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#89 六結聖柱 (ラウル視点)

「あら? 何かしら、この砕けた柱のようなものは……?」



 今まではどす黒く立ち込める瘴気のせいで見えなかったが、浄化されて視界が明瞭になったことで、地面に散らばる人工的な石の破片と、それが建っていたと思われる根元の残骸にテルサが気付いた。



「これは……恐らく『六結聖柱(りっけつせいちゅう)』かと思われます」



 記録によれば、高さ約二メートルの円柱が六本、源泉をぐるりと囲むように建てられていたそうで、残された柱石の配置もそれを物語っている。



「『六結聖柱』……ああ、そう言えば教わったわね。確か三百年前に初代『聖女』様が源泉を浄化した後、その場所に建てられたもの、だったかしら? 初代様の『旭日』の一部が込められたその聖なる柱のお陰で、今回の『邪神の息吹』が始まるまでの約二百五十年間、瘴気が封じられていたのだとか……」

「然様でございます」



 初代『聖女』が築いた偉大な遺産のお陰で、この国は長く繁栄と安寧を謳歌することができていた。

 しかし、聖なる六本の柱は根元から折れて今や見る影も無く、微量の魔力さえも感じられない。



「柱が壊れたせいで源泉から瘴気が溢れ、今回の『邪神の息吹』が始まったということかしら?」



 その質問に答えたのはザッキス。



「いえ、それは逆かと。この柱の壊れ方からして、経年劣化ではなく魔物に打ち壊されたものと推測されます。柱自体が非常に強固な結界に覆われていたそうですから、まず六結聖柱の力が弱まり、瘴気が湧き、生じた変異魔物やアンデッドによって柱が破壊された、という順でしょう」



 柱の弱体化に伴う『邪神の息吹』の再来が先で、その結果として柱の破壊が起きた。

 無論、栄耀教会も各地の六結聖柱が壊れたことは把握していたが、瘴気が大量に湧く源泉の、まさにその場所とあっては誰一人近付けず、何より肝心の『聖女』も居なくなった以上、直すに直せなかったのだ。



「成程ね。だとすれば、ここのように浄化が済んだ源泉にも、私の『旭日』で新しい六結聖柱を建てていくことになるのね。いえ、むしろ柱の建造こそが本命で、今やってる源泉の浄化はその下準備に過ぎない、と言うべきかしら」

「然様でございます」



 超越的な力を宿していようと『聖女』も人間、百年も生きることはできない。

 しかし、全ての源泉に再び柱が建てば、『聖女』亡き後でも数百年は『邪神の息吹』を抑え込める。



「とは言え、今は源泉の浄化に専念する時期。六結聖柱のことは浄化が全て完了してからになります」

「そうね。やるべきことはやった訳だから、さっさとお(いとま)しましょう」



 清き魔素(マナ)が湧く源泉を後にして、我々は待機させていた本隊の元へ戻る。



「これで第一の源泉は浄化された。このまま第二の源泉へ向かいたい所だが……」



 今の聖騎士団の様子を見て、ゼルレーク聖騎士団長が表情を曇らせる。



「誰か、こっちに来て治癒魔法を掛けてくれ。早くしないと死んでしまう……!」

「こっちの奴には回復魔法を頼む……!」



 度重なる戦闘によって死傷者多数、クルルザード出発時点から戦力の二割以上が失われてしまった。

 治癒魔法や回復魔法を得意とする者が多いとは言え、死んでしまった者に掛けても何の効果も無い。



 余談だが、治癒魔法と回復魔法、この二つは似ているようで別物だ。

 治癒魔法は傷や毒、病気を治療することはできるが、消耗した体力や気力には効果が無く、寝不足や疲労困憊した者に掛けてもそれらが消えたりはしない。

 一方の回復魔法は、一晩ぐっすり眠ったように対象者の体力や気力を復活させたり、或いは全身マッサージやストレッチをしたように体の調子を良くして元気にさせる──すなわち心身を健康に整える効果を持つが、掠り傷一つとて治ることは無い。



 最も効果的な魔法治療のやり方は、まず患者に回復魔法で生命力を活性化させ、体力を万全にした後で治癒魔法を掛けることで、健康な人間ほど傷や病気の癒えが早い、という当たり前の理屈に基づいたものだ。



「俺の腕が……腕が、魔物に……畜生……ッ」

「泣くなよ。あそこで切断しなきゃあっちの奴みたいに頭まで喰われてたんだ。命があっただけでも幸運だ」



 切断された手足などは治癒魔法で元通り繋ぎ合わせることが可能だが、喰われたり燃え尽きるなどしてパーツが完全に失われたり、時間経過や毒や熱などで傷口の細胞が完全に活動を止めてしまえば、どんなに高度な治癒魔法を施そうとも決して元通りにはならない。

