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38 舞踏会②(ロイド)

 マクシミリアンは興奮を抑えながらも満面の笑みを浮かべて、ロイドの目の前までやってきた。

 ロイドを見つめると、堂々とした態度で左腕を背中に回し、右手をロイドに差し出した。


「私と一曲踊っていただけませんか」


 イースは必死に笑いをこらえているが、今にも口が開きそうだ。

 顔には、「はい、おっしまーい!」と書いてある。

 ロイドはまったくもって面白くない。ミッチェルは何をやっていたのか。


(確か、こうなった場合は――)


 ロイドは上目遣いにマクシミリアンを見ると、自分が相応しい相手ではないことを、しおらしく申し出た。


「殿下。私は見ての通りドレスを着ておりません。殿下にダンスを申し込まれる資格などないのです」


 マクシミリアンは心底驚いた様子で、すぐさま反論した。


「何を言う! 資格なんか関係あるものか! まあ、その――。贈り物を身につけてこなかったのは無礼な振る舞いだぞ。ま、まあ、王宮の礼儀などわからないよな。し、知らなかったのなら仕方がない。さあ」


(「さあ」? これは恥をかかせないためにダンスをする流れなのでしょうか)


 ロイドはミッチェルの表情を手がかりにしようとドローンの映像をチェックしたが、人が多すぎてよく見えない。

 イースは笑いをこらえるのに必死で、前屈みになって腹を抱えている。助言を求めるのは無理なようだ。


 男にしては長い髪の毛をなびかせているロイドを見た貴族たちは、その美貌を認めながらも、モーニングコート姿の男性としか認識できなかった。


「男性同士でダンスをするなど、聞いたことがありませんよ」

「陛下に続いて、第二王子殿下までおかしくなられて――」

「しっ! 滅多なことを口にするものではありませんよ」


 周囲から聞こえてくるさざめきがどんどん大きくなっていくが、マクシミリアンには届かない。

 ロイド見つめたまま手を差し出した状態でびくともしない。


 ロイドは仕方なくマクシミリアンの手を取った。

 その途端マクシミリアンの表情が輝きを放った。


 頬を赤く染めて瞳を潤ませると、ロイドの体を引き寄せた。ロイドはこのまま抱きしめられるのではないかと恐怖を感じた。


 すぐに思い直してマクシミリアンの手を振り解こうとしたが、マクシミリアンは死んでも離すものかとばかりに、逆にロイドの手を力いっぱい握ってくる。


(マクシミリアンの手から伝わってくる熱が気持ち悪いのですが)


 演奏家たちは心得ているらしく、スローなテンポのワルツを演奏し始めた。

 マクシミリアンは嬉々としてダンスを始めると、ターンをしながら広間を縦横無尽に動きまわった。


 そのステップは自信満々な表情と相まって、まるで自分の恋人を周囲に見せつけているかのようだった。

 広間の隅で方向転換をした時に、ロイドの目にミッチェルの渋い表情が映った。


(いや、こればっかりは、あなたにも反省してもらいたいのですが)


 壁際に立っている参加者たちは言葉を失って二人を見守っていた。

 誰も彼も、皆、複雑な表情を浮かべている。


 これまでに前例がない、男性同士のダンスを見させられているのだ。男が男を誘い、男と男がステップを踏んでいる。

 しかも、それが優雅ときている。


 男同士であることを忘れて、美しいダンスに目を奪われてしまいそうなほどだった。

 そうして注目を一身に集めたダンスが終わった。


 曲が終わっても、マクシミリアンはロイドから手を離さない。

 ロイドはその気になれば、力づくでマクシミリアンの手を引き離すことができるが、怪我をさせる訳にはいかない。


 進行役が、舞踏会はこの後十五時でお開きとなり、十九時からの晩餐会でスペンサーが婚約者の発表を行うと告げた。

 摂政就任の祝いも兼ねた婚約披露パーティだ。


 進行役の発表に拍手が起こり、演奏が再開された。

 貴族の子息たちが、残り少ない時間になんとか結果を出そうと息巻いているところを、マクシミリアンが出鼻をくじいた。


 ロイドの手を握ったまま、広間の中央にしゃしゃり出てきたのだ。

 ロイドは手を引かれるまま歩くほかなかった。


「皆の者、聞いてくれ。今夜、兄上の婚約が決まる。だがその前に、俺にも言わせてほしいのだ」


 皆の注目が集まる中、マクシミリアンがロイドをニクラウスの前までエスコートした。

 ニクラウスは、キラキラと瞳を輝かせるマクシミリアンと、玉座の前だというのにひどく不機嫌な顔つきのロイドを見て、「はあ?」と眉間に皺を寄せただけだった。


 それからワイングラスを弄ぶように揺らすと、すぐに二人から視線を外した。

 マクシミリアンは王の無関心な態度にも、会場中の悲鳴にも似たざわめきにも動じず、ロイドの前で膝をついた。


「ロイド嬢!」


 ロイドに注がれる多くの視線は、関心から驚愕へと変貌していった。

 無理もない。マクシミリアンのポーズから、次に何が起こるのかわかったのだ。


(ああもう。なんでこんなことに。ほんと、やめてくれませんかね。イースの顔にも、「あちゃー」って書いてあります)


 マクシミリアンが両手でロイドの右手を握った。


(絶対に求婚されてはならないのでしたね――)


「どうか、私と結婚していただけませ――」

「あなたとは結婚はできません」


 静まりかえった広間のあちこちから悲鳴を押し留める、くぐもった声が聞こえた。


「なぜだ? 家柄か? そんなことを心配しているのか?」


(うーん。求婚を断る理由までは聞いていませんでしたね。あらかじめ考えておくべきでした)


 ロイドは理由を十二通りほど考えた。その中から出した最適な結論。

 それは、この文明下では絶対に結婚できない理由――男同士だから。


「よいしょっと」


 ロイドは不安そうなマクシミリアンの手を払いのけると、パンツを下着もろとも一気にずり下げた。

 片膝をついて顔を上げていたマクシミリアンの鼻先を、信じられないものがかすめた。

 ロイドの立派なモノが、ボロンとこぼれ出たのだ。


(標準サイズより少しだけ大きくしてみました)


「お、おと、男……。なんで……。男のアレが……」


 一瞬、広間にいる全てのものが動きを止めた。

 マクシミリアンは体を支えることができず尻餅をついた。瞬きを忘れて目を見開いている。


(おや、静まりかえっているではありませんか。もしや……)


 ロイドは左手の拳を握って自分の頭を軽く小突いた。


「てへ」


 それから舌先を少しだけ、ぺろっと出した。

 その合図を待っていたかのように、止まっていた時間が動き出した。


「いやあ――っ!」

「ぎゃあ――っ!」

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