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25 いざ王都へ

 ブーロン領から王都までは馬車で一日半ほどかかる。

 マルクたち一行は宿屋に一泊し、五月十二日の昼過ぎに王都に到着した。


 外界と隔てるかのような城門を抜け、宮殿へと続く大通りを進んでいると大きなサークルに差し掛かった。

 六方向に伸びる通りが交わっている。

 そのうちの一本に入って進んでいくと唐突に道が途絶えた。つまり、その先は領地ということだ。


 ロイドは以前王都に向かわせたドローンの映像から、王都までの道中は牧歌的な風景が続くことを知っていた。

 それが城門の中に入った途端、人でごった返すのだから面白い。

 道が途絶えた先には延々と続く麦畑が広がっている。マルクの盟友の領地だという。


 マルクもさすがに、「宮殿に用意された部屋に滞在するつもりはない」と言っていた。

 イースに月の障りがあると報告し、やむを得ず遠慮させていただく――という建前で、気心の知れたライアンの屋敷に厄介になるらしい。





 馬車が向かっている先にどっしりとした三階建ての屋敷が見えてきた。

 ロイドは二機のドローンをライアンの屋敷の方へ向かわせた。

 ドローンから送られてくる上空からの映像を見れば屋敷の広大さがよくわかる。


 ロイドは兵士然とした人間の有無を除けば、その屋敷のデザインはブーロン城よりも昨夜宿泊した宿屋に近いと思った。

 ロイドの表情に表れているとしたら、論結に伴う素っ気なさのはずだが、ミッチェルにはそうは見えなかったらしい。


「領主が全て城持ちとは限らないのですよ。むしろ、マルク様のような城持ちは今ではとても少ないのです。数百年前のまだ混沌としていた時代、国中が戦に明け暮れていた頃に築かれた城が残っているだけなのです。ライアンは新興貴族ですからね。それに王都内には近衛兵もいますから、城も私兵も不要なのですよ」


(なんだか釈然としません。まるで私がきらびやかな城を期待していたみたいではありませんか)


 屋敷の前で、豊かな髭を蓄えた大男が待ち構えていた。


「いやあ、お久しぶりです。マルク様」


 右手でマルクと互いの肩を叩き合うのはライアン・クックだ。


(映像で見た通りマルクに劣らぬ巨漢ぶりですね。そうかと思えば屋敷の周辺には背の低い痩せぎすの人間もいますし。このクーレイニー国に住む種族の傾向はいまだに掴みづらいです)


「やあイース。何年ぶりですかね。大きくなられましたねえ。まさかお妃候補とは。すっかり淑女になられて」


(これで大きくなったとは。いやはや。昔はどれだけ小さかったのですか。それに淑女だと判断するのは早計です)


「おっと。見ない顔ですが、どこから連れてこられたのですか?」

「ほっほっほっ。こやつは面白い奴での」

「お初にお目にかかります。ロイドと申します。イースの護衛を仰せつかっております」


 ロイドは講師直伝の習いたてのポーズを――右足を引き、左手を腹に添えてお辞儀を――してみせた。


「護衛?」


 ライアンの顔には、「こんなひょろっとした弱そうな奴が?」と書いてある。


「ほっほっほっ。まあ、おいおい分かるわいの」


 ライアンはマルクの後ろにいたミッチェルを見つけると、破顔して駆け寄った。


「ミッチェル! 元気そうですね。君の部屋はそのままにしてあるのですよ。いつでも来ていいと言っておいたのに、結局来ないままになりましたね」


 ミッチェルはライアンに腕を捕まれ、もがれそうなほど振られた。


「お久しぶりです。あんな田舎でも色々と忙しくしていたのです。今日からまたしばらくお世話になります」


 一行はそれぞれの部屋に荷物を運んでもらった。

 マルクとミッチェルの部屋は三階に用意されていた。

 イースは一人だけ二階の部屋をあてがわれた。

 ロイドは護衛ということで一階だった。


(妥当です。護衛は不審な人物を見つけたら、すぐに窓から飛び出して行かなければなりません。人間はロボットと違い、高いところから飛び降りると足に障害が発生し、すぐには動けないことがありますからね)


