#78 天国を目指す者 その8 (テルサ視点)
時は今。
待ち詫びた瞬間が遂に訪れた。
「──ぶっ殺す」
握り締めた包丁で、ありったけの力と憎悪を込めた一撃。
教主の背中の、ど真ん中に喰らわせてやった。
「ぐ──ぎぃひえええええええええッ!?」
激痛と驚愕で滑稽な叫び声を上げて、老人が引っ繰り返った。
これで彼は逃げられない。
次は父だ。
「か、輝夜──いや、照朝か……? お前、一体何──ぶえ……ッ!?」
突然の出来事に動揺し、判断が遅れた父にも憎しみを込めて一突き。
「キィアアアアアアアアアアアアアッ……!?」
逃げる母の髪を鷲掴みにして引き倒し、それ以上不快な叫び声を上げられないように喉をