リスタートはポッキーの日
夕焼けの中、二人乗りの自転車のシルエット。
それは遠い憧れ。
今、見かける二人乗りの自転車はせいぜいが親子連れ。
やっぱり恋人同士二人乗りロマンは川べりの道を走る姿だと思う。
「カップル二人乗りのロマンは犯罪へと変わったのだぁー」
「いや、以前からダメだからね」
そうツッコんでくる友人に笑う。そのぐらい知ってるし。ダメって禁止が背徳的でドキドキ吊り橋効果を高めるんだよね。羽ばたけ青春。
そんなことを思いつつ、私はペロリと舌を出す。
「憧れだよ。あーこーがーれ。第一私には好きな男もいないしさぁ」
「もー、セッちゃん、少しは興味もとーよ」
「えー」
二人で歩く帰り道はコンビニまで。
そこから先は違う道。
特に意味のない無責任な会話を惜しみつつ意識を別れへと切り替えて「バイバイ」「またね」とお互いに手を振る。
友人の背を見送り、私はふぅと息を吐く。
街は明るいのに一人気分。
コンビニの灯りに街灯、マンションからこぼれる営みの灯り。
本当に明るいのに。
こんなに明るいのに。
ぎゅうっと心が切ないの。
「私は、誰かを好きになれるのかなぁ」
ロマンや淡い憧れはある。この人好きだなって思うことだってある。
でも「恋人がいる」と聞いたとしても「素敵ね」としか思えない。
悔しいとか、悲しいとか、奪いたいとかは思えないんだ。
ただ、好きだって思った人には幸せに笑っていて欲しい。独占したいと思えない。
「恋愛不適合者かなぁ」
あははっと笑ってぐるりと腕を振り回した。
ぼやきを振り払ってしまおうと。
腕にかかった重い触感にびくりとする。間をおかず、ばざんと音をたてて荷物が落ち散らばった。コンビニの袋、いくつものパッケージ菓子。甘党? そんなことより、ヒトサマの荷物だ。
「うあああああ。ごめんなさい。ごめんなさい!」
私は慌てたままにしゃがんで落ちて散らばった物を拾い集めた。
慌て過ぎていて相手に注意を向けていなかった。
往来で腕を回した私の不注意だ。誰かが踏んだり蹴ったりする前に拾い集めないと。
落ちた物を拾い集めて殴ってしまったヒトをようやく見た。
「相変わらず変な奴だな。セキ」
ポンっと力が抜ける。
そこにいたのは近所のユウだった。
「うわ。謝って損した」
そのまますれ違いたかった。
気不味い。
「はい、どうぞ。大事なおやつでしょ!」
少しムキになってた。
だって、腹立たしくて仕方なかった。
ユウがにやにやしててイヤだった。
ポッキーのたくさん入ったコンビニの袋を押しつけて自宅まで走った。
「つけてこないでよ!」
振り返って睨む。すぐ後ろにいた。
走って息を切らせた私と違ってユウはニヤニヤと余裕だ。ムカつく。
「俺も帰るんだよ」
そう、ユウは同じマンションに住んでいる。
私はグッと黙った。
私はユウが苦手だ。
なぜなら向かい合うと顔を上げるハメになるからだ。
ある程度は目を見て話したいから。
昔はチビだったクセににょきりやがって、あー、悔しい!
マンションのエントランスの壁画を眺めつつ、エレベーターを待つ。
海の遠いこの街で色褪せた海が見える。
私は4階ユウは9階だから私が先におりる。
「ほら、やるよ」
気不味い二人きりの狭い空間からの解放。ポンと投げ渡される箱。返そうにもエレベーターのドアは無情に閉ざされる。
見下ろせば手の中にミルクティー色のポッキーの箱。
なんだか子供扱いされた気分だった。
視界に映る表示灯はエレベーターが9階についたことを示してる。
「ただいま」
応える声はない。
誰もいないのはわかってる。すぐに自分の部屋に入って上着を脱ぎ、放る。
手を洗って流しにもたれてお湯が沸くのを待つ。マグに入れたインスタントコーヒーの粉。窓の外は街明かり。コンロの火が青く揺らめく。テレビや音楽を入れようと思えなかった。
「なーんか、さびしぃ」
ぽつっと言葉をこぼす。まるでそれは言霊のように心の奥に沁みてくる。
さびしい。
目頭が熱くなった気がした私はマグにお湯を注いで部屋に戻って足を投げ出す。
転がったポッキーを手繰り寄せてパッケージを開ける。チュッとチョココーティングに口づける。
ペロリと広がるキャラメルの甘さ。
お子様な私はお菓子にキスでごちそうさまだ。
私にはきっと、恋も愛もいらないって思う。




