#90 叱責 (ラウル視点)
「──という事情から本日の活動を中断、こうして帰還した次第でございます」
予定よりも随分早くクルルザードへ帰還した我々は、早速オーレン大司教に報告した。
「魔物の数も質も想像以上で、私も『旭日』で加勢せざるを得なかったわ。次からはこんなことの無いように願いたいものね」
テルサがそう言うと、オーレン大司教の顔に驚きと怒りが表れ、
「何と……ゼルレーク団長、それは一体どういうことか! テルサ様が瘴気の浄化に専念できるよう、道中の安全を確保することこそ貴公の責務だったはず。にも拘わらず御手を煩わせるなど──」
「私はあなたに言っているのよ、大司教様」
ゼルレーク聖騎士団長に対するオーレン大司教の叱責の言葉を、テルサがぴしゃりと遮った。
静かだが、有無を言わせぬ迫力のある声音。
「現場で必死に戦った部下を咎めて、自分は悪くないとでも言わんばかりの態度ははっきり言って不快よ。こうなった原因は聖騎士団の力不足じゃなく、効率を軽視した行程を立てたあなたにあるわ」
怒りを滲ませた眼差しが、刃物の如くオーレン大司教を斬り付ける。
「大司教様、ウィルドゥ卿が提案した行程を聞きもせず一蹴したわよね。そして彼の意見にも一切耳を貸さずに行程を決めた。その理由は何かしら?」
「そ、それは勿論、効率を重視した上で──」
「今は冗談を言う場ではないわ。あなたが重視したのはウィルドゥ家の面目を潰すことでしょう。源泉を鎮めるという本来の目的を二の次にして」
図星を突かれたオーレン大司教がたじろぐ。
「お、恐れながら、その場に居たテルサ様は、我らの決定に何ら異を唱えなかったと記憶しておりますが……」
「あら、私のせいなの? 聞いたラウル? 大司教様はこうなった責任は私にあるって仰っているみたいよ。酷い話だと思わない?」
「そ、それは……」
私に振られても困る。
ここでテルサに同調すればオーレン大司教やラモン教皇に後々睨まれかねないし、しかしテルサに責任を押し付けようとするかのような発言は明らかに間違っていると思う。
「確かに私はあなたたちの決定に異議を申し立てなかった。でもそれは私がまだこの世界の事情に詳しくないことと、軍事的な知識や経験が無かったから。無知な素人が下手な口出しをすると、場が乱れて大変なことになりかねないと、分を弁えていたからよ」
『聖女』の発言力の大きさを自覚していたからこそ、テルサは敢えて沈黙していた。
「まあ、現地の状況を楽観視していたのは私も同じだったわ。だからあなたたちに任せておけば安心だと思っていた。でも過酷さを肌身で体験したことで、それが間違いだと気付かされた。長年対立してきた相手に恥を掻かせて上下関係を思い知らせる──ただそれだけのために強引な行程を組まれて、魔物の襲撃に遭って怖い想いをしたり、貴重な戦力を損なうのはもう懲り懲りよ」
「も、申し訳ございません。ですが、これは父上──教皇猊下の意向でして……その……」
「他人のせいにしてばかりね。その歳までずっとそんな風に生きてきたの? 今回の遠征の責任者はあなたでしょう」
オロオロと言い訳を述べるオーレン大司教に、心底呆れたテルサが溜め息を吐き出す。
三十歳以上も歳が離れた相手にも全く臆する事無く物を申して怯ませる、彼女の気魄と胆力は相当なものだ。
「今日のような強行軍が続くようなら、今度こそ私は魔物に殺されるかも知れない。遠征中に『聖女』が死んでしまったら、責任者であるあなたにはさぞ重い処分が下されるでしょうね」
「うっ……」
『邪神の息吹』を鎮める『聖女』をみすみす死なせ、国家救済の唯一の道筋を潰したとなれば、如何にオーレンが名門ズンダルク家出身でラモン教皇の息子、大司教の地位に就く高貴な人物だろうと、決して赦されはしないだろう。
私の考えでは、破門された後に間違い無く処刑されて、その骸は冥獄墓所へ葬られて二度と日の目を見る事は無く、サウル神が待つ天国へは昇れない。
聖職者として、これほど不名誉な末路があるだろうか。
「政治的な思惑が多少絡むのも仕方無いとは思うけど、私としてはそんなことで生命と使命を脅かされたくないの。これは聖騎士団も同じ考えよ」
そう言ってテルサが、後ろに控えるゼルレーク聖騎士団長とザッキスをチラリと見遣ると、
「大司教猊下、恐れながらテルサ様の仰る通りかと。以後はウィルドゥ家の案も取り入れ、改めて行程を練り直すべきでしょう」
「この地の状況を随分と甘く見積もっていたことは認めざるを得ません。部隊の損害は大きく、士気も落ちています。何卒ご一考を」
安全地帯から出ないオーレン大司教とは違い、彼らも私も文字通り命を懸けて戦っている。
現場責任者と実の息子にまで強く求められてしまえば、オーレン大司教も折れざるを得ない。
「ムムム……しょ、承知しました」
「ご理解頂けて何よりよ」
その後すぐ、オーレン大司教はイグナスを呼び付けて事情を説明、改めて彼の提案を伺った。
案の定、だから最初からそうした方が効率的だと言っていたのに、という呆れと不満がイグナスの顔にありありと浮かんでいたが、ここでオーレン大司教の非を咎めても何の得にもならないと理性を働かせたのだろう、幸いにも話をこじらせるような真似はしなかった。
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