 肉体の損傷以外にも、武具の破損、薬や兵糧など物資の消耗、更には度重なる戦闘による精神的な外傷や疲労も想定よりも激しい。



 決して瘴気浄化の任務を楽観視していた訳ではなかったが、最初の源泉を目指す道中という出出(でだ)しも出出(でだ)しでこうも厳しい戦いを強いられてしまうと、更なる苦難が待ち受けている今後の戦いを想像するだけで気が重くなってしまう。



「ここは一度クルルザードへ撤退して態勢を立て直した後、改めて臨むべきではないでしょうか……?」



 そう具申(ぐしん)せずにはいられなかった。



 今の消耗した状態で次の源泉へ向かうとなると、全滅も覚悟しなければならないだろう。

 我々はともかく、『聖女』であるテルサに万一のことがあっては目も当てられない。



「団長閣下、申し上げにくいのですが……やはりウィルドゥ卿の提案したルートで向かうべきだったのでは? 提示された地図には魔物の観測情報も記載されており、我々が通ってきた道は危険と指定されていました」



 部隊長の一人がゼルレーク聖騎士団長に意見を述べると、



「大司教猊下がお決めになったことだ。我らはそれに従うのみ」



 にべも無い答が返って来て、部隊長はそれ以上の言葉を失った。



「でも、その大司教様は安全なクルルザードに滞在したまま、魔物に襲われる危険とは無縁。他人事(ひとごと)だからこそ無理のあるスケジュールを立てられたのではないかしら?」



 この場に居ないオーレン大司教を批判するような口調で、テルサが意見を述べる。



「ゼルレーク団長、あなたの優秀さを疑ってはいないわ。でも、上位者の非合理的な命令に諫言(かんげん)一つせず、唯々諾々(いいだくだく)と従うのは愚か者のすることよ。私の祖国でも、現場の状況を知らない上層部の無茶な指示に軍人が盲従し続けた結果、順当に敗戦を喫した歴史があったわ」



 テルサの居た世界がどのようなものかは断片的にしか知らないが、人間の行い自体は大して変わらないということだけは分かる。



「ラウルの言う通り、ここは一旦クルルザードへ戻って立て直すべきよ。そして大司教様に今一度、行程を練り直して貰った方がいいわ。今度はもっと効率を重視して、ね」



『聖女』とは言え、テルサは栄耀教会の正式な所属者という訳ではなく、大司教や聖騎士団長に対する命令権など無いのだが、彼女の言葉を軽く扱える者はこの国には居ない。

 彼女が強く訴えれば、オーレン大司教も考え直さざるを得ないだろう。



「承知致しました。クルルザードへ帰還しましょう」



 ゼルレーク聖騎士団長が下したその決定に異論を挟む者は居らず、聞かされた聖騎士たちは一様に安堵の表情を見せた。

 来た道をそのまま逆に辿るのだから道中の地形は把握済み、魔物も討伐されたために安全も確保されており、大きな襲撃にも見舞われることは無かった。



「如何ですか、テルサ様。魔力は充分に回復されましたか?」



 輿の中で、リナリィがそう尋ねる声が聞こえた。



「いえ、まだまだね。大気中の瘴気量が多いと魔素(マナ)の吸収に悪影響が出て、魔力は回復が遅くなってしまうそうだから。光属性は特に」



 そう答えた後、数秒の間を置いてから輿の窓が開き、テルサが顔を覗かせた。



「ねえラウル、瘴気は闇属性の魔素(マナ)なのよね?」

「その通りですが、それが何か?」

「あらゆる生物は魔素(マナ)を摂取して体内で魔力に変換する。その理屈なら、瘴気だって魔力に換えられるんじゃないかしら。実際、アンデッドたちも取り込んだ瘴気を魔力に換えることで活動しているんでしょう?」

「仰る通り、理論上は可能です。過去には宮廷魔術団が、瘴気を吸収することで『邪神の息吹』を鎮め、かつ莫大な魔力を生み出そうと試みたこともあったとか。しかし通常の魔素(マナ)とは違い、瘴気は純粋な闇属性魔素(マナ)で量も多いため、属性変換の効率やコストの面から現実的ではないと判断され、早々に打ち切られたそうです」

「そう……」



 世の中、そんなに都合の良いことは無い。



 だが、もし──

 もし、この国を覆う無窮の瘴気を吸い尽くし、それを魔力に換える一石二鳥の術があるとしたら。

 不可能を可能にする者が現れたとしたら。



 その者は『聖女』テルサをも凌駕する、限り無く神に近い領域へ上り詰めることになるだろう。

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