者だと聞く。余程融通の利かぬ、頭の鈍い男なのだろうよ。なぶりがいがありそうだわ」


鼠をいたぶる猫を思わせる昌幸の獰猛酷薄な笑みだった。


事態は昌幸の予想通りとなった。

大坂の動きを知った家康は会津征伐を取り止め、踵を返して三成を討つべく東海道に進軍した。

一方、徳川秀忠は榊原康政、本田正信らの重臣を従え、小諸城に着陣した。その軍勢は三万八千にも及ぶ。

かつて真田昌幸に煮え湯を飲まされた三河武士達は今こそ雪辱を晴らさんと猛ったが、慎み深く生真面目な秀忠はこれを抑えた。

信幸を呼び、降伏勧告の使者となるよう命じた。


(伊豆守はあの奸物安房守の血を引く男だ。徳川に忠誠を尽くすのは擬態で、父親や石田治部に通じておるのではないか)


そのような声が徳川の将兵の間で上がっているが、秀忠の信幸を見る目に猜疑の色は無い。


「いくら安房守が用兵の妙を極めようと、これ程の大軍が相手ではどうしようもあるまい。それにそなたも血を分けた父や弟と弓矢を交えるのはつらかろう。なんとしても説き伏せてまいれ」


秀忠に真摯な表情でこう命じられては、信幸も


「無駄でございましょう」


とは言えるはずもない。

翌日、信幸は本田忠勝の嫡男、つまり信幸にとっては義弟にあたる美濃守忠政と共に上田城に出向いた。

昌幸は二人を城下の国分寺にて迎えた。

我が嫡男とその義弟の口上を神妙な態で聞き終え、


「承知いたした。上田城は明け渡す他ござるまい」


と、無念そうな表情で答えた。


「真にござるか!」


本田美濃守忠政は喜色満面で応じた。


「左様。それがし、石田治部の戦勝のあかつきには信濃一国を与えるという餌に釣られ、舞い上がってしまい申した」


いかにも面目ないといった昌幸の声色である。


「しかし、美濃守殿と伊豆守殿の御言葉を聞き、目が覚め申した。我が兵はわずか二千。徳川の大軍に抗すべきはずもない。それに大義は内府様にありと今さらながら悟り申した。謀反人石田治部を討つべくそれがしも犬馬の労を尽くしたいと中納言様にお伝え願いたい」


「承知致した。我が主君もお喜びになるでしょう」


謹厳そのものの口調で言った後、忠政は表情を緩めた。


「安房守殿と弓矢を交えずにすみ申した。真にめでたい」


「我が家の嫁の弟御と愚息の面目を汚すわけにはいきますまい」


そう言って笑いあう昌幸と忠政であったが、信幸は顔面の筋肉を微動だにしなかった。

内心は憂鬱そのものである。無論信幸は昌幸の言葉など一欠けらも信じてはいない。我が子とその義弟に対してこうまで平然と芝居をうち、偽りを並べ立てる父昌幸の狡猾さと胆力に今さらながら恐怖の念を覚えた。


(我が父は怪物だ。三河武士にとってはまさに天敵であろうな)


この後の展開が思いやられ、信幸は暗澹たる気持ちであった。


翌朝、秀忠は軍使を派遣し、開城をうながした。しかし昌幸の返答は、


「城内を掃き清めた後にお渡ししたい。もう一日の猶予を」


と言うものだった。

それから二日経ったが、上田城には何の動きも無い。

流石に苛立った秀忠に再び派遣された軍使は上田城に来て仰天した。

先日とは様子が一変し、弓、鉄砲を持った武者達が充満し、明らかに殺気を向けているのである。

城中から侍大将らしき髭ずらの壮漢が現れ、凛呼たる大声で告げた。


「我が主君安房守の御言葉をお伝え申す。それがし、やはり秀頼君をないがしろにし、専断をほしいままにする増上慢の内府殿には大義なしと覚え申した。よって我が城をお譲りするわけにはまいらぬ。欲しくば弓矢にかけて奪ってみられよ。我らは城を枕にことごとく討ち死にする覚悟でお相手いたす」


