第6話 夢からさめても
「グロォオッ!! グロォオオオッ!!」
化け物は泣き叫んでいた。太い腕で頭を掻き毟り、赤い血のような目から涙を流して咆哮をあげる。化け物は額を洞窟の岩に叩きつける。ドゴォオン! と割れたのは岩の方。どれだけ自分を痛めつけようと、化け物の頑丈な身体には傷一つつかない。
人間を食べた人間を食べた人間を食べたッッ!!
バキィィンッ!!
化け物は自分の角を力任せに折る。
何でッ、どうしてッッ!! 何で食べた!? 何故食べた?? 生きていたのに! まだ若い少年だったのに!! まだ……、子供だったのにッッ!!
バリッ、バキィィンッ!
泣きながらもう一本の角も折った。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!許して許して許して!!
ザクッ、ザクッ、ザクッ!!
折れた角で自分の脚を刺す。刺した角を抜くたびに、化け物の赤黒い鮮血が噴き出した。何度も何度も繰り返し刺す。そして、刺した傷が直ぐに塞がっている事に気付き、化け物は絶叫した。
ーーもう嫌だ!! この身体は自分で死ぬことさえ出来ない!!死にたい、死にたいッ…! お願い、誰か私を殺して!!
この化け物をッ、誰か殺してえぇぇええぇッッ!!
「グロォオオオオォォオオォォッッ!!」
化け物の絶望の咆哮が洞窟に響いた。
……ねぇ、もう泣かないで。
ーーうるさい。
……お願い。
君が悲しいと、僕も悲しくなるから。
ーーうるさい! もう放って置いてよ!!
…ねぇ、そんなに悲しまないで。
君はお腹が空いていただけなんでしょ? 生きる為には、必要な事だったんだよ。
ーーうるさい! 私は人を食べたのよ? 人間なのに、人間を食べたの。私は…、これで本物の化け物になっちゃったのよ。こんな私なんて、死んだ方がいいのよ!
そんな事ない。体は化け物になったとしても、君はまだ人間の心を持ってる。優しい人間の心だよ。
ーー……っ、優しくなんてない。私は人の不幸を願って、自分が化け物になってしまった愚か者なのよ。こんな私が優しい人間な訳がないでしょ。
人を食べて後悔している君は、間違いなく優しい人だよ。
ーーやめてよ! 私は人を殺した化け物なの! もう人間じゃないの!
君が人の心を持ち続ける限り、君は人間だ。それだけは、忘れないで。自分が人間だという事を、決して忘れては駄目だよ。
ーー……いつか、忘れちゃうかも。ずっとこのまま、この化け物の体でいたら、自分が人間だった頃なんて忘れてしまうかもしれない…。
……大丈夫だよ。僕が忘れさせない。
ーー……は、 何それ。っていうか大体アンタ誰なの?
…僕? 僕は……君だよ。
ーーはあ? 何それ、意味わかん無い。
直ぐに分かるよ、僕が誰か。それに、きっともうすぐ会える。
ーー会える?
……ほら、そろそろ時間だよ。もう起きなきゃ。
ーーいや。まだ起きたくない。
…ワガママ言わないで。ほら、起きてよ。マリー……
ーー…え? どうしてーーーー
ガバリッ!
化け物は勢いよく身を起こした。
ーーーあれ? …夢? ……変な夢。
化け物は首を捻る。小さな目から涙が零れた。どうやら泣きながら寝ていたらしい。化け物は気だるい身体を起こし、腫れぼったい目を水でバシャバシャ洗った。
タオル……
無意識に手を彷徨わせてタオルを探し、手が宙を舞う。そしてここが自宅じゃない事に気付き、また涙が出た。
私はもう、完全に化け物だ…。
化け物は自分がもう人間に戻れない事を確信する。たとえもし人間に戻れたとしても、何事もなかったように今まで通り暮らせるだろうか? イヤ、出来ない。人1人の命を奪ったのだ。しかも、食べた。きっと腹が空くたびにあの少年の顔を思い出すだろう。そして、いつか気が狂う。現に今も、すでに気が狂いそうだ。
ポロリ…
化け物の目から、涙が一粒落ちた。




