第3話 「細い悪魔と太い悪魔」
静かな森に、漢の怒声が響き渡る。
悠人は、考えていた。
確かあいつはこー言っていたな。
「お前に自由はないんだよっ!」
と。
悠人は、何となく彼女がどう言った存在か気づいていた。よく見るとボロが目立つ服。脚には鎖が付いている。
間違いない。
悠人の世界ではいない、悲しい人達の1人なのだと。
「貴様みたいな奴隷が、自由に歩く権利なんてねーんだよっ!それに、その男はなんだ。まさか……
ほぉ。 さては貴様こいつと共に逃げようとしていたなっ!」
漢に怒鳴られ、彼女は震えていた。
それでも、必死に声を絞り出す。
「ち、違うんです。この人は道に迷っていたので、案内していただけです…」
その言葉を聞いた瞬間、漢の額に血管が膨れ上がる。
「この野郎、奴隷の分際で俺様に口答えしてんじゃねーぞっ!!」
漢は罵声を浴びせつつ、彼女を持っていた木の棒で殴りつける。
何度も、何度も…
その光景に、悠人は言葉も出なかった。それは、あまりにも悲惨で目を覆い隠したくなる程の所業。
悠人が動けずにいると、
「やめろスタンリー。」
突然、漢の後ろから声が聞こえたのである。
「いつも言っているだろ。手を出すなって。」
スタンリーと呼ばれた漢の後ろから現れた男。身体は細身だが、その声はとても低い。
スタンリーは渋々と言った顔で、男の後ろへ付いた。
「いや〜すまないね。そいつは私の所有物なんだ。悪いが、返してもらうよ。」
男が手招きした瞬間、彼女はチラリとこちらを見たが、数秒してすぐに男の所へ駆けていった。
悠人は、考えていた。
このまま彼女を行かせて良いのかと。
だが、迷ったのは一瞬の事で、彼女へと声をかける。
「ちょっとまっ「「おい小僧。俺が大人しくニコニコしてる間にやめとけよ。
俺は、この先の街で奴隷商をやってるダウトって言うんだ。ま、客として来るなら歓迎するよ。」
一瞬の内に距離を詰められて、悠人は固まった。
その表情を見て、ダウトは楽しそうにケラケラ笑いながら歩いて行った。
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ダウト達が消えてから、数時間が経っていた。
しかし、悠人はその場でまだ立ち尽くしていた。
悠人は争いの渦中にいる様な事が今までなかった。
平和な世界であったのも、理由の1つではあるが、元々争いは好きではなかった。
そんな悠人が初めて感じた圧倒的な程の恐怖。
少し時間が経つと、冷静さを取り戻した悠人は、夜までに街に着いて、宿で寝たいと考えた。
歩き続けると、ダウトが言っていた街が見えてきた。本当は、あんな奴が居る街に来たくはなかったが、森で魔物と同棲するのも無理と考え、渋々来た。
街には門があり、門番のおっちゃんが話しかけてきた。
「よぉ、兄ちゃん!ここの門を通るには身分を証明するものがいるんだが、見せてくれるか?」
「すいません!ギルドカードを落としてしまって、これからギルドで再発行しなくてはならないんです!」
咄嗟に口を突いて出たのは、そんな言葉だった。勿論、この世界にギルドと言う施設があるかなど、悠人が知るはずもなかったのだが、さすが異世界。
ギルドはしっかりと存在していた。
「そーか!そいつぁ災難だったな!
普段は通してやれないんだが、兄ちゃん顔色も良くないし、今回だけ特別に通してやるよ!」
門番のおっちゃんは笑顔で門を通らせてくれた。
やる気の出ない悠人は、取りあえず宿に行こうと思った。だが、資金がない事に気がつき、あの2本の牙を売ろうと思いついた。
武器屋を見つけ中に入ると、多種多様な武器が置かれていた。
だが、悠人はそんな物には目もくれずに机の上に置いてあるベルを鳴らす。
「はいよー。」
奥から小さなオッサンが出てきた。
悠人は道具袋から牙を取り出し、机の上に置く。
「ほぉ〜、ツリータートルの牙か。
このサイズなら250Gで買ってやるよ。
こいつで武器を作って欲しいなら、他にも素材を取って来な。」
「いや、売却で頼むよ。」
小さなオッサンは悠人の顔を数秒見た後、250Gを机に置いた。
悠人は250Gで泊まれる宿を探した。
宿屋はいくつかあったが、1番安い一泊50Gの宿に決めた。
部屋に入るとすぐにベッドに倒れ込む。
目を瞑ると、ダウトが手招きした瞬間に、こちらを見た彼女の顔が浮かんでくる。儚げなその顔が悠人の頭から離れない。
気づくと悠人は、霧で何も見えない場所にいた。
すぐに夢だと気付き、辺りを見回す。
すると、白髪の顎下プヨプヨなおっちゃんが出てきた。
「諦めては、そこで試合終了だよ。」
そー言われると、ゆっくりと意識が遠のいた。
目を開けると、天井が目に映る。
「ふ、ふふ、はーはっはっは!」
悠人は勢い良く笑い出す。
まさか我が人生の師匠に会えるとは夢にも思っていなかった。
「そーだよな。諦めちゃダメだよな。」
悠人はポツリと呟き、勢いよく立ち上がる。
「よーし!見てろよダウトの野郎!
絶対あの子を救ってみせるからな!」
悠人は力をくれた白髪の悪魔に感謝をし、これからの計画をベッドの上で立てるのであった。