結局、何の乙女ゲームだったのだ
…必死だったのだと思う。
空をかく手足、徐々に小さくなっていく水しぶき。
どうしてか、その手が、耳が、その灰の毛色が、良く知った子のものだと分かってしまって。
会社かばんを投げ捨てて、夢中で川に飛び込んで、かじかむ手足で小さな体を摑まえて、どうにか川岸の木に引っ掛けて…。
それから…それから?
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「…お姉さま!お・ね・え・さ・ま!…全く、いつまで寝てるつもり!?」
「カミラ…?」
「私、今日はお茶会なのよ!お姉さま器用じゃない?髪を結ってほしいのよ」
このやや強引な妹はカミラ、私の腹違いの妹である。
私?…私はグレース。グレース・ミルトン。ミルトン公爵家の長女である。
8歳の頃に家の庭園の池で溺れかけ、前世を思い出したのだが…
自身の状況を鑑みると、母は既に亡く、父は再婚。次の母となる女性は自身の子にやさしく、私に厳しい。
父は仕事三昧で家族に無関心。
そして、私の容姿は赤い吊り上がったキツイ目に銀髪縦ロールのツインテール。フリフリの真っ赤なドレス。思い出す限りかなりのわがまま。
…この世界、何らかの乙女ゲームの中ではなかろうか?
この流れ、私、悪役令嬢なのでは…?
そしたら…まさか…いわゆる婚約破棄の上、断罪コース、なのでは…?
不吉な予感に駆られた私は、ひとまず決まりそうだった婚約はお断り…はできずに、婚約者候補に変更。
さらに、溺れかけた際に高熱を出した件を引っ張り出し、病弱設定を追加。
また病弱を理由にお茶会や面会を断り、家に引きこもり本ばっかり読んでいた。(正直、前世庶民にマナーとお茶会はしんどすぎる…。)
父…は帰ってこないので、手紙でやり取り。母の監視をかいくぐり、妹との仲を深めた。
結果、妹は押しの強さは健在だが、きちんと分別のつく子に育ってくれた。仲も良好である。
断罪?や婚約破棄?の舞台になる可能性のある学園にも行きたくなかったが、名門ユニバース学園への入学は貴族の子息令嬢には必須。
どうしても行きなさいとのことで、泣く泣く学園で薬理の先生をしている叔母を頼って、病弱を理由に正規で入学せず、叔母の助手として学園に滑り込んだ。
勿論、入学試験も受けましたとも…。
どうやら、あたりまえだけど、特別待遇はある程度の成績を修めている必要があるようで…。
数年間、毎日勉強漬け・マナー漬けで、受験時には脳みそ焦げ付いていたと思います。本当に。
おかげ様で入学試験はスラスラ解答、家庭教師からはお済付きをいただき、きちんと合格!
全方位スキなし!
さあ、入学だ!と妹のおねだりに応えて、髪を結ってあげつつ、意気揚々と顔が見えないようローブをかぶり、こそこそと職場の温室に入ったのが、今日の朝の話。
…私の職場になる学園の奥まったところにある温室。
一目で気に入った、人が来ず、手入れの行き届いた薬草や研究用の草花が咲き誇る私の天国…。
…に、高そうなお茶会用のテーブルとイスが設置されている。
(いやいや、まさか…)
ぎこちない動きで顔を向けると…
そこに優雅に座っているのは、第二王子のエドアルドである。
淡く透き通るグレーの髪色に、アイスブルーの目。温室の草木から差す木漏れ日も相まって、美し過ぎる容姿である。もはや後光が差している。
お母さまは獣人だそうだが、粗野な感じは全く無く、むしろ動作は優雅でしなやか。気まぐれでつれない態度がまた良い…!とご令嬢や王室で働くメイドの注目の的、らしい。
(眩しすぎて、目がぁぁぁ、住む世界が、違いすぎる…!)
「やあ、グレース。ようやく会えたね。
溺れかけた時を最後に、病弱を理由に、こちらのお誘いは全てお断りだ。
この十年間、本当に寂しかったよ。
さあ、座って。君のために準備したんだ。」
「だ、第二王子殿下…。どうしてこちらに…。」
「どうしてって、僕の婚約者だからね。君の話は1つ残らず僕のところに報告が来ているよ。ほら、こっちに来て、座って?それとも、僕に座らせてほしいのかな?」
「いえ、そんなつもりは…。…では対面に失礼します。
あの殿下、私はまだ婚約者候補、と伺っておりますが…。」
「うん?5人いた候補の内、3人はもう辞退しているよ。残すは君と、もう一人だけ。そのもう一人の彼女もこの学園には来れなかったみたい。ねえ、もう実質、婚約者は君になるんじゃないかな?」
「いえ、まだ決まりではありませんので…。」
丁寧な言葉でしおらしく対応する。腐っても十数年は貴族、素早く猫をかぶるのはお手の物である。
殿下は何かと気にかけてくれるが、残念ながら、私はこの人が苦手である。
(何か、こう、気づいたら居て、ジッと観察されている感じが、怖いのよね…。)
以前何度か外出した際にも、気づいたら横にいて声を掛けられた記憶がある。
「さて、今回のお茶会は初めてだから温室にしたけれど、次からは学園内の王室用のサロンや中庭などでのお茶会になるからね?」
「…どういうことでしょう?」
「聞いてないかな?婚約者候補は週2回のお茶会を義務付けられているんだ。次から、僕が迎えに行くね?」
「どうでしょう。私は病弱ですので、そのように何度もお茶会に出席できるかどうか…。」
(初耳なんですが?王室サロンは派手だし、入っただけで注目の的よ。中庭なんかどの棟の窓からでも見えてしまうわ、絶対お断り…。)
「大丈夫だよ、そうかなと思って、王室の女性医師を君に就けておいた。体調が悪い時は彼女に診てもらうようにね。君の叔母様にも予定は伝えてあるから、きっちりお茶会の時間は空けてくれるはずだよ。
ふふ、ちゃーんと迎えに行くから、きちんと職場で待っててね?グレース。」
「…そうなのですね。あら、叔母様と言えば、もうこんな時間…。長居してしまいましたわ。仕事もありますので。このあたりで、失礼します、殿下。」
(どうにか、どうにか返答をはぐらかして、もうこの流れを打ち切らなくては…。さっさとお茶会から退場しましょう。)
ギュッ
「ねえ、グレース、お返事は?」
「…わ、わかりました、殿下…。」
(抑えられた手が抜けないわ。あぁ…!お茶会出席不可避!これじゃあ、わざわざ叔母様に頼って助手になった意味がなくなっちゃうじゃない。)
「グレース、僕のことはエドアルドと。」
「…殿下、まだ数回しかお会いしておりませんわ、マナーとしてもいかがなものかと…。」
「エドって呼びたいの?グレース。僕は大歓迎だよ。
ふふ、そうだね、僕は君とこうしてずっとお茶会ができるのは、嬉しいのだけど。ただ、君の叔母様は初日の仕事は多いって言ってたねぇ。
さあ、何の話をする?
もう何年も会えなかったんだ。君がいない寂しさを慰めるために集めた君の話が、沢山あるよ。是非君の口から当時のことを聞きたいな。」
「エ、エドアルド様、ご退出をお許しくださいぃ…。」
「うん、次からはそう呼ぶようにね?愛称は歓迎だけど、殿下とか第二王子殿下、は許さないよ。」
「…わかりました。では。失礼します。」
(あぁぁ、大変。すごい勢いで外堀を埋められている気がする。断罪を気にせず、遠くからまったりまだ見ぬ乙女ゲーム?を見物するという夢が…。どうにか方法を考えないと。いっそ断罪を利用して平民になるべき…?)
頭の中はうるさいがマナーは完璧。
さっと立ち上がり、楚々と温室を退出するのだ。
(あぁ、貴族マナーって大変…。)
****
…グレースの後ろ姿が消えた後。
木漏れ日の中に座るエドアルドの頭には三角の耳が2つ。
最後の足音まで逃すまいと、しっかり耳を向けている。
共に現れたしっぽは不機嫌そうにゆったり床をたたき始めた。
「やっぱり、人の姿じゃ気付かないかぁ…。
それでもグレーの毛並みとか目の色も一緒だと思うんだけどなあ。
グレースも獣人だったら、匂いで分かったかもしれないのに、ね。
…前世では、がりがりの僕に餌もくれて、暖かさを教えてくれて、優しかったのに。この世界じゃ全然つれない。
この世界で溺れかけた時も、僕と会ってた時だってこと全然覚えてないみたいだし…。
なんだか、逃げられているみたいだ。
…でも、狩りは得意なんだ。
母様には急に距離を詰めるのは良くないと言われているけど、逃げる余地は残せないよね…。
障害は減らしておかないと。
もう絶対離れない。今度は絶対に守るし、絶対に幸せにするから。
僕を好きになって、グレース。」
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…そうして。
私はあっという間に外堀が埋まり、逃走も失敗。平民化も阻止された上に、卒業と共に結婚することになり、結局はエドアルトに捕まるのだけど…
それはまた別のお話。
(学園の試験勉強内容に、王子妃教育が忍ばされていたらしいし…、婚約者として学園中に顔は知れているし…、他の婚約者候補も出てこないし…、本当にあっという間に結婚しちゃったけど…)
「これ結局、何の乙女ゲームだったんだ?」
おしまい!




