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#95 騒乱のルーンベイル (モルジェオ視点)

 聖女。



 それは三百年前、栄耀教会の秘術『招聖の儀』によって異世界から召喚された乙女。

 彼女は光の極大魔力『旭日』を以て国内に満ちる瘴気を浄化、大いなる厄災『邪神の息吹』を見事に鎮め、国と民に救済をもたらした──。



 その比類無き活躍は今なお語り草となっており、故に今回も『聖女』が召喚され、初代と同じく『旭日』で瘴気を浄化してみせたという話は、瞬く間に国中を駆け巡った。



 ──『聖女』様が救って下さる。

 ──ようやく暗黒の時代が明け、再びウルヴァルゼ帝国に栄光の時代が訪れる。



 終わりの見えない厄災によって悲劇と貧苦を強いられ、絶望に(あえ)ぎ、その日その日を恐る恐る生きてきた弱き民にとって、召喚された『聖女』の話題はこの上無い期待と希望を与えることとなった。



 しかし、歴史を知る私にとっては、希望と期待よりも不安と危機感の方が大きかった。



 太陽の光は神の恩寵、世界を照らし万物を育む大いなる恵み。

 されど恵みの光も度が過ぎれば、大地を()らし万物を()く災いとなる。



 三百年前の初代『聖女』を召喚した功績により、栄耀教会はその力を飛躍的に高めた訳だが、それが彼らの腐敗と増長を招くこととなり、帝国社会を次第に歪ませていった。



 法外な献金の強要、高利貸しと乱暴な取り立て、聖職者や聖騎士団による暴力や恐喝、不正、強奪などの犯罪行為の他、聖水の価格を過剰に釣り上げたり、只の水やガラクタを聖水や神の力が宿りし逸品などと偽って売り付けたり、聖魔術師から法外な治療費を請求されたりと、神の威光を笠に着て好き放題振る舞っていた。

 このルーンベイルとて例外ではなく、私が生まれる以前から栄耀教会による様々な問題が生じ、先代領主である父オズガルドも大いに頭を悩ませていた。



 特に今回の『邪神の息吹』が始まってからは、栄耀教会が保有する聖騎士団や聖水、聖魔術師による治療や『紫陽の閃光花フラッシュ・ハイドランジア』といった光属性魔法の需要が一気に高まったため、彼らの機嫌を損ねないよう、先述の違法行為にも目を(こぼ)さざるを得なくなってしまい、それが政治や治安の悪化に拍車を掛けてしまった。



 罹災(りさい)し絶望の淵にある人々に手を差し伸べ希望を与えることこそ、神の従僕の務めであり信仰の本質であるはずなのに、厄災に乗じて暴利を貪って私腹を肥やし、その負担を救うべき民に強いるなど、最早悪魔の所業である。

 そんな卑劣な(やから)が、この時代に於いてまたしても『聖女』という絶対的な切り札を得てしまったことは、ウルヴァルゼ帝国に暮らす全ての者の生殺与奪の権を握られたも同然。



 それを証明するかのように、このルーンベイルに不穏な噂が流れ始めた。



 ──ルーンベイルに『聖女』は来ない。

 ──領主モルジェオが『聖女』の来訪を拒んでいる。



 二代目『聖女』は、ルーンベイルを始めとしたフェンデリン領の民の惨状を知って心を痛め、領内にある瘴気の浄化を申し出たが、事もあろうにフェンデリン家当主モルジェオは『聖女』のその善意の申し出を拒絶、領民が『邪神の息吹』から逃れる唯一の手段をみすみす放棄した、という内容だ。



 結論を言えば、その噂は事実である。



 その申し出が『聖女』自身の意志によるものかどうかは疑わしいが、ともかく栄耀教会から『聖女』派遣の打診が来て、私がそれを断ったのは本当のことだ。

 自分たちを救ってくれると信じ、待ち望んでいた『聖女』の来訪を領主が断ったと聞かされた時の、民衆の衝撃と絶望は相当なものだったはず。



 だが、先程の噂には「領主モルジェオが申し出を断った理由」という、肝心な部分が抜けている。



 と言うより噂をばら撒いた者たちが、意図的にその部分を隠すことで、まるで私が領民の苦しみなど歯牙にも掛けない暴君であるかのようなイメージを植え付けようとしているのだ。



「『聖女』様のご慈悲による救済とは言え、無償という訳にはいきません。瘴気の浄化にもお金は掛かりますから、相応の対価を請求させて頂きます。なあに、この先も『邪神の息吹』に蝕まれ続けることに比すれば、極めてささやかなものですよ。勿論構いませんよね、モルジェオ閣下?」



