1話完結
ふと、純愛ものを書きたくなりました。
凄く楽しくて、初めてこんなに長くかけたと思います。
暴力シーンがあります。苦手な方はお気をつけ下さい。
フィオナ・ユリフェイブーー。
公爵令嬢で大人しく美人で近寄りがたい高嶺の花だが、目が合えば可愛らしい優しい微笑みを向けてくれるので、貴族の間で嫁にしたい女ナンバーワンの聖女である。
それは王族も同じ考えで、第一王子の嫁に抜擢されたフィオナは途端に顔を青くして倒れた。
フィオナには家族以外に知られていない秘密があって、それは通常の生活に害なすものではなく明るみにでなかったが今回ばかりは、その秘密が発揮される。
「噂に違わぬ美しさだな、フィオナ・ユリフェイブ。何、これから私の妃になるのだ。顔をあげよ」
フィオナと違って結婚したい婿ナンバーワンのレオンハルト王子は高収入・高学歴・高身長・顔といった最高4Kであり、深々と頭を下げているフィオナに話し掛けた。
陽の光に透けて輝く白金の髪が風に揺られ、長めの前髪からどこまでも晴れ上がった碧空の瞳が見える。顔がそもそも整っており、背は優にフィオナの頭2つ分は超えていた。
普通の令嬢達なら頬を染めてきゃあきゃあである。
そんなレオンハルトを前にフィオナは長くストレートな黒い髪をさらりと揺らし、若干…いやかなり震えながら顔をあげた。
フィオナと目が合ったレオンハルトは驚きで、その碧空の瞳を揺らす。
白磁のようになめらかな肌は見るも無惨に青くなり、桃色の小さな唇は紫へと変色している。長くびっしりな睫毛の下に伏せていた大きなアメシストの瞳は溢れそうなほどに涙を溜めてぷるぷると震えていたのだ。
「フィオナ・ユリフェイブ?」
レオンハルトが首を傾げ、気遣うように心配する。
そんなレオンハルトにフィオナは一言も発することが出来ないまま、とうとう倒れてしまった。周りがザワザワと騒ぎ始めレオンハルトは倒れたフィオナに駆け下り抱きあげる。
フィオナは余りにも軽くて、驚くレオンハルトだがその折れてしまいそうな肩を少し強く抱き、フィオナのために用意された部屋へと向かった。
白く汚れのないシーツに下ろし、少しばかり皺が寄る。フィオナは抱き上げられている最中に閉じた瞳から流れた涙の痕が頬に残って、痛々しかった。
レオンハルトはその痕を触れるか触れないかでなぞり、頑なに閉じられた瞳には何を抱えているのか分からない。
その不安のようなものを取り除ければいいな、と思うレオンハルトは椅子に腰掛けたまま、目を開けて微笑んでくれるフィオナを夢見て眠ってしまった。
目が覚めたフィオナは隣で椅子に腰掛けて一定の寝息をしながら静かに眠っているレオンハルトを発見する。
悲鳴をあげそうになり、急いで口を閉じてごくんと喉を鳴らした。
そーーっとレオンハルトの腕に伸ばして行く指はちょこんと触れそうになったところで、ぱちりと目を開けた。
びっくう!と驚きで跳ねてしまい、掛けられていた毛布で顔を隠す。毛布を持っている白磁のような指が微かに震えていて、レオンハルトは残念そうに目尻を下げた。
「……怖いか?」
小さく呟いたような問いにプルプルと震えていた手をゆっくりと下に下げて、揺れるアメシストの瞳が碧空の瞳とかち合う。
顔は更に青ざめて、それでも隠れようとしないところを見るに意志は強いのだろうか。
レオンハルトがフィオナの言葉を待っていると、震える唇が開かれた。
「申し訳……ございませ、ん…」
アメシストの瞳が来た時同様に涙を溜めながら聞こえたのは、ひっそりと咲く夕顔を連想させるような小さな声であった。
何に対して謝っているのか、もちろん怖がっていることに対してだ。
本来、王族相手にこのような態度は許されることではない。それを分かっている、賢い令嬢。しかし、何らかの事情があるのだろう。
レオンハルトは深く追及せずに、優しく微笑んで首を横に振った。
そして紙をどこからか取り出し、持っていたペンでさらさらと書き始める。
何やら書き終えたらしい紙はシーツの上に置かれ、プルプルと震える手がそーっと取った。
そこには〈今日は城に赴いてくれて有難う。私は貴方に何も危害を加える気はない。今すぐに笑いかけてくれることは無理でも、どうかこの城が貴方にとって居心地の良いものになれたらいいと思っている。困ったことがあったら侍女を呼んで欲しい。嫌なことがあったら、構わずに打ち明けて欲しいーー〉と書いてあった。短時間で言いたいことと、望んでいること、危害を加えないということを伝えたかったのだろう。口に出したらフィオナが怖がってしまうと思い、書き置きしたと思われる。
フィオナはそんな謙虚な優しさを持っているレオンハルトにそーっと今度こそ震える指を抑えて、その腕にちょこんと触れた。
