#96 抵抗戦士ベリオ (モルジェオ視点)
「これまでか……」
私もカルステッドも魔術師一族と名高いフェンデリンの生まれで、多彩な攻撃魔法を体得しており、それらをフルに使えば、雑な武装をしただけの市民たちを大勢屠ることは容易い。
追い詰められたこの状況でもそれをせず戦っているのは、領民を殺し過ぎれば、例えこの防衛戦を凌いだとしても、その後の政治が立ち行かなくなる上に強烈な遺恨も買ってしまい、結局またヌンヴィス司教によって反乱が引き起こされ、今度こそ攻め滅ぼされることが目に見えているからだ。
〈同胞よ、死を恐れてはなりません! 神に命を捧げるのです! 神は常にあなた方を御覧になっておられます! 神の御意思に殉じ、命を捧げしその雄姿を! 例え力尽きその身が滅びようとも、その清き魂は楽園へ導かれ、神によって永遠の救済を賜るでしょう!〉
苦に満ちた生に絶望した者たちが抱く、死後への希望を刺激する言葉。
「「「フェンデリン家に鉄槌を! ルーンベイルに救済を! 正義は我らにあり!」」」
殉死の先にこそ真の幸福があると思い込まされた民衆は、神に盲従する死兵と化し、喜んで命を投げ出す。
アンデッドがそうであるように、死への恐怖を持たない者ほど厄介な敵は無い。
柵が突破されたことで、正門にも反徒が押し寄せようとしている。
そこへ立ちはだかる者が一人。
「『乱れ狂う奔流』」
滝を横にしたかのような水流が、彼の手から放たれる。
怒涛の奔流は反徒に命中て飛沫を散らし、その圧力と勢いを以て、彼らを傷付けること無く元来た方向へ押し返していく。
「父上、あれは……」
魔法で反徒たちを押し流したのは、身長と同じくらいの戦鎚を背負った色黒の戦士。
「ああ、ベリオ君だ……!」
ベリオ──彼の本名はランベリオット・マルズ・ファーツ。
名門ファーツ家の三男として生まれたが、栄耀教会の謀略によって一族は滅亡、生き残ったのは彼と妹のサラの二人のみ。
サラはサリーと名乗り、現在は帝都エルザンパールのフェンデリン邸で使用人として仕えているが、ベリオは一族の汚名と無念を晴らすため、栄耀教会の打倒を掲げる──世間では神と国に敵対するテロ集団扱いされている──レジスタンス『黄昏の牙』に加わって活動していた。
この街に潜伏する同志との連絡のためにやって来た所でこの騒動に巻き込まれ、妹の面倒を見てくれた恩と、かつ栄耀教会の企みを阻むためにと、我が一族に加勢して戦ってくれていた。
「み、水が何だって言うんだ! 一気に掛かれ!」
ベリオの水流の圧力に耐えて反徒達が再び進もうとするが、
「『紫電の教戒』」
ベリオの鎚が帯電、地面を打ち叩く。
先程の『乱れ狂う奔流』だけは単に水圧で反徒たちを押し返すためだけのものではなく、更なる追撃のための布石でもあった。
濡れた体や地面を伝わって、電流が反徒たちに襲い掛かる。
「「「ぎぃええええええええええええええッ!?」」」
『紫電の教戒』は下級の攻撃魔法で、人間が受けても命を失うほどのものではないが、それでも受ければ感電により麻痺、戦える状態ではなくなる。
あっと言う間に数十人、戦闘不能にされてその辺に転がる羽目となった。
一族滅亡の憂き目に遭ってさえいなければ、帝国騎士や冒険者にでもなって活躍できただろうと思えるほどの技量の持ち主だ。
「分かってると思うが、誰も死んじゃいねえ。手加減してやったからな。だが、その気になれば黒焦げになるほどの電気を送り込んだり、生きたまま丸焼きにすることも容易いんだぜ? 死ぬほどの苦しみを味わってから死にたいって言うんなら、遠慮無く掛かって来いよ」
