表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/127

#87 魔の地の洗礼 その3 (ラウル視点)

「ようやく着いたようね……」



 クルルザードの街を発ってから五時間。

 遂に我々は、瘴気の源泉の近くに到着した。



「到着できたのは何よりですが、予定よりも三時間以上も遅れてしまいました……」



 体力旺盛なザッキスの声にも、流石に疲れと嘆きが滲んでいた。

 魔物の襲撃頻度と強さが想定を大きく超えており、あの変異ミノタウロスを倒してからここへ来るまでにも襲撃は続いた。

 全てを撃退してようやく目的地に到着したものの、やはり皆の疲労と消耗は著しく、これ以上は体力も魔力も士気も維持できないことは誰の目にも明らかだ。



「『聖女』様、この辺りは足場が非常に悪いので、お足元にお気を付け下さい」



 険しい斜面を恐る恐る下りるテルサに、ザッキスが手を貸していた。

 目当ての源泉はこの岩場を下った先にあるため、テルサも輿から降りて徒歩で移動せざるを得ず、同行する聖騎士団も少数に絞られる。



 しかし当然、そんなことなどお構い無しに敵は現れ、押し寄せる。



「ギュエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」



 鼓膜を突き破って脳にまで達するような絶叫に、皆が思わず耳を塞いで身を(すく)めてしまう。



「ぐわっ……バンシーの、叫びか……!!」



 あれは音響魔法の一種で、周囲のアンデッドを呼び寄せ、かつ強化する効果がある。

 単体ならば()して脅威にはならないが、あの絶叫を耳にすると、ゾンビやスケルトンといった下級アンデッドでさえ、凶暴性と身体能力がグンと増してしまうため、遭遇した場合は優先的に倒すのがセオリーだ。



「うあああああ~……ッ!!」



 強烈な絶叫で反射的に耳を覆ってしまった聖騎士に、中級アンデッドのグールがすかさず掴み掛かり、バランスを崩した両者は仲良く斜面を転がり落ちてしまう。



「待ってろ、今引き上げて──」

「危ない! 上だ!」



 近くに居た仲間が『蛇行する輝鎖(スネーク・チェーン)』を伸ばして聖騎士の足首に巻き付け、間一髪転落死は免れたと思いきや、無情にも迫る禍々しき巨影。



「あれは……グリフォン・ゾンビ……ッ!」



 全身が腐敗した半禽半獣の魔物が、生前と全く変わらぬ速度で急降下、『蛇行する輝鎖(スネーク・チェーン)』を伸ばした聖騎士を鷲掴みにして飛び去ってしまった。

 当然、『蛇行する輝鎖(スネーク・チェーン)』で逆さ吊りになっていた仲間の聖騎士もセットで連れ去られてしまった訳だが、そこへワイバーン・ゾンビが割り込んで来て、彼に喰らい付いて横取りしてしまった。



 二人の聖騎士はそれぞれ、恐るべきアンデッドによって空中で餌食にされてしまい、食い千切られた肉片と血の雨、そして甲冑の残骸だけが我々の元に帰って来た。

 そうしている間にも再びバンシーが絶叫、怯んだ隙に他のアンデッドが襲い掛かるという、一方的な殺戮が展開されていく。



「どうする……このままでは全滅してしまう……!」



 源泉に近いほど瘴気の影響は大きくなり、出没する変異魔物やアンデッドも強力な個体が大部分を占めていく。

 勿論、私もそれを知識として知っていたが、単なる「知識」に過ぎなかった。

 それが如何に恐るべきことで、瘴気浄化の妨げになるかということまでは、こうして「体験」してみるまで全く理解できていなかった。



「見ロォ。聖騎士団ガ、マルデ、ゴミ、ノ、ヨウダ……!」

「コンナ所マデ、ワザワザ死ニニ来ルトハ、愚カナリ」

「魔力ヲ吸イ尽クシテ、骸モ操ッテクレル……!」



 不気味な声音に反応して上を見上げると、こちらを睥睨(へいげい)する闇の怪物。



 暗い空を舞うのは、巨大な髑髏と両手から成る霊体アンデッド──『レイス』だ。

 ゴーストやスペクターと同じく物理攻撃が効かない上に、上級故に知性は生前と変わらず、絶大な闇の魔力を持ち、生者の魔力を吸い尽くして死に至らしめる危険な魔物。



 それが、何と三体。



「妙にアンデッドたちの動きが嚙み合っていると思ったら、そういうことか。ここに居る奴らは全て、あのレイスたちに使役されているのか……!」



 闇属性魔法『不浄なる魂へ響く魔声デッドマンズ・コントロール』は、中級以下のアンデッドを意のままに操る魔法だが、人間の魔術師でこれを使える者は滅多に居らず、居たとしても使役できるアンデッドの強さと数はたかが知れている。

