#79 天国を目指す者 その9 (テルサ視点)
待ちに待った、晴れ舞台の日がやって来た。
栄耀教会と共に訪れたのは、帝都エルザンパールから最も近くにある、地脈から大量の瘴気が滲出する地。
皇族、評議会議員、各地域の領主、宮廷魔術団、帝国騎士団、大手商人や有力冒険者ギルドといった、まさに国を代表するお歴々の面前で、瘴気浄化の公開演習を行うのだ。
「御一同、ご覧あれ。こちらに御座す御方こそ、我ら栄耀教会が異世界の『日出づる国』よりお招きした、テルサ・アケチ様。光の主サウルより光の極大魔力『旭日』を賜りし、救国の『聖女』様でございます」
『聖女』に相応しい壮麗な魔導衣に身を包んだ私を、ラモン教皇が声高らかに紹介する。
ブロードウェイミュージカルの主演女優のように、私は人々の注目を浴び、心を奪った。
闇の中に生み落とされた私が、この世界では光の化身として、皆から期待と尊敬の眼差しを向けられる立場を得たことに充実感が込み上がる。
「──日神サウルより賜りし、我が身に宿る『旭日』よ。忌まわしき瘴気を祓い、天地に救済の光を」
光の極大魔力を解放、辺りを暗く閉ざしていた瘴気をほんの数十秒で完全浄化してみせた。
不安や緊張は少しばかりあったが、表には出さなかった。
これは私の栄光の未来への第一歩なのだから、怖気付いた様子など晒しては『聖女』の名に傷が付いてしまう。
何事も最初が肝心だ。
浄化が終わり、呆然としていた者たちが我に返り──そして、割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こった。
私に向けられる彼らの眼に宿るのは、希望、興奮、熱狂、感謝といった感情。
何せ五十年の間、ただただ耐えるしか無かった忌まわしい厄災を打ち破る、その眩い希望の光を目撃したのだから。
「皆様、只今ご覧になったように、これが『聖女』テルサ様の御力です。テルサ様の『旭日』こそ『邪神の息吹』に打ち克ち、長きに亘る暗黒の時代に終止符を打つ、唯一の光。まさに今日この時から、ウルヴァルゼ帝国は克服の道を歩み始めたのです。皆様はその歴史的瞬間の目撃者となったのです。今一度、テルサ様に盛大な拍手を!」
コンサートの最終曲を歌い終えた後のアーティストのように、にこやかに微笑んで彼らに手を振った。
ファンサービスは大事だ。
「お見事です、テルサ様。ウルヴァルゼ皇族を代表して御礼申し上げます」
「どう致しまして」
壇上から降りた私の元へ真っ先に駆け寄って来たのは、ミルファス皇子。
もう皇帝になることが決まったかのような口振りだが、第三皇子に丁重にエスコートされ、彼を推す貴族たちと笑顔で言葉を交わせば、眺めている者たちも勝ち馬に乗ろうと彼に付き、流れは大きく変わる。
おまけに対抗馬である第二皇子グランとその派閥は、ラモン教皇の手回しによりこの演習への参加が認められなかったと聞いている。
『聖女』である私が瘴気を浄化して『邪神の息吹』を鎮め、そんな私をラモン教皇率いる栄耀教会が活用して影響力を拡大し、ミルファス皇子が即位して国を動かすようになれば、まさに無敵。
「あ~、疲れたわぁ~」
その日の夜、聖宮殿に戻って来た私は、疲労感のままベッドにダイブ。
柔らかなシーツが肌に心地良い。
「何かお飲み物でもお持ち致しましょうか?」
そんな私を見て、リナリィが提案する。
「そうね。じゃあ、またワインでもお願い」
「畏まりました」
今日の出来事は瞬く間に国中を駆け巡ることだろう。
『聖女』テルサの名は一層高まり、私の力に疑問を抱く者は居なくなる。
眼を閉じれば、万人が私の元へ大金を抱えて集い、跪き、頭を垂れて讃美する様子がありありと浮かんできた。
私の機嫌を損ねようものなら、瘴気を浄化して貰えなくなって破滅が確定する。