ここに到達するまでに倒してきた兵たちとは比較にならない戦闘力を見せ付けられたことで、対峙する反徒たちの精神が死兵から元の庶民へ立ち戻り、本能が恐怖を思い出して足を下がらせた。
正門への進撃が停止したことを見かねて、すかさずヌンヴィス司教が檄を飛ばす。
〈退いてはなりません! 退いてはなりません! これは試練なのです! あなたたちの信仰心と忠誠心を試すために、神が与えたもうた試練なのです! 今ここで試練に背を向ければ、神はあなたを永遠に見放してしまいます! 臆病なる魂に楽園へ昇る資格などありません! 今以上に厳しい地獄へ堕ち、永遠の責め苦を味わうこととなるでしょう!〉
目の前の強敵に対する恐怖が、より大きな恐怖──信仰する神に見放され、地獄に堕とされることへの恐怖で塗り替えられた。
反徒たちの眼に、ギラついた覚悟と闘志が戻る。
「「「フェンデリン家に鉄槌を! ルーンベイルに救済を! 正義は我らにあり!」」」
「やかましいぞ! そんなに感電したきゃ、今度は電圧を上げてやるよ!」
再び『乱れ狂う奔流』と『紫電の教戒』が反徒たちを襲い、感電した者が地面に倒れる。
「「「フェンデリン家に鉄槌を! ルーンベイルに救済を! 正義は我らにあり!」」」
異口同音に叫びながら、後続の反徒は感電して倒れた同志の体を持ち上げ、まるで土嚢でも積み上げるが如く、ドスンと地面に並べ始めた。
ドスン、ドスンと次々に地面に転がされた反徒の体は、石畳が見えなくなるほどに敷き詰められた。
それを言い表すならば、肉の畳。
「何て奴らだ。感電して倒れた奴の体の上を渡って来やがった……!」
ベリオは尚も『乱れ狂う奔流』と『紫電の教戒』を放つが、仲間が倒れていく様子を見ても反徒たちは動揺せず、その犠牲を文字通り踏み越えて彼へ接近していく。
〈そうです! 手を斬り落とされようと足を折られようと、ただひたすら突き進み、悪魔の手勢を打ち倒すべし! 苦しみの闇の先にこそ、救いの光は差すのです!〉
己の身も同志の身も顧みず向かって行く反徒たちの様子を見て、ヌンヴィス司教の声が上機嫌に弾んでいた。
如何にベリオが抜きん出た戦士だとしても、決死の覚悟で挑んで来る者たちを相手に長々と戦っていては、いずれ体力と魔力が尽きて討たれてしまう。
「いかん、ベリオ君! そこはもういい! 退きたまえ!」
城壁の上から大声で撤退を促したが、
「退くだって? 悪いがモルジェオ閣下、今退いた所で結果は何も変わりませんぜ。活路は前にこそ拓けてる。ここは前進あるのみだ!」
勇ましい言葉と共に彼が跳躍、その状態から攻撃魔法を放つ。
「『火の飛球』」
しかし、その火球は押し寄せる反徒への攻撃ではなく、自分の足下に向けて放たれた。
地面に着弾した火球は直ちに爆裂、巻き起こった爆風が宙にあるベリオの体を持ち上げ、十メートル以上前方へと吹き飛ばす。
狙い通り屋根上に着地した彼は、そのまま居並ぶ建物の上を伝って駆け出し始めた。
彼が向かう先には──
「父上、彼はまさか……」
「ああ。どうやらヌンヴィス司教を討つ気のようだな……」
この絶望的な状況から逆転勝利を掴むには、扇動者を討つ以外に無いと判断して、たった一人で特攻するつもりなのだ。
だが、彼が特攻する間も城への攻撃は止まらず、門の突破も時間の問題だ。
城内に入られれば、非戦闘員や負傷兵に為す術は無い。