「レオンハルト様が……怖いのではあり、ません。男性の方全員が、こ、怖いのです。」
ふるふると言い終えたのか瞼を硬く閉じ、触れていた指も離れた。
打ち明けてくれたフィオナを見て納得する。男が苦手なら今回の婚約はとても苦であったろうに、と。しかし、フィオナの男性に対する恐怖は尋常ではない。何か……辛い過去でもあるのだろうか、レオンハルトはそう思いはするけれど怖がっているフィオナに聞こうとは思わなかった。
なるべく怖がらせない優しい笑みを向けて、部屋を出て行く。執務があるのだ。
ぱたりと閉じられた扉を見て…桃色に戻った唇は硬く噤ぶ。
フィオナには赤子の頃から男性が恐怖の対象であった。父親でさえも怖くて、それでも寛大な父親は尚も笑いかけフィオナに暴力を奮うことは一切としてなかった。溢れるほどの愛情を注いだまでだ。
その父親のど根性並みの頑張りが報われたのか、ある程度離れたところで話せれるようになった。それでもフィオナは公爵令嬢であるために男性と交流を持つことは運命でもある。当の本人のフィオナも、このままではダメだと思いまずは笑いかけることから始めた。
目が合えば微笑んでくれるというのは、フィオナの努力していた時なのだ。
そんな極度の男性恐怖症を持つフィオナにレオンハルトは優しく寛大な心で接してくれた。
半年後には、そのレオンハルトとの婚約発表の場が設けられる。それまでに男性恐怖症を克服してレオンハルトに応えれるようになりたい。
フィオナは意を決して侍女を呼んだ。
「初めまして、私はフィオナ・ユリフェイブ。ユリフェイブ公爵家の娘です。この度は多大なる御迷惑を掛けてしまい何とお詫びを申していいか分かりません。」
目を伏せて申し訳なさそうに謝罪を口にするフィオナに侍女らは息を呑んだ。
モテない女の裏事情で、フィオナ・ユリフェイブのあることないこと実は腹黒で男達を手の上で転がしているだとか、笑顔の裏には男どもを小馬鹿にして嘲笑っているだとか……。
そんな噂が陰で流れて、主に女性陣の悪口で出回っていたのだが、噂の本人は裏表など全くないように見え侍女という下のものに対しても敬意を払っている。
その噂を聞いていた侍女達は嫌々ながら、この部屋に訪れた自分が愚かしく恥ずかしいと思えてきて、全力で首を振る。
「め、滅相もございません!慣れない場所でお身体が持たなかったのでしょう!何と繊細で慎ましい!」
そんな侍女らにフィオナも首を振ると真剣な顔をして姿勢を正す。侍女らのゴクリと喉が鳴る音が部屋に響いた。
「半年後までに克服したいことがあります。私はそのことをこれから御世話になる貴方達に話しておくべきだと思いました。……私は男性恐怖症なのです」
聞いたこともない病名に侍女らは首をかしげてしまう。フィオナは思い出すだけでも怖く、ガタガタと震える手でスカートを握り、今にも倒れそうな真っ青な顔をして言葉を続けた。
「私には、前世の記憶があります。この世界で生を宿す前の生きていた頃の記憶です。……わ、私は前世の父親に虐待を受けていました。まだ8歳の時の記憶です。私が16になるまでそれは続きました。家に帰りたくない私は外にいました。すると私よりも体が大きく髭の生えた男性に、ご…強姦されたのです。抵抗すれば体格の大きな男性…手加減のない暴力を奮われました。事が終われば私はその場で捨てられ、ボロボロになって帰ってきた私に父親は沸点が高まっていつも以上に容赦無く殴られました。この時、全身打撲で死んだのです。死ぬときも男性の怖い顔が頭から離れませんでした。今でも……男性が暴力を降って来そうで、弱い私に何かしそうで……っつ、うう」
声を押し殺しながら泣き出すフィオナに侍女らは、人間のすることじゃない…と憤慨したり悲しんだり、哀れんだりと様々な反応をしめした。フィオナは過呼吸になりかけながらも、言葉を続ける。
「……先ほど倒れたのも、目の前にレオンハルト様、男性が居たからです。…私は、自分よりも強く、大きな男性が怖くて仕方が無いのです…!」
ヒューヒューと喉を鳴らし始めたフィオナに急いで優しく背中を摩り始める侍女達。フィオナの震えは尋常ではなく、まるで極寒の中氷水に落とされたかのように顔は青くしゃくりあげていて、最早話すこともままならない。
聖母のような笑顔はぐちゃぐちゃに崩れ、優しげな瞳は泣きすぎて真っ赤に腫れ上がっている。白磁のような綺麗な肌は青磁の陶器かと思わせるほどに青く染まっていた。
程なくして落ち着いた様子のフィオナは、侍女らにもう大丈夫、と言って視線を合わせた。
「ごめんなさい、みっともないところを見せてしまいました。それでも、こんな私にレオンハルト様は優しく寛大な心で接してくれたの。この世界で生を宿して初めて男性に触れられたの。私は、この婚約を解消したくないと思っています。そのために、この男性恐怖症を克服して、レオンハルト様と同じ気持ちを返せたら……」