 ここまでの効果を発揮できるのは、人間を超越した魔力を持ち、かつそれが闇属性に特化している上級アンデッドくらいなものだ。



 このアンデッドたちは各個体が個々の本能のまま襲って来る「群れ」ではなく、知性ある指揮官によって統率される「軍勢」なのだ。

 この不死の軍勢を突破しない限り、源泉には辿り着けない。

 しかも我々はここに来るまでに消耗しており、戦力は低下状態。



「これはまずいな……一旦退くべきか……」



 苦い表情でゼルレーク聖騎士団長が呟くと、



「逃げる? 逆でしょ、ゼルレーク団長」



 テルサの体から、凄まじい魔力の波動が拡散、そして──



「『紫陽の閃光花フラッシュ・ハイドランジア響音強大(フォルテシモ)』」



 彼女が天を指差した直後、雷が閃いたかのような強烈な紫光がその身から放たれた。



「うわ……ッ」



 通常の『紫陽の閃光花フラッシュ・ハイドランジア』とは桁違いの出力、そして射程を持つあれを放たれたが最後、見てから逃れるなど不可能に近い。



「「「ギィエエエエエエエエエエ~……ッ!!」」」



 恐るべき上級アンデッド三体は何もできないまま呆気無く消え去り、通常の『紫陽の閃光花フラッシュ・ハイドランジア』では消滅には至らないゾンビやスケルトン、ゴーストのような下級アンデッドも含めた、辺りに居た全てのアンデッドが灰と化して掻き消えた。



「す、凄い……」



紫陽の閃光花フラッシュ・ハイドランジア響音強大(フォルテシモ)』は消費する魔力も桁違いであるため、合同魔法として放たれるのが基本。

 たった一人で発動してみせたという事例は、私が知る限りでは初代『聖女』以外に無い。



「──ごめんなさいね。流石にもうあなたたちの手に負えないと思ったから、勝手ながら一気に片を付けさせて貰ったわ」



 テルサの言う通り、上空から一方的に攻撃されてはこちらの反撃も有効打にはならず、大量のアンデッドに囲まれて退避もままならず全滅していただろう。



「先程の変異ミノタウロスの時もそうでしたが、警護を務める我らが逆に助けられてしまうとは……。一度ならず二度までもテルサ様の御手を煩わせてしまい、お詫びの言葉もございません」



 ゼルレーク聖騎士団長が深々と頭を下げる。



「私は別に気にしてないわ。むしろ積極的に加勢したかったくらいよ。『旭日』を存分に使えば、今みたいに『紫陽の閃光花フラッシュ・ハイドランジア』でアンデッドを一掃したり、変異魔物相手でも防御魔法や治癒魔法でサポートできたのにね……」



 そうして貰えれば戦闘の効率は格段に向上して、安全かつ短時間でここまで来れただろうが、余程のことが無い限り、戦闘は聖騎士団に任せてテルサは魔力を使わないで欲しい、という風にラモン教皇やオーレン大司教から念を押されていた。



「瘴気の源泉を浄化するには莫大な魔力を必要とするため、『旭日』と言えども極力節約して頂かなくてはなりません。道中の魔物の対処に魔力を消費してしまって肝心の源泉を浄化できない、では本末転倒ですので」

「初代様の時には、そういうことが度々あったそうね」



 瘴気の浄化こそがテルサの役目であり、そればかりは誰も代わってやることができない。

 以前、テルサはレヴィア皇后や国の重要人物たちの面前で、()したる消耗もせず瘴気を浄化してみせたが、あれは帝都エルザンパールの周辺にある「地脈」から出る瘴気だったからで、今目指している「源泉」はそれとは比較にならないほどの瘴気を吐き出す大規模なものだ。



 ともあれ、これで付近の敵は居なくなり、後は浄化が行えるだけの距離まで近付くのみ。



「あれが、目的の瘴気の源泉ね……」

「そのようですね」



 大量の瘴気を直に吸い込めば、ある程度の強さを持つ魔物なら変異で済むが、人間──特に魔才持ちでない人間は十秒程度で死んでしまうと言われている。

 この場に居る者は魔才持ちばかりで、かつ聖水も服用しているため、一般人よりは耐性があるものの、それでも特殊な吸気浄化マスクを装着していなければ、あの源泉から溢れ出る膨大な瘴気に耐え切れず命を落とし、アンデッドの仲間入りを果たしたことだろう。

毎度ご愛読ありがとうございます。お楽しみ頂けたのなら、評価や感想、ブックマーク、レビューして頂けると創作の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