皇族だろうと逆らうことはできない、まさに無敵の存在だ。
「本当、この世界は『天国』ね……」
勝利と栄光の美酒の、その極上の味に酔い痴れた。
ラスボスを倒せば主人公にはハッピーエンドが訪れる、などという都合の良い話は創作の中にしか無く、現実には起こり得ない。
夜が終わって朝が訪れれば昼が過ぎ、夕が暮れて再び夜を迎えるように、全ての終わりは全ての始まり、全ての始まりは全ての終わりでしかない。
両親と教主を葬ってようやく自由を勝ち得たとは言え、その後の人生の幸福が保証された訳ではなく、マイナスがようやくゼロになっただけのことでしかない。
カグヤが逮捕された後も、鬱陶しいマスコミに付き纏われたり、好奇心旺盛な暇人から質問攻めにされたりと、ストレスが溜まる日々が続いた。
仕事を変えて故郷も離れ、憧れだった芸能界を目指して演劇の道へ進んだが、話題や経験、価値観の隔たりは大きく、人間関係はあまり良好とは言えなかった。
嫌われていたというほどではないが、まるで違う世界から迷い込んだ異物か何かのように私のことを遠ざけ、陰で噂話を繰り返し、私と積極的に付き合おうという者は居なかった。
やったことへの後悔など微塵も無いが、それでも奪われた時の重みを、大きなタイムロスを痛感せずにはいられなかった。
私の運命が再び変転したのは、そんな曇り空のような陰鬱な気持ちで過ごしていた頃だった。
渋谷に居たはずの私は、足元から立ち昇る謎の光に捕らわれた。
まるで掃除機に吸い込まれる小石のように、ヒュン、と私の体はその光に落ちた。
後はもう、奇妙な空間の中を、ただただ真っ逆様に落ちるだけ。
あらゆる感覚が麻痺するほどの長い長い転落の末、気が付くと私は石造りの壇上に居た。
「な、何よここ……私、渋谷に居たはずなのに……って、きゃあッ!? 何なのよこれぇ!?」
生まれたままの姿──全裸で。
そんな私を取り囲むように眺める、どう見ても日本人ではない見知らぬ人々。
「お初にお目に掛かる。私は栄耀教会の教皇、ラモン・エルハ・ズンダルクと申します」
教会の修道女を彷彿とさせる、純白のローブに身を包んだ女性が綺麗なローブを被せてくれた直後、そう名乗る老人から声を掛けられた。
この突然の事態、この現象に、私は心当たりがあった。
ウェブ小説やライトノベル、アニメなどで多々用いられていた展開──『異世界転移』だと直感的に理解した。
異世界への転移や転生を描いた作品の、その典型と呼ばれるものの大まかな流れを説明すると、異世界に招かれた主人公が、その世界の常識を凌駕する、いわゆる『チート能力』を身に付けて大活躍、富も名誉も異性も手に入れ、順風満帆の勝ち組人生を歩んでいく、というものだった。
リアリティを著しく欠いた稚拙な内容だったため、すぐに放り出してしまったが、こうして我が身に起こった今となっては、もっと触れておけば良かったと少し後悔している。
そうして多少なりとも予備知識があったからだろうか、ラモン教皇ら栄耀教会の人々から説明された『邪神の息吹』や『招聖の儀』のこともすぐに理解できた。
そして私にも、三百年前に『邪神の息吹』を鎮めた初代『聖女』と同じ、光の極大魔力『旭日』が宿っていることが、魔力鑑定で確認された。
一世一代のチャンスだ、と思った。
『聖女』として『邪神の息吹』を鎮めれば、誰もが私を女神の如く崇拝する。
欲しいものは何でも手に入る。
今まで奪われてきた分を取り戻せる。
一点の闇も無い、光に満ちた未来が訪れる。
この異世界こそが私の目指した『天国』なのだと、憎き三人を葬ったあの時以上に晴れ晴れとした気分になった。
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