『聖女』による瘴気浄化の対価として栄耀教会から要求されたのは、五十億マドルという法外な金銭と、今後フェンデリン家はいつ如何なる場合に於いても、栄耀教会の活動に全面協力し、その要求を拒絶してはならないという、事実上の奴隷契約の締結だった。

 この条件を呑めば、栄耀教会は『聖女』を派遣して領内に満ちる瘴気を完全に浄化するだけでなく、我が三女ミレーヌを『聖女』の側仕えに迎えて厚遇する、と彼らは言ってきた。



「ふざけるな! これが『救済』などとよくも言えたものだな、この俗物共がッ!」



 話を持って来たヌンヴィス司教に、私はその場で怒鳴り散らした。

 五十億マドルなどという途方も無い大金を(まかな)うには、税として民衆から徴収する以外に無く、今でさえ『邪神の息吹』で困窮する彼らに更なる税を課そうものなら、追い詰められた民の怒りは頂点に達し、今目の前に広がっているのと同じ光景がフェンデリン領全土で展開されるのは、文字通り火を見るよりも明らかだ。



 ミレーヌを『聖女』の側仕えにするという話にしても、要は体の良い「人質」であり、フェンデリン家が再び栄耀教会に敵対する構えを見せたその時は、預かっている彼女を処刑するということに他ならず、断じて厚遇などではない。

 それに彼女は既に婚約が決まっており、ここで一方的に破談しようものなら嫁ぎ先のシュナイン家との関係も悪化、フェンデリン家の信用は失墜してしまう。



 屈服すれば永久に奴隷となって、財も娘も奪われる上、重税を課せられた民衆から絶大な恨みを買い、結局こうした反乱が起きて一族は滅亡してしまうだろう。

 かと言って『聖女』を拒み続ければ、領地の荒廃も民衆の苦しみも終わらず、やはり反乱が何度でも繰り返されて討ち取られるか、評議会によって領地も爵位も没収され、一族仲良く処刑台へ送られる羽目になるだろう。



 どちらを選んでも、フェンデリン家の未来は破滅の闇へ吞まれてしまう訳で、そしてそれこそが栄耀教会の真の狙い。



 反栄耀教会派の筆頭とも言えるフェンデリン家に王手詰み(チェックメイト)を掛けて滅亡に追い込むことで、他の貴族への見せしめとし、自分たちの天下を揺るぎ無いものに仕上げるための布石なのだ。



「然様ですか。破滅をお望みとあらば、致し方ありませんな。ならば私めも司教として、民の安寧のため、そして神の正義のため、身命を賭して立ち上がると致しましょう」



 その言葉通り、ヌンヴィス司教は不満を抱く民衆を扇動、フェンデリン一族討伐とルーンベイル解放を大義に掲げた反乱を起こした。



〈前回の『邪神の息吹』が起きた三百年前、このルーンベイルを治めていたのはカルディス・ジェルド・ウルヴァルゼ。しかし()の者は己が武功を鼻に掛け、(まつりごと)(おろそ)かにして民の暮らしを顧みず、あろうことか実の兄であるベナト帝の命を狙い、その位を簒奪(さんだつ)せんとした大罪人。故に、ルーンベイルの民の怒りを買い、その勇気と正義の前に敗れ、討ち取られたのです!〉



 これも嘘だ。

 カルディス王弟は兄ベナト帝の元を訪れた所を捕縛されて処刑されたのであり、悪政が原因で民衆の反乱を招いて討たれたという記録は無い。

 しかし、多くの者は「カルディス王弟は謀叛を企てたために討たれた」という大雑把(おおざっぱ)な出来事しか知らないため、ヌンヴィス司教の虚言を歴史の真実として受け止めてしまう。



〈あなた方は、悪しき領主を打ち倒した勇士たちの末裔! さあ、偉大なる先祖の意志を継ぎ、この時代の暴君を破り、ルーンベイルに真の安寧を取り戻すのです!〉



 例え我が一族が滅びて新たな領主がやって来たとしても、民を苦しめるのが『邪神の息吹』から栄耀教会に代わるだけのことでしかなく、真の救済がこの地にもたらされることは決して有り得ない。



「「「フェンデリン家に鉄槌を!」」」

「「「ルーンベイルに救済を!」」」

「「「正義は我らにあり!」」」



 扇動された者たちはそこまで頭が回らず、言われるがまま武器を手に取り 今こうして手駒として命を危険に晒している。



「父上、南側の柵も突破されました! このままでは南門が突破されます!」



 我が嫡男カルステッドが叫ぶ。



 既に北門と西門にも反徒が到達しており、東側にある正門にも敵が押し寄せようとしている。

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