軍使が持ち帰った昌幸の返答を聞き、徳川の諸将は怒り狂った。


「おのれ奸物、虚言を弄し時間を稼ぎおったか。踏みつぶしてくれる」


徳川軍はまず上田城の北に位置する砥石城に攻め寄せた。ところが砥石城には真田の軍兵は一人もおらず、徳川軍は戦わずして砥石城を手に入れた。

肩透かしを喰らった格好の徳川の将兵はますます憤激した。


「三河の犬共め。今頃は狂わんばかりに怒っておるだろうな」


昌幸は嗜虐的な笑みを浮かべながら言った。三河武士の気性は知り尽くしている。

彼らはその勇猛さにおいて天下一の精兵とも称えられるが、欠点として頑固で激しやすく、ともすれば視野狭窄に陥りやすいという面があった。

奇計百出を誇る昌幸にとってこれ程なぶりがいのある敵はいないと言って良い。


「砥石城には伊豆守兄上が入られたようでございますな」


信繁の報告を聞き、昌幸の笑みが消えた。


「そうか」


「どうやら合戦の場で兄上と相まみえることはなさそうです」


「ふむ」


素っ気無く答えた昌幸であったが、安堵の表情が浮かび上がるのを完全に抑えることが出来なかった。

そのような父を信繁は興味深げに観察している。

信繁の視線に気づいた昌幸は咳払いをした。


「さて、西方の情勢だがの」


「はい」


石田三成から新たに送られた書状によると、大坂方は毛利輝元を筆頭に、宇喜多秀家、小西行長らの諸大名の軍勢が集結しつつあるという。さらに島津義久、小早川秀秋、脇坂安治、長曾我部盛親といった本来は家康の呼びかけに応じて会津征伐に加わるはずであった軍勢をも取り込み、その総数は八万を超すと見込まれるという。


