自然の摂理ってやつ
野鼠が現れた!
サトミの攻撃。しかしサトミは戸惑っている。
野鼠は気にせず木の実を食べている。
……あかん。生き物を殺すなんて俺にはできない。
俺は野鼠を前にがっくりと膝をついた。
記憶を失う前は、恐らく生肉なんてスーパーとかでしか買ったことない俺に生きている動物を殺すなんて無理な話だった。
もしお腹が空いてどうしようもないというなら背に腹は代えられなかったかもしれないが、果物やきのこやらで飢える心配は今のところない。
地べたにへたり込んだまま地を這う虫を眺める。
あれ潰したらレベル上がるかな……
虫に手を伸ばし、そしてひっこめる。
駄目だ。なんとなく虫も殺しちゃいけない気がする。
どうやら俺は元の世界でかなり心優しい少年だったらしい。
洞窟前の大岩をどけるべくレベルアップにいそしむことに決めたまではいいものの、レベルを上げるには敵を倒さなくてはならない。
ゲームだったらモンスターを倒せばいい。しかし幸か不幸か目を覚ましてこのかたモンスターらしいモンスターに出くわしたことはない。
よって倒すのはこの辺に生息する野生の動物たちや虫などということになるのだが、これまでの教育で育んできたであろう他者への慈しみの心がそれを邪魔するのだった。
この分だと例えモンスターに出くわしたところでまともに戦えるとも思えない。
ハチの時は首のあたりをホールドして締め上げたので本当に命の危険に晒されれば話は別だが・・・
かといって生き物を殺さないとレベルは上がらない。
ハチのことを考えれば半殺しでもいいのかもしれないが、力のない小動物を半殺しなど、それはそれで逆に酷い気がする。
元の世界だったら動物虐待じゃないか。
今まで学んできた常識と決別して生きるために生き物を殺すべきか。今までの常識を守って別の方法を模索するか……悩ましいところである。
しばらく考えた後、後者を選ぶことにした。
ずっとこのまま生きていかないといけないというわけではないかもしれない。なら、あまり考え方は変えたくない。
たんに生き物殺すなんて怖いってのもあるけどね。
……仕方ない、レベル上げの他に岩をどかす他の方法を考えよう。
ゆっくりとその場を後にしようとする、と
ギュウウウウ!!!!
野鼠の断末魔に慌てて後ろを振り返る。そこには絶命した野鼠を咥えたハチの姿。
野鼠の血だろう。口からは血が滴っている。
うあああ
一瞬気が遠くなる。危うくその場に倒れそうになって慌てて体制を立て直す。
みちまったよ。生き物の死骸みちまったよ。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い……
どうしたの?って感じでハチがよってくる。野鼠を口にくわえたままだ。
近寄るんじゃないよ!
俺は慌てて飛び退る。
「く~ん」
ハチは悲しそうな声を上げる。
ああ、いかん! ハチには何の罪もない。俺が野鼠を殺そうとして戸惑っているのを見て手助けせねばと事に及んだに違いないのだ。それをこんな突き放し方をしたのでは……
俺は慌ててハチに近づくと優しく背中をなでてやる。
ハチはうれしそうに俺を見上げる。突き放してしまったのは誤魔化せたみたいだ。どうでもいいけどさっさと野鼠の死体はどっかやってほしい。ハチを見るたび強制的に目に入っていい気分がしない。
心が通じたのかハチは野鼠の死体を俺の前に差し出した。
……死んでる。
生き物の死体というと、かつて1度だけ見たことがある。自動車に轢かれた猫の死体だ。しかし気持ち悪かったのですぐに目をそらしすぐに記憶から消し去った。怖いもの見たさで何度も見てしまう。そんな人間もいるだろうが、俺はそういう人間ではなかったらしい。
じっくりと生き物の死骸を見るのはこれが初めてということになる。
どうせ死んでいるのだし食べてしまおう。
その死骸が牛か豚ならそういう考えもわいてきただろうが野鼠ではわいてこない。ハチに食わせるか……と考えて、そういえば俺は「蘇生術」なる術が使えることを思い出す。
せっかくだから試してみようか。
「リバイブ!」
「ザオ〇ル!」
「チンカラーホイ!」
しかし何もおこらなかった。
蘇生術を使おう。そう思い立ったもののやり方がない分からない。
とりあえず「生き返れ」と念じてみたが意味が無いみたいだ。
適当な呪文を唱えてみたが効果はない。
次に身分証明書の「蘇生術」の文字の部分を指で強く押してみる。
いや、押したらなんとかならないかなと思って……
でもやっやっぱりなんともならなかった。
なにか呪文があるのか、道具がいるのか、もしくはMPが足りないのか。
なんか説明がないと何していいのか分からない。
一応思いつくことを一通りやったが何も起こらなかった。寝て起きたら生き返っていた。そういうこともなさそうだ。何しろMPが全く減っていない。
しばらく考えた後、野鼠はハチに食べさせることにした。
埋葬してもいいが、自然の摂理的にそれが一番正しいような気がしたからだ。
殺すために殺すのは人間だけだ。生き物は皆食べる食べに殺す。
本かテレビでそんな話を聞いたことがある。
実際は動物も同族間のいじめで殺したりすることがあるというが、もしかしたら殺して食べるのかもしれない。それなら自然の摂理は守られていることになる。そうなると共食いになるからよりえぐい事実な気がしなくもないが。
兎に角俺はハチに野鼠を食べさせた。ハチも肉が食べれて嬉しそうだ。
肉食雑食は肉を食べる。肉はもとは生き物。命を奪って食べる。
普通のことだ。難しく考える必要なんてなかった。
ただ、俺はいまのところそれをやりたくはない。
この世界にずっといるならいずれはそんなこと言ってられなくなるんだろうが、少なくとも気持ちの折り合いがつくまでは無理だ。
だけどハチはもともとこの世界の住人だ。俺のエゴに付き合わせる必要はない。
俺は自分の手を血で汚すのは嫌だが、他人に対しては自然の摂理を守らせる主義なのだ。
……格好良く決めてやろうと思ったが、こう書くと俺って最低じゃね?