 マルクとミッチェルとライアンは、大人の話があるということでライアンの書斎に早速籠ってしまった。

 ロイドとイースは、「近場なら」と、色々と見て回る許可を得た。

 今日のところは、ひとまずライアンの領地を見学することになった。


 出かける前に、ロイドはドローン一機を屋敷内に呼び寄せた。屋敷の中をくまなくスキャンして記録するためだ。

 こればかりはやらずにはいられない。警護対象のイースが滞在するところとあっては尚更だ。

 残りのドローン一機はマップ作成をしていた四機と共に、王都上空を見晴らせることにした。





 案内役の使用人の後ろを歩きながら、ロイドはにっこりして尋ねた。

 ライアンの領地内では――講師の助言に従い――、もてなしに満足し、寛いでいるという表情を浮かべ続けるつもりだ。


「ミッチェルは、こちらのお屋敷にお住まいだったのですか?」

「ええ。学園に通っていた二年間はこちらにおいででした。ライアン様も、お嬢様が嫁がれた後でしたので、それはそれは歓迎されておりました」


 案内役は屋敷を出てすぐの大きな倉庫へ二人を案内した。


「こちらが穀物倉庫です。来月の終わり頃から小麦の収穫が始まりますから、今が一番在庫が少ないのですよ」


 確かに倉庫はがらんとしていた。だがそれは倉庫が大きいからであって、一角にはブーロン城のオークの間が埋まるほどの穀物がうず高く積まれている。


「端にあるのが大麦で、その横が小麦です。隣の倉庫にはとうもろこしがあります。まあ、他にも倉庫は三箇所あるのですが」

「え? ここ以外にも?」


 イースが驚いて訊き返す。


「はい。王都以外にも出荷しているので。方角の違う通り沿いにあるのですよ」


 ブーロン領でも穀物をはじめ様々な野菜を栽培している。

 牛も豚も鳥も飼育しているが、ライアンの農場ではそれら全ての規模が大きかった。

 とりわけロイドが興味を惹かれたのは薬草類だ。

 宮廷医にもおろしているという薬草の類類は百種を超えるという。


「これほどの薬草が揃っているのは国内でここだけだと思います。王宮からは、宮廷医以外には売るなとのお達しが何度もあったのですが、ライアン様は無視されて野菜と並べて売られているのです。薬草とは言わずに野菜の一種だと。当然、お代も野菜並みになるのですが」


(なるほど。医療技術が未発達の文明下では、医薬品に準ずる効能をもたらす成分を含む薬草は本来なら高額な商品なのでしょうね)


 ブーロンにいた頃からイースに付けているドローンは、王都にいてもイースの近くを偵察している。

 それが先ほどから反応していた。他の人間と異なる挙動を複数回検知されている男がいるのだ。


 不自然に同じ動作を繰り返したり、色々と姿勢を変えながらも、何度もイースの様子を覗き見ている。

 その男は三十代前半ばの中肉中背。柔和な顔つきをしていた。


 ライアンの農場のあちこちに似たような特徴の人間がいるので、誰も違和感を抱かないのだろう。

 ロイドは未詳Zとして登録し、王都上空からドローンを一機呼び戻して見張らせることにした。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 ライアン邸の書斎では、マルクとミッチェルとライアンが先の毒殺未遂の件で情報交換をしていた。


「なんと! 犯人を特定したのですか? では捕まえて尋問をせねば。モーリンとの繋がりを吐かせれば――」


「いやいや。それは無理じゃろうの。証拠はないのじゃ。そんなことをすれば、ますますモーリンに目をつけられてしまうわい。下手をすると宮殿に入れなくなるかも知れぬしの」

「くっ」


 ライアンは悔しそうに唇を噛んだ。


「それにしても、あのロイドという者。そんなすごい術を使えるのですか? まさか魔術を使う者をお側に置かれているとは……。信用なさって大丈夫なのですか? ポリージャとの繋がりがあるのを術で誤魔化しているかもしれませんよ」


「私もその可能性は考えましたが、彼はそういうのとは無関係だと思います。少し変わったところはありますが、いい奴ですよ」


 ミッチェルが真顔で訴える。


「おお、そうとも。数日一緒に過ごせば、お前にも分かるわいの」

「はあ……」


 ライアンは渋々二人の意見を受け入れることにした。


   ◇◇◇   ◇◇◇


 日が暮れて使用人たちが仕事を切り上げると、未詳Zは人々に挨拶を交わしながら帰路についた。

 向かった先はモーリンの屋敷だ。


「ほう。例の護衛はロイドというのか」

「はい。ひょろ長い痩せた少年でした。十五歳ということですが、十三歳でもおかしくない背格好です」


 モーリンの顔に影が差す。





「まさかあり得ん……。まさかな。まさか十年前に行方をくらませた王子ということか? いやいや――」


 自問自答の末に大きく首を振って硬直するモーリンを、未詳Zが指示を仰ぐために真っ直ぐ見つめた。


「よかろう。不確定要素は減らすに限る」


 モーリンは引き出しから小瓶を取り出すと未詳Zに手渡した。


「半分で十分な量だ。匂いはそれほどないので心配はあるまい」

「承知しました」


 未詳Zを返すと、モーリンは地下室に降り、奥にしまってある深紅の花を久しぶりに手に取った。

 甘い香りが心地よい。

 この香りに包まれると不安は消え、全てがうまくいくと思えてくる。


 モーリンを不安にさせる者はもうすぐこの世から消える。

 王宮内で蠢く政局の登場人物なら、とっくに間に合っているのだ。

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