嘘という簡易な武器
知人から嘘を吐かれた、私がそう感じた時に心が彼女から離れていくのを感じた。
嘘を吐くことが絶対的に悪いとは言わない。
しかしそれはあまりにも人を蔑ろにしていた。自分の都合の良いように物事を動かそうとしていた。バレる筈はないと、相手の立場になって物事を考える事すら放棄して浅はかな欲望のみに目がいっていた。
私がその醜さをみた時、私は果たし状を叩きつけられたように感じ、しかし彼女がそのような人間でないことも分かっていたため、余計に虚しさが際立った。
私が彼女を見ているように彼女は私を見ていなかった。人として、個としての私という存在が彼女にとっては背景でしかなかったことが切なかったのだ。
人は誰しも自分の都合の良いように状況を動かしたいと思っている。その手段が偶々私の嫌悪している事柄だった。
長く関わっているから知っている。彼女に悪意などなく、只々素直だっただけ。言葉を道具として扱い、そして扱いきれなかった。
それが分かるならば次に目が行くのが浮き彫りとなった私の幼さだ。不利益を与える気など毛頭なく、敵対する意思すらなかった。その様な彼女に対して自ら距離を置いてしまった私は、私自身の価値観に縛られすぎていたのかもしれない。文化が違うのだ、秘める物の違う他者に対して自分のそれを押し付けた。
しかし、己の大切にする物をぞんざいに扱われた時、そこに嫌悪を抱くのは仕様がないことだ。そこで相手の在り方を強要するのではなく、自然と、平和裏に距離を置けたこと。これは私としては及第点ではなかろうか。




