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覗き込む光-間宮響子-

作者: 江渡由太郎 原案:J・みきんど
掲載日:2026/04/15

 夜の画面は、やけに明るすぎる。

その光は、部屋の輪郭を曖昧にし、人の気配を“隠す”には都合がいい。


 ――それを、彼女は知らなかった。

 最初は、些細な不具合だった。

 スマートフォンの画面が、ふとした瞬間にピンボケする。

 文字が滲み、指で触れても焦点が合わない。


「あれ……?」


 軽く再起動すれば直る。

 だから、それ以上は気にしなかった。


 次に、妙な“熱”を感じるようになった。

 ポケットに入れていると、じんわりと太ももに伝わる異様な温もり。

 長時間使っているわけでもないのに、背面がじっとりと汗ばんでいる。


「バッテリーかな……」


 そんな風に、理由はいくらでも思いついた。

 Wi-Fiの不具合、OSのバグ、アプリの暴走。

 すべて、“現実的な説明”がつく。

 ――そのうちは。


 だが、ある夜。

 突然、画面が暗転した。

 操作していたはずのSNSが消え、黒い画面に自分の顔だけが映る。


 それも、ほんの一瞬。

 すぐに別のアプリが立ち上がる。

 開いていないはずの動画。

 触れてもいない通知。

 指は動かしていないのに、画面が勝手にスクロールされていく。


「なにこれ……」


 怖い、というよりも先に、苛立ちが来た。

 壊れたのだと思った。

 だから修理に出した。

 代替機に変えた、その日から――

 同じ現象が起きた。


「それ、もう機械の問題じゃないわね」


 間宮響子は、そう言った。

 静かな声だった。

 けれど、その言葉には逃げ道がなかった。

 相談者の女性――奈緒は、ぎこちなく笑った。


「でも、修理に出したスマホも異常なしで……代替機でも同じで……」


「ええ」


 響子は頷いた。


「“あなたが見ている”からよ」


 その意味を、奈緒は理解できなかった。

 いや、理解したくなかった。


 問題が決定的になったのは、その夜だった。

 部屋の灯りを消し、ベッドに横になる。

 いつものように、暗闇の中でスマホを操作する。

 画面だけが、顔を照らす。

 白い光。

 それだけが、この世界に存在しているような錯覚。


 ――そのとき。

 画面が、ふっと暗くなった。

 完全な黒ではない。

 わずかに残るバックライトの中に、“何か”が映る。

 自分の顔。

 そのすぐ横に――

 別の顔があった。


「……え?」


 ゆっくりと、視線を横へ動かす。

いた。

 そこに。

 見知らぬ女が。

 髪は濡れたように張り付き、頬は不自然にこけている。

 目だけが異様に大きく、瞬きをしない。


 そして――

 スマホの画面を、覗き込んでいた。

 奈緒の顔のすぐ隣で。

 まるで、“一緒に見ている”かのように。



 翌朝。

 奈緒は直ぐに間宮響子の元へ駆け込んだ。


「その女、何を見ていたと思う?」


 響子の問いに、奈緒は震えながら首を振った。


「……あなたよ」


 即答だった。


「正確には、“あなたが見ているもの”を見ている」

空気が、重く沈む。


「それはね、視線に憑くものよ」


 響子は静かに語り始めた。


「昔からあるわ。鏡や水面、そして“光るもの”に現れる類の霊」


「でもスマホなんて……」


「だから厄介なのよ」


 間宮響子は言った。


「現代は、誰もが毎日、長時間“それ”を見続ける」


 逃げ場がない。


 霊視が始まった。

 響子の瞳が、ゆっくりと細くなる。

 そして――

 わずかに、表情が歪んだ。

 その変化を、奈緒は見逃さなかった。


「……何が見えるんですか」


 沈黙。

 長い沈黙のあとで、響子は口を開いた。


「一人じゃないわ」


 奈緒の心臓が、嫌な音を立てた。


「最初は一人だった」


「でもね――」


 響子の声が、わずかに低くなる。


「あなたが見るたびに、“増えてる”」


 それは、覗き込む。

 画面の向こうから。

 光の中から。

 最初は一つの顔。

 やがて二つ。

 三つ。


 重なり合い、隙間なく、びっしりと。

 まるで、画面の奥に“人間が詰め込まれている”ように。

 全員が同じことをしている。

 ただ、見ている。

 あなたの視線の先を。

 あなたの顔を。

 あなたの“生活”を。

 ――あなたの“内側”を。


「……対処法は?」


 奈緒は、かすれた声で尋ねた。

 響子は、少しだけ迷った。

 そして言った。


「簡単よ」


 その言葉に、わずかな希望が宿る。


「見なければいい」


「え……?」


「スマホも、画面も、鏡も。光るもの全部」


 現実的ではない。

 仕事も、連絡も、生活も。

 すべてが破綻する。


「無理です……」


 奈緒は即座に否定した。

 その瞬間。

 響子の目が、はっきりとした恐怖を帯びた。


「そう」


 短い返答。

 そして――


「じゃあ、もう手遅れね」


 帰宅した夜。

 奈緒は、スマホを見ないと決めた。

 机の上に置く。

 電源も切る。

 それで終わるはずだった。

 はずだったのに。

 ――気になる。


 見られている気がする。

 画面は消えているのに。

 “向こう側”から。

 何かが、こちらを見ている。

 我慢できずに、スマホを手に取る。

 電源を入れる。

  画面が光る。


 その瞬間。

 びっしりと。

 顔が。

 重なっていた。

 何十、何百。

 すべてが奈緒を見ている。

 そして――


 その中に、“自分”がいた。

 同じ顔。

 同じ目。

 同じ表情で。

 こちらを覗き込んでいる。



 翌日。

 間宮響子のもとに、新しい相談が来た。


「スマホがおかしいんです」


 若い女性だった。

 画面が勝手に動く。

 知らない顔が映る気がする。

 よくある話。


 響子は、静かにスマホを受け取った。

 画面は、黒い。

 けれど――

 そこに、見えた。

 覗き込む無数の顔。


 その中に。

 ひとつ、見覚えのある顔があった。

 昨夜、相談に来たはずの女。

 奈緒。

 彼女は、画面の奥から。

 ゆっくりと口を開いた。


「……ねえ」


 その声は、スピーカーからは聞こえなかった。

 だが、確かに。

 “こちら側”に届いていた。





 そして今も。

 あなたが画面を見るたびに。

 ほんの一瞬、ピントが合わないことがあるなら。

 それは、故障じゃない。

 熱でも、通信でもない。


 ただ――

 まだ、“数が足りていない”だけだ。



 ――(完)――

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