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#91 親を越える子 (ラウル視点)

「大司教様にも困ったものよね」



 聖堂内の部屋に戻って来たテルサが、ソファーにどっかりと腰を下ろして言った。



 先頃終わった今後の戦略会議では、テルサとゼルレーク聖騎士団長も話し合いに加わって積極的に意見を述べていた。

 これで今回よりは幾分楽になると思われるが、それでも厳しい戦いが予想されることには変わりが無く、遠征軍の被害も軽くはないため、再び源泉浄化を目指して出発するのは三日後と決まった。



「ああいう無能で責任感の無い人がリーダーだと、どれだけ部下が頑張っても結果が伴わない。今日の戦いで数十人が神の御許に旅立ってしまったけど、その内の半分くらいは大司教様に殺されたようなものよ」

「テルサ様、流石に言い過ぎでは……」



 相手は仮にも最高位聖職者で大貴族、そのようなことを言えば不敬罪になりかねない。



「どうせここには私とあなたとリナリィしか居ないわ。それにあなたや他の人だって内心そう思っているはず。違う?」



 リナリィは黙々とテルサのグラスにワインを注ぐのみ、立場を(わきま)えて会話に加わろうとはしない。



「……人の上に立つ人物としては、(いささ)か器量を欠いておられるかと」

「随分とオブラートに包んだ言い方ね」



『聖なる一族』の一員として物心付いた頃から、皇族のような高位者、神に仕える聖職者に対する敬意を欠かしてはならない、批判や陰口など恥ずべき行為、と徹底して教え込まれてきた。



「全ては我が子に実績を上げさせたいという、教皇猊下なりの親心なのでしょう。次の教皇にはオーレン猊下を推しておられるそうですから」



 私がこうして正式に『聖女』の護衛役に任ぜられたのも、我が父ゼルレーク聖騎士団長、そしてエーゲリッヒ家の強い推薦があったからだ。

 そうした経緯には少しばかり不満があるが、それでも実力と今後への期待が前提にあったことには変わりが無く、故に全身全霊を以て応えるつもりだ。



「大司教様もそれに応えようと──いえ、親の期待を裏切って失望されるのが怖くて、と言った方が正しいわね。とにかく教皇様の顔色ばかり窺って、盲従して生きてきた。大司教の地位を得たのも実家の働き掛けがあったから。ニンジンやピーマンを()けてハンバーグばかり食べる子供のように、都合の悪いことや面倒なこと、後ろ暗いことは全て他の誰かに押し付けて、美味しい成果だけを独り占めしてきたんでしょうね」

「テルサ様の祖国でも、そのような者が居たのですか?」

「……誰にでもあることじゃないかしら。程度の差があるだけで」



 ほんの一瞬、テルサの表情に暗い影が差したように見えたのは気のせいだろうか。



「その点、ゼルレーク団長は優秀で職務にも意欲的だけど、こちらも盲従の傾向があるわね。剣は剣、使い手の意思のまま振るわれる道具に徹するべきだと、そう自己定義している風に見えるわ。だからこそ大司教様の判断にも非合理的だと分かった上で敢えて口出しせず、こんな事態になった訳だけど」



『聖なる一族』エーゲリッヒ家に生まれた者として、家名への誇りと神への信仰心は人一倍強く、教皇や大司教らの命令には絶対の忠義を以て、鉄の意志で遂行する。

 それが我が父、ゼルレーク・ブリル・エーゲリッヒという人物だ。



「しかし、そんな父だからこそ信頼と尊敬を寄せる者は多く居ます。私もまた、そんな父のようになりたいと思い、今日まで精進して参りました」

「父のように、ね……」



 どこか呆れたように視線を流して、テルサが私の言葉を反芻(はんすう)する。



「これは私の持論だけど、子は親を越えてこそだと思う。親を越えた時、子は自分の人生を歩み始める。大司教様のように、親の言い成りになって足跡をなぞっている内は永遠に子供のまま。真の大人へは成長できない」



 テルサのその定義に従うのなら、世の中は大人よりも子供の方が多そうだ。



「どんな親の元に生まれるかで、その人の宿命は決まってしまう。宿命とは『過去』であり、一度決まったそれは変えられない。でも乗り越えることならできる。親という宿命を乗り越えた時、子供は大人へ成長して、運命という『未来』へ進めるのよ」



 その言葉に不思議な説得力が感じられるのは、ひょっとするとテルサ自身がそうした経験を持つからなのかも知れない、と想像する。



「ラウル、あなたは宿命に恵まれた人間。真面目で優秀なお父上からは情熱と才覚を、皇族出身のお母上からは祝福と慈愛を授かり、名門エーゲリッヒに相応しい裕福な暮らしと一流の教育も与えられた。本当、どこかの親とは大違い。羨ましい限りだわ……」



 吐き捨てるように出された後半の台詞に、ふと疑問が浮かぶ。



「……テルサ様は、亡きご両親を尊敬されてはいなかったのですか?」



 両親を殺めた双子の姉カグヤが赦せないからその仇を討って欲しいと、召喚されたあの日、彼女は栄耀教会に依頼した。

 それはつまり、両親への愛情と尊敬が根底にあったからだと思っていたのだが、今の彼女の言葉の数々からはその逆の感情──憎悪や軽蔑が垣間見えた。



 この奇妙な矛盾は一体何なのか。



「……まあ、私にも色々あるのよ」



 会話は終わりだとばかりに、テルサがプイッと私に背を向けた。

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