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41 晩餐会②(ディープキス)

「ミッチェル! なんなの? 大丈夫じゃなかったの? どうしたの? 早くして! 早く!」


 アリシアにどんなに責められようと、ミッチェルは頭の中が真っ白な状態で、何も言葉が浮かばない。

 目の前で友の命が消えかかっているというのに。


 その灯を消さずに済むロイドの作った解毒薬の入った小瓶を割ってしまったのだ。

 スペンサーの命を救えたはずの黄色い液体は、今やミッチェルのコートのポケットをだらしなく濡らしている。


「ミッチェル! どうしたんだ? それより兄上は? 兄上は?」


 マクシミリアンが、ガックリと肩を落としたミッチェルの腕を揺さぶるが、ミッチェルは何にも応えない。


「ああ、スペンサー」

「お兄様! こんなことって」


 スペンサーに覆い被さって号泣するアリシアと、そのアリシアの背中に顔を乗せて涙するサーシャ。





 壁際を移動して王族に近付いていたロイドは、歩きながらそれぞれの動きの一部始終をドローン経由で見ていた。


(未詳Xと未詳Zには誰かが張り付いておくべきでしたね。間に合いませんでした)


 スペンサーが吐血した映像を見た瞬間、ロイドは周囲の邪魔な人間たちをかき分けて走り出していた。


(未詳Xがナイフを投げるとは意外でした。物理攻撃を仕掛けてくるとは)


 ロイドは壁沿いに直角に進むのを止めて、部屋の中を突っ切って最短距離を直線上に進むことにした。

 行く手に椅子があれば飛び乗ったり蹴飛ばしたり、テーブルがあればその上を駆けていく。


「まあっ!」

「ちょっと!」

「きゃっ!」


 貴族たちの抗議の声は、ロイドが通り過ぎた後に背後で聞こえた。

 ロイドはスペンサーまでの間にあるものを全て蹴散らして突き進んでいく。

 グラスの割れる音や椅子が転がる音、人々の恨み言を残して。


 最後に呆けた顔で突っ立っている男の背中を踏み台にしてジャンプすると、スペンサーの側に軽やかに着地した。

 ミッチェルがギョッとして振り向いたが、ロイドは何も言わず押しのけた。

 驚くマクシミリアンもスペンサーから引き剥がす。


 スペンサーにしがみついていたアリシアが何か叫んだが、それも無視して、ロイドはアリシアとサーシャさえも乱暴にどかせた。

 そしてスペンサーを床に仰向けに横たえると、その上に馬乗りになった。


 周囲が呆気に取られている隙に、ロイドは両手でスペンサーの青白い顔を掴み、彼の口を大きく開けさせると、その唇を激しくむさぼった。


 ――少なくとも、マクシミリアンにはそう見えた。

 ロイドは不測の事態に備えて、解毒薬を体内に一回分だけ残しておいたのだ。


(プランBは必ず用意しておくものですからね)


 急を要したため周囲に説明をすることなく、口移しでそれをスペンサーに飲ませたのだった。


(本当に人間は、外側も内側も脆弱ですね)


 マクシミリアンは――もう何度目かわからないくらいだが――またしても白目をむいて、大口を開けて固まっている。


「ロ、ロイド嬢……。そんな……。兄上を口づけで生き返らせようだなんて……。まさか兄上を……。そんなにも兄上のことを愛していたのか――。だから俺とは結婚できないと――。そういうことだったのか……」


(こんな時に何をごちゃごちゃ言っているのですか)


 ロイドは冷たい視線をマクシミリアンに投げ掛けてから、スペンサーを抱き起こした。

 片腕で体を支えて背中をパンパンッと何度か叩くと、「ごほっ。ごほっ」と、スペンサーが口から飛沫を飛ばした。





「スペンサー! 大丈夫か!」


 ミッチェルの声かけに応じるかのように、ロイドの腕の中で、スペンサーは意識を取り戻し目を開けた。


「私はいったい……。何が起こったのだ……? お前は、先ほどの――。ぐふっ。ぐっ」

「スペンサー! 今はしゃべるな。とりあえず、吐けそうなら全部吐いてしまえ」


 ロイドが支えているスペンサーの背中を、ミッチェルがさすってやった。

 スペンサーがむせながら尚も吐き出すと、体力を使い果たしたのか、ぐったりとロイドの腕に体を委ねた。


 床にへたり込んでいたアリシアは、息を吹き返したスペンサーに近付いて、涙を流しながら息子の口元を拭ってやった。


 スペンサーは無言で、自分をのぞきこんでいるロイドの緑色の瞳を見つめていた。

 睦まじく見つめ合う二人を目撃したマクシミリアンは、とうとう失神してしまった。

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