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東京で燃え尽きた僕が、海辺の喫茶店で人生を淹れなおす物語  作者: 久遠翠


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12/12

エピローグ「絶やさない灯り」

 あれから、さらにいくつかの季節が巡った。秋も深まり、汐見町の海風が肌寒さを帯び始めた、ある日の夜。

 翔太は、最後の客を見送ると、ドアに「CLOSED」の札をかけた。賑やかだった一日の喧騒が去り、静寂が店内に満ちる。カチ、カチ、と古い柱時計が時を刻む音だけが、やけに大きく聞こえた。この、一日が終わった後の静かな時間が、翔太は好きだった。


 片付けを終え、カウンターの隅の、いつもの席に座る。彼は、祖母が遺した日記を、今でも時々読み返すことがあった。しかし、最後の数ページだけは、なぜかずっと開けずにいたのだ。まるで、大切な宝物を、最後までとっておく子供のように。

 今夜は、不思議と、その続きを読むべき時が来たような気がした。


 翔太は、ゆっくりと日記の最終ページを開いた。そこには、これまで見てきた力強い筆跡とは違う、少し震えた、弱々しい文字が綴られていた。祖母が病院のベッドの上で、最後の力を振り絞って書いたものだと、すぐに分かった。そしてそれは、日記ではなく、一人の孫に向けた、最後の手紙だった。


『翔太へ。


 この手紙を、あなたが読んでいるということは、私はもう、あなたのそばにはいないのでしょう。

 謝らないでおくれ。あなたが十年、この町に帰ってこなかったことを、私は一度も寂しいと思ったことはありません。あなたは、あなたの場所で、必死に頑張っていた。それだけで、ばあちゃんは、十分に誇らしかったんですよ。


 でも、もし、あなたが人生に迷い、立ち止まってしまった時には、この店と、この町のことを思い出しておくれ。

 この場所で、たくさんの人が涙を流し、そして、それ以上にたくさんの人が笑い合って生きてきました。人が集う場所には、必ず未来があります。温かい灯りがあります。


 翔太。

 この店と町を、頼みます。

 どうか、その灯りを、絶やさないで。


 ばあちゃんより』


 読み終えた時、翔太の頬を、一筋の温かい雫が伝っていた。涙ではなかった。それは、祖母から受け取った、温かい灯りそのもののように感じられた。


 翔太は、静かに立ち上がり、店の窓から外を眺めた。漆黒の海が、静かな寝息を立てている。ぽつり、ぽつりと灯る家々の明かりが、まるで夜空に瞬く星のように、優しく町を包んでいた。

 そして、この喫茶店「海猫」の窓から漏れる光もまた、その星々の一つとして、町並みを、そして穏やかな夜の海を、温かく照らし出していた。


 灯りは、ここにある。

 これからも、ずっと。


 翔太は、誰に言うでもなく、そう呟くと、柔らかな笑みを浮かべた。

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