表情が和らいだフィオナに侍女らは途端に目元が緩んで、頬を赤らめた。
「まぁまぁまぁまぁ!!!そうですわよね、レオンハルト王子はとても素敵な方ですもの!!当然ですわ!私達、応援しますからね!!!」
急に距離を詰めてきた侍女らに一歩引きながらなんのことか分からず、その熱意にありがとうとだけ伝えた。
「今夜はきっとレオンハルト様がいらっしゃいます!さあ、入浴の準備を致しましょう!」
「…え?えぇ!?」
半ばもみくちゃにされながら隅々まで綺麗に仕上げられるフィオナ。
黒く長い髪は風呂上がりでアップにさせられてうなじが何とも魅力的だ。そして火照った頬にその身長に比例していいのかダイナマイトボディが色気を増幅させていた。
「素敵でございます!」
感涙しながらうっとりとした瞳を向ける侍女らに困惑する笑みを見せると、扉がノックされる音が聞こえる。
「……すまない、疲れていると思ったんだが」
扉越しに聞こえてきた優しい声に、フィオナは風呂での火照りとは違った赤みを頬に集中させた。
「通してよろしいですか?」
一応確認をとった侍女にこくりと頷くと、侍女はかちゃりと扉を開けた。
フィオナはその扉から出てきたレオンハルトの碧空の瞳と直様かち合って、赤くなっていた頬は青くなったりと恐ろしいまでに切り替えをしている。
それを見た侍女らは納得し、2人だけになるように部屋を退出する。
残された2人は何とも甘酸っぱいような暗い想いでレオンハルトは立ち止まったままだ。
目の前には一瞬照れていたように見えたフィオナが真っ青になって固まっている。どうしたものか、容易に近付いて怖がらせるなどレオンハルトはもちろん出来ない。
そんなレオンハルトは昼と同じようにメモを取り出そうとした。
「……わ、わざわざ御足労いただきありがとうございます!」
レオンハルトは驚く、初めて大きな声で話しかけられたのだ。話しかけるといっても距離は約10メートルほどあって、お礼の言葉であるが、それでもレオンハルトは嬉しさで少々破顔した顔で首を横に振る。
「……大丈夫だ、何か不便はあったか?」
レオンハルトの表情に固まっていた青い顔が緩む。ふるふると首を振ることによって不便はない、と意を示す。
レオンハルトから見ても、少し警戒を解いてくれたのか対面した時ほどの過剰な恐怖心はないように見えた。
「そうか、良かった。……フィオナ、俺はまだ怖いか?」
レオンハルトのその言葉に、フィオナはビクッとなる。レオンハルトも急に聞いて絶賛後悔中だ。
また、怖がらせてしまったかもしれない。と思い碧空の瞳を伏せる。
「レオンハルト様は、私を……乱暴にしま、せんよね?」
紡がれた言葉は実にか細く、弱々しかった。レオンハルトは驚いて、両手を差し出す。
「フィオナの嫌がるようなことはしないよ。まだ怖いようなら近付かないように気をつける。ただ心配するのと、守らせては欲しいな」
ハハッと少し潤んだ碧空の瞳が細められていた。
守らせて欲しいーー。その言葉がフィオナにとってどれほど安心できるものなのかは、これまでのたった数時間と少ない時間でも、フィオナを笑顔にするには充分であった。
「こわ、くありません。」
フィオナは一歩一歩と慎重に近付いて、白磁のような手がレオンハルトの右手を掴んだ。
「大きな、手。」
その大きな手で殴られるのは痛いだろう。しかし、守られるとなればとても心強い手だった。キュッと握られた弱々しい白磁のような手に、壊れないように最強の配慮をして握り返した。
「必ず、守るよ」
優しい声に今までの緊張がどっと解れて、握った手から感じる暖かさに涙が溢れてくる。隣で涙を流す愛しい人を抱き締めたい衝動に駆られるレオンハルトだが、怖がらせるのが落ちだと自負していた。それでも何か出来ないのは男として、どうなのかとも思う。
ゆっくりポンッと頭に置かれた手を一瞬びくりとなるが、一定のリズムで優しく撫でてくれる暖かな手に自然と涙は止まって、胸に抱えた闇が晴れたようにレオンハルトを見上げる。
見上げたレオンハルトは相変わらず優しげな笑顔で、撫でることをやめない。
ーーーーー愛している。
言葉でなくとも伝わる愛情に、フィオナは笑いかけた。
嬉しそうな笑顔で、その瞳の端にはまだ涙が残っていたけれど、フィオナの男性恐怖症を克服する時はそう長くはない。
やっと、自分を守ってくれる。愛しい男性に出会えたのだからーーー。
読んでいただいてありがとうございました!
こんな純愛ものは多分初めてで至らない点が多々あったかと思いますが、素直な感想などお待ちしております。
次回から番外編をちらほらと書いていこうと思っているので、そちらも御目を通して下さると嬉しいです。