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#83 黄昏のクルルザード (ラウル視点)

 魔物の襲撃に遭い続けたため、ウィルドゥ家が居を構える都市クルルザードに到着できたのは、予定より一時間以上遅れて夕刻となった。



 今日は休んで旅の疲れを癒し、明日は領主や現地民から説明を聞いて計画を練り、実際に瘴気浄化を開始するのは明後日からの予定だ。



「おお、遂にいらしたぞ……!」

「あちらに噂の『聖女』様がいらっしゃるのか……!」



 三百年前の『聖女』の伝説は国内外に知れ渡っており、訪れた救世主を一目見ようと沿道には多くの市民が詰め掛けており、建物の上から眺める者も多数居る。

 勿論、現地の帝国騎士団と聖騎士団が共同で警備に当たっているが、それを掻い潜って飛び出す者が居ないとも限らない。



「『聖女』様、どうか我らをお救い下さい……!」

「神の御力で『邪神の息吹』を鎮め、再びこの地に実りをお授け下さい……」



 帝都エルザンパールの住民に比べて生活水準が格段に低いことは、痩せた姿や覇気の無い表情、衣服から容易に想像できる。

 長い絶望の時を必死に耐えて、何とか命を繋いできた彼らが、今回の『聖女』の訪問を一日千秋(いちじつせんしゅう)の思いで待ち詫びていたことは想像に難くない。



「ここに来るまでの領内の様子から想像していた通り、住民の暮らしは相当に厳しいようだ……」

「いや、本当ですね。帝都に生まれて本当に良かったと、改めて神に感謝しますよ」



 我々を迎えるために街道周りの清掃や整備を丹念に行ったようだが、汚れやゴミは取り除けても、建造物の細かい破損などは隠し切れておらず、こうして都市内に入っても悪臭を感じる。

 必死になって隠せば隠すほど、細かい(あら)が際立って正体を見透かされる。



『邪神の息吹』の直接的な影響が小さい帝都で生まれ育ち、他の都市へ行った経験も稀な私には、クルルザードのような遠い都市のことは伝聞でしか知り得なかった。

 こうして実際に訪れて、知識ではなく経験として感じることで、自分が如何に恵まれた環境に生まれ、国内の実情を知らずに今まで気楽に過ごしてきたかが分かり、恥ずかしさと申し訳無さを感じずにはいられなかった。



「ほぉら、見えるかい? あそこに『聖女』様が居るんだよ。良かったねぇ……」

「…………せーじょ、さま……?」



 老婆に抱き上げられた、五歳ほどの少女と眼が合った。

 げっそりと痩せ細って、病に冒されているのか肌も土気色、虚ろな瞳はまるで深い井戸の底を映したように真っ暗だ。

 帝都に住む同じ年頃の平民の子供と比べると、その差は一目瞭然。



 同じ国の同じ神の下に生を受けた人間だというのに、生まれた土地や身分が違っただけで、運命の明暗は残酷なまでに分かれてしまう。



「住民は私を歓迎してくれているようね、ラウル。それだけ『邪神の息吹』が酷かったということかしら」



 輿の中のテルサが私に話し掛ける。



「長い夜を過ごした者たちにとって、ようやく昇った太陽は何よりも尊い光。時は希望の朝なのです」

「そうね。実際には黄昏時だけど」



 オレンジ色の太陽は西に傾き、黒い影が長く伸びている。

 そう、光ある所には必ず影が生じるもの。



『黄昏の牙』のようにサウル教や栄耀教会に反感を抱く者は多く、そうした者たちにとっては、遠い帝都の警戒厳重なサウレス=サンジョーレ曙光島から出て来てくれた今こそが『聖女』を襲撃する大チャンスとなる。