「ほう、八万にもなりますか!」


信繁が感嘆の声を上げた。


「うむ。しかし徳川の方も黒田甲斐守(長政)、福島左衛門尉(正則)、細川越中守(忠興)といった諸大名の軍勢を合わせればほぼ同数と見ねばならぬ」


昌幸はまったく楽観視はしていなかった。


九月六日、秀忠は上田城の東部に兵を派遣し、稲穂の刈田を命じた。

秋風がビョウビョウと吹きすさぶ中、徳川の騎馬隊は実った稲穂を焼き尽くすべく、たいまつを手にし馬を進めた。

するとそれに応じるように、上田城から六文銭の旗を掲げた真田の騎馬武者達が現れた。


「おう、城に籠って震えておるかと思ったが、出てきおったか」


「五十人ほどかの」


「流石に稲穂を焼かれるのはたまらんか。面白い。稲の代わりに真田の者どもの首を刈り取ってやろうぞ」


徳川兵達はたいまつを捨て、太刀を抜き、槍をしごいた。

見れば真田の兵達の先頭に、十文字槍を手にしたひときわ小柄な武者がいる。

これから戦いが始まると言うのに、柔らかな微笑を浮かべたその顔貌は、紅顔の少年のように見えた。


「小童とはいえ容赦せん。その首置いて行ってもらおう」


剛力自慢の溝口治兵衛という名の武士が三尺五寸の太刀を振りかざして猛然と馬を駆った。


「小童とはひどい。拙者これでも当年三十四よ」


そう応じたのは言うまでも無く真田左衛門佐信繁である。

溝口は渾身の力を込めて太刀を振るった。凄まじい刀勢であったが、信繁は馬上で巧みに姿勢を変えて躱し、がら空きとなった溝口の喉仏を十文字槍の穂先でえぐった。

疾風のように駆けてきた武士、佐倉右近は信繁を田楽刺しにすべく槍で突いた。

だが信繁はあえて躱さず、呼吸を合わせて己の槍先で佐倉の槍先を抑えた。

佐倉は振り払おうとしたが、槍先同士がぴったりとくっついて離れない。まるで妖術である。

驚愕し、大きく開かれた佐倉の両眼に閃光が走った。両眼を切り裂かれて顔面を紅にそめた佐倉が絶叫を上げながら馬上から転落した。

三河武士達は瞠目した。これ程までに精妙な槍の使い手に遭遇したことは未だかつてない。

戦慄し、動きが止まった徳川武士に真田武士が斬りかかる。

信繁も配下に獲物は渡さぬとばかりに阿修羅の如く槍を振るった。

十文字槍の穂先が光の鞭となって走り、徳川武士の喉を切り裂き、脇をえぐり、口蓋を刺し貫く。


「お、おのれ!」


「貴様、名を名乗れ」


返り血を全身に浴びた信繁は凄絶な笑みを浮かべながら名乗った。


「真田安房守が次子、真田左衛門佐」


「ぬう、あの奸物のせがれか!」


徳川武士は怒りの声を上げたが、信繁の驍勇を恐れて斬りかかることが出来なかった。


「ふん、お主ら我らを甘く見て、戦をする気構えがいまいち練れておらぬと見える。そのような者共を討ってもつまらん。引き揚げるとしよう」


そう嘯いて信繁は兵と共に悠然と去っていった。

翌日、雪辱を晴らさんとする徳川兵であったが、やはり信繁の凄まじい武勇と巧みな兵の駆け引きに圧倒され、逃げかえるしかなかった。


「ふがいなき者共よ。真田の小せがれづれになぶられるとは」


激昂し、配下の兵達に罵声を浴びせたのは徳川軍の猛将、大久保忠隣である。


「こうなったら我らが直接上田城を攻め寄せ、奸物親子を並べてそっ首叩き落とす他あるまい」


そう主張し、酒井家次も同意した。


完全に怒りで我を忘れた徳川の将兵達は主将である秀忠の許可も得ずに大軍を繰り出した。

真田信繫が率いる少数の部隊が例によって現れたが、此度は一合も槍を合わせずに一目散に撤退した。


「小せがれには構うな。城を落とせ」


大久保忠隣の怒号に鼓舞され、徳川の兵達は一番乗りの功を競って一斉に城壁に取り付く。すると、ガラガラ、という凄まじい大音響が徳川の将兵の鼓膜を叩いた。

城壁の上から大岩、丸太が転がり落ちてきたのである。

兵達は悲鳴を上げて城壁から味方の頭上に転落する。

さらにどこからともなく真田の狙撃兵が現れ、横合いから一斉に乱射を浴びせかけてきた。

城壁の間近は兵でひしめき合っており、しかも彼らは弾除けの為の盾も用意していない。

徳川兵達はなすすべもなく鉛玉に貫かれ、屍の山と化した。


「これはいかぬ。退け、退くのだ」


先程までの怒りと猛気をかなぐり捨て、大久保忠隣が顔面蒼白となって命じた。

大久保の命令を伝えるべく、伝令兵達が声を嗄らして駆け巡るが、徳川兵達は押し合い圧し合いになって思うように動けない。


「勇猛名高い三河武士は丸太に大岩、鉛玉では到底満足できぬだろう。次は我が槍を馳走仕ろう」


不吉な声が、混乱の極みにあった徳川兵達の心胆を冷やした。

十文字槍を手にし、白皙秀麗な顔貌に酷薄な笑みを浮かべる真田信繫の姿は、徳川兵達には禍々しい悪神そのものにしか見えなかっただろう。

完全に戦意を失い、ひたすら逃げようとする徳川兵達を信繁率いる騎馬武者達が容赦なく槍先にかけ、馬蹄で踏みにじる。

徳川軍は総崩れとなった。

城外へ逃れた兵達は神川を渡ろうと渡河地点へと向かった。死に物狂いとなった彼らは、虚空蔵山南嶺から一本の狼煙が上がったことに全く気付かなかった。

それは堰き止めておいた神川の堰を切る合図だった。

間もなく渡河を始めた徳川兵達に、神川の濁流が襲い掛かった。渦巻く濁流は巨大な水龍と化して徳川の兵も馬も小舟も分け隔てなく貪欲に吞み込んでいった。

未だ渡河していなかった徳川の兵は眼の前の惨状に呆然と立ち尽くしていたが、やがて恐怖の悲鳴をあげた。

信繁率いる真田の追撃隊が馬蹄を轟かせて突撃してきたのである。

徳川の兵は半狂乱となって逃げ、あるいは降伏の声を上げたが、三途の川の渡し賃、六文銭の旗を掲げる死の使者である真田の武士達は耳を貸さなかった。

一切の慈悲もかけず、容赦なく騎馬で体当たりを喰らわせ、槍を振るって徳川の兵を神川へ追い込み、叩き込む。

神川は無数の溺死体が浮かぶ地獄の光景へと変貌した。


上田城の櫓から戦況を眺めていた昌幸は、その異相に愉悦の表情を浮かべていた。

今回の徳川との闘いにあたって、昌幸は信繁にも家臣にも相談せず、細部にわたるまで全て一人で作戦を立てていた。それがことごとくあたったのである。


(三河の者共め。わしの、真田の武名を高めるために生まれ、死んでいきおるわ)


やがて信繁が戻って来た。


「父上。徳川軍は敗走いたしました。あの様子では、当分攻めては来ますまい」


全身に返り血を浴び、壮絶と言うしかない姿ながら、常日頃と変わらない平然たる態度の信繁を、昌幸は感に堪えない表情で見つめた。


「よう働いたのう、源次郎」


思わず信繁を幼名で呼んだ。実の息子であっても滅多に褒めたことのない昌幸であったが、今回ばかりは褒めずにはいられなかった。

自ら槍を振るっての武勇といい、兵の進退の巧みさといい、これ程までに卓越したものを持っていたとは、正直なところ、思っていなかった。


「精強と名高い徳川武士も、まるで大したことはありませんでしたな。もう少し、歯応えのある相手だと思っていたのですが・・・・」


父の称賛の言葉が耳に入っているのかどうか、信繁は不満げに言った。


「徳川の者共などは所詮その程度よ。奴らをいくら狩ったところで、心が満たされることなどあるまい」


昌幸は吐き捨てるように言った。


「さて、家康のせがれが懲りずに戦を仕掛けてくれば面白いのだが、そこまでは愚かではあるまい・・・・」


九月十一日、秀忠は家康から真田攻めを取り止め、西へ上れとの命令を受け、撤兵することを決意した。

配下の将兵達は、


「このままおめおめと引き下がれませぬ」


「またしても真田の者共に名を成さしめてよいのですか」


と、必死になって戦うことを懇願したが、秀忠は耳を貸さなかった。

律儀な秀忠にとって父の命令に背くなどありえなかったし、何よりも己に軍事の才が無いことを既に見切っていた。

戦のことは百戦錬磨の父に任せ、己は政の手腕をもって徳川の覇業に貢献すべきだと、この老成した若者は考えていた。

徳川軍が去り、上田城の真田兵は沸き返った。


「勝った、勝ったぞ」


「十五年前に続いて、またしても徳川の大軍を退けたのだ」


「我が殿の采配の何と見事なことよ。もはや、亡き信玄公をも超えておられるのではないか」


「うむ。家康などではなく、安房守様こそが海道一の弓取りよ」


そのような配下の将兵達の声に鷹揚にうなづきつつ、昌幸の思考は既に次の段階に移っていた。


(これで大阪方は相当有利になったはずだが・・・・)


勝つはずだ、とまでは断定できない。かと言って、このまま上田城にいながら大阪方の勝利を祈るだけというのはあまりに芸の無い話である。


「信繫と共に兵を率いて徳川の後方を攪乱してくれよう」


昌幸は地図を広げた。その異相に浮かぶ情熱的な表情は武将というよりも、渾身の思いを作品に込めようとする芸術家のそれに近かった。



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