火蓮とサムエル
サムエルは泣いていた。
目の前に広がる美しい無限の夜空。
普段なら「すっげー!!!」と叫んでしまいそうなそれにも集中できなかった。
黒い神官が俺を睨んでいる。
なんだ?はやくしろってことか?それとも別の意図でも…
『どうした?』
人間の形をした光が俺に話しかけてくる。
「分からない、、、、分からないんです」
「ただ、何も分からない俺が無力であるということは分かるんです」
「俺は大切な存在も思い出せない、ただの無力なガキだって」
『ほう』
『では、何を欲する、無力なガキよ』
馬鹿にする感じではなかった
その光輝く存在は僕の言葉を本当に本当に楽しみにしている様子だった。
まるでおもちゃ屋さんに新品のおもちゃを見にきた子どものように。
「折れない魂が欲しい」
「このままでは、この感情を忘れて俺は平凡な人生を送る」
それも悪くない、ここから先は修羅の道だと俺の中の何かが警告する。けれども、、
「俺に折れない魂がほしい!大切なものをもうこれ以上忘れたくない!奪われたくない!今しかないんだ!__を思い出せるのは!必ず俺が救う!」
「そして人に何かを忘れさせる!!こんなことがこの国中でまかり通っているのなら俺が王になって正す!!!」
「誰かがやらなければいけないなら俺がやる!!」
『君。最高だ!!』
『ならば最高の魔法がある。この魔法は君にぴったりの魔法だ。』
『魔法名は 「2つの魂」』
『君に、いや君たちの人生に幸あれ!!期待しているよ!!』
その瞬間、記憶が流れ込んできた
飢餓で痩せ細っている子どもを、黒い猛禽類の恐ろしい鳥が狙っている写真。
紛争地帯でのカウンセリング。
女として汚された最期の情景。痛感した己の無力さ。
そして目の前には20代程度の黒髪の女性がいた。
凛とした女性だった。
「初めましてサムエル、私は蓬莱 火蓮、君とともに王を目指す者だ。」
「私は恵まれない者が生まれない環境を作るため、君はサラを救い魔法神託の儀の闇を止めるために。ともに王を目指そう!」
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いつの間にか夜空から、元の教会へ戻っていた。
「サムエル、2つの魂」
黒い神官が宣言する。
特別管理魔法?とやらには認定されなかった。
本当は今すぐこいつらにとびかかりたい。
だが、
「私はもちろん、サムエル、君も今は無力だ。何も気づいていないふりをしろ。できるだけ記憶消去されたかのようにぼーっとするんだ」
火蓮の声が響いてくる。
さっきまで気になっていた他の子どもの魔法のことなど全く気になっていなかった。
まずはこの場を切り抜けて無事に帰る。「2つの魂」や火蓮について詳しく知りたいが後回しだ。1つ分かっているのは俺がサラのことを思い出せたのは「サラ」の記憶を火蓮が持っていたからだ。なぜかは分からない。この魔法のこともよくわからない。ただ火蓮の記憶を共有し、火蓮が信頼できる存在ということは体感的に理解できた。
いつのまにか全員分の儀式が終わっていた。
「終わったぁぁぁ」
「よっしゃ俺『火球』!」
「『治癒』もらっちゃったこれでお医者さんになれる…」
「違うんだよ神様、、、翼じゃなくて空中浮遊がほしかったんだよ~。翼は疲れるのに~」
緊張が解け子どもたちの和気あいあいとした声があたりを包む。
不意に友達が語りかけてきた
「よっ『2つの魂』!なんだよ~お前その魔法、ほしいの『身体強化』じゃなかったか?神様に解釈違いの魔法、渡されちまったのか?」
「私も気になる~どういう魔法なの?それ」
気軽に聞かれ内心はギクッとした。
黒い神官は…聞き耳を立てている。俺がどんな魔法を発現したのかを聞ける位置にいる。
どうしよう、どうしよう、どうしよう完全に頭が真っ白になった。真実は答えられない。サラを覚えているとバレる。かといって下手な嘘をつけば俺も捕まって魔法について尋問されるかもしれない。そうなったらサラのことを覚えていないと嘘をつきとおせるという自信はない。どうしよう思考が回らない。
──私に代われ!!
真っ白になった頭にその声が響いてきた。刹那。
俺は宙に浮き、火蓮になっていた。みんなには見えていないみたいだ。
そして俺の肉体が動いていた。どうやら反射的に俺は火蓮に肉体を譲っていたらしい。どういう魔法なんだ。
(サムエルの肉体を得た火蓮視点)
黒い神官には私、、、いやサムエルがサラのことを思い出したとは分からないはずだ。
サラという存在はサムエルは夜空の空間では思い出せず、__としか発していない。私とサムエルが記憶を共有してから初めてサムエルは知ったはず。
ここが分岐点。自然な会話の雰囲気で「2つの魂」という言葉から連想される常識範囲内の能力の魔法を偽証する。
「ふっふっふ、、2つの魂ってのは記憶に関する能力が2倍になる魔法だ。記憶できる物事が倍になって、記憶するまでの速度も2倍になる。基本的に物事を忘れなくなる魔法。ようは天才になる魔法だな!!俺、神様の前で『忘れたくない!!』って願っててさ~それに呼応してこの魔法をくれたみたいだ。」
「へえ~天才になる魔法か!お前成り上がりたいってたもんな!学者として偉くなれそうな魔法じゃん!よかったな!」
「でも、なんで忘れたくないって思ったのよ??身体強化欲しいんじゃなかったのかしら?」
「いや~それがさ、、、それが分かんないんだ。なんでだろう忘れちゃった、てへ☆、でもこれからは忘れないようにするよ!」
「その魔法なら安心だな!!」
アハハ!とサムエルの友達は冗談と捉えて笑ってくれた。黒い神官は記憶が確かに消去されてると確信したのか、どこかへ去っていった。
心理学で学んだ《上手な嘘は真実を混ぜること》という知識が役に立った。記憶が2倍というのは私とサムエル2人分になったという意味で間違っていないからな。自信をもって大嘘をついた。
「てへ☆なんて俺はいわないぞ…」
「だが、、、切り抜けた」
「ああ。助かったよ」
こうしてサムエルの長い「魔法神託の儀」は終わった。