 まして今のような薄暗い時間帯は、不意打ちを仕掛けるには猶更都合が良い。

『聖女』が標的でなくとも、オーレン大司教やミルファス皇子を狙うことも考えられる。



「『聖女』様はどこだろう? あの高級そうな輿のどれかだとは思うが……」



 テルサやオーレン大司教の乗る輿の結界ならば、例え砲弾を撃ち込まれようとも防ぎ切れるのだが、防御以前に襲撃を受けること自体があるまじき不名誉なのだ。

 故に同型の輿も複数用意して、誰がどの輿に乗っているか判別できないようにせよと、出発前にラモン教皇が聖騎士団に命じたのだ。



 それが功を奏してか、特にトラブルに見舞われることも無く、我々は滞在先である聖堂に無事到着。



「ようこそ皆様。お待ちしておりました」



 現地の司祭に迎えられ、テルサやオーレン大司教、ミルファス皇子は聖堂で一泊。

 テルサの護衛を務める私も聖堂の一室を借り、明日からの活動に備えて充分に休息を摂ったのだが──



「侵入者、ですか……!?」



 翌朝、我が父ゼルレーク聖騎士団長からそんな話を聞かされた。



「うむ。幸いにしてすぐに取り押さえ、被害は無かったがな」



 実害は無くとも、警備を掻い潜られたことは責任者として痛恨の失態と感じているようだ。



「狙いは『聖女』様でしょうか? それともオーレン猊下……?」

「いや、どうやらミルファス殿下だったようだ」

「殿下を……ということはまさか、その者たちはウィルドゥ家が差し向けたのですか……!?」



 ウィルドゥ家は、栄耀教会に屈する前はミルファス皇子と次期皇帝の座を争うグラン皇子を支持していたため、充分な動機がある。

 ミルファス皇子が死ねば、グラン皇子の皇位継承がほぼ確定するのだから。



「そこまでは分からんが、オーレン猊下は追及の必要は無いと仰られた。この件は公表せず、昨晩は何事も無かったという(てい)を貫く。『聖女』様を(いただ)く我ら栄耀教会は全ての者から歓迎される存在、反抗する者など居てはならない──否、居るはずが無いのだからな」



 ターゲットが皇子だったとは言え、大司教も『聖女』も宿泊していた聖堂に賊が忍び込んだなどということになっては栄耀教会の失態となる上、証拠も無いままウィルドゥ家を追及すれば話がこじれて、今回の遠征を命じた皇帝や評議会も巻き込んで事が大きくなってしまう。



 故に、侵入者たちを秘密裏に処理して侵入の事実そのものを消し去ることこそ最善と、オーレン大司教は判断したのだろう。



「そう。そんなことが……」



 侵入者が居たという話を聞かされたテルサの反応は、思っていたよりも薄かった。



「我々の失態で『聖女』様にご心配をお掛けしてしまい、お詫びの言葉もございません」

「別に気にしてないわ。それよりも、その賊はミルファス殿下を狙っていたのよね? 私たちが瘴気の源泉に向かう間、殿下は大司教様と共にこの街に残られて住民の不安を取り除いたり、ウィルドゥ家と色々と話し合う予定だったはずだけど……」



 オーレン大司教には統率者という欠かせない役割があって来た訳だが、ミルファス皇子は政治的なパフォーマンスのために今回の遠征に同行したのであって、ウィルドゥ領救済の戦力には数えられていない。

 主だった聖騎士が街を発ってしまった後、警護が手薄になったミルファス皇子がまた狙われないとも限らない。



「殿下にも、街に残らず我々に同行して頂くべきでしょうか?」



 ゼルレーク聖騎士団長の提案に対して、進み出たザッキスが、



「恐れながら、それこそがウィルドゥ家の狙いでは? 狙われているという不安を植え付けることで、殿下を我らと共に魔物がひしめく危険地帯に向かうよう仕向ける策かも知れません。確実性には欠けますが、侵入者に暗殺させるよりは成功の見込みがある上、手を汚すことも無いのですから」



 その点は私もザッキスと同意見だ。



「そ、そうだな……魔物に襲われるくらいなら、この街に残って賊に狙われる方がまだマシだろう。兄上や姉上のようにはなりたくないからな……」



 皇太子マイアスも、私の母である皇女アイリーンも変異魔物に襲われて亡くなったため、ウルヴァルゼ皇族の間には魔物への恐怖心が強く根付いている。



「であれば、二度とこの聖堂へ侵入などできぬよう、当初の予定よりも多めに兵を残しましょう」

「でもゼルレーク団長、殿下と大司教様の警護に兵を割くということは、それだけ瘴気の地に向かう人数が減るということでしょう? 源泉に近付くほど危険な魔物に襲われる可能性も増す。ここに来るまでに経験した襲撃の比ではないはずよ。お二人の安全は確保されるかも知れないけれど、目的である瘴気の浄化の難易度は確実に上がってしまうわ」



 テルサにとっては、使命の完遂と生命の安全が懸かっている訳だから、そちらにこそ注力して欲しいと主張するのは当然のことだ。



「仰る通りですが、ミルファス殿下は次期皇帝となられる大事な御方。万一のことがあってはならないのですよ。それに……その、賊が私を狙って来ないとも限らない訳ですし……」

「勿論、殿下も大司教様もとても重要な方よ。私が言いたいのは、バランスを考えて戦力配分を決めて欲しい、ということよ」



 議論はしばらく続き、最終的にある結論を出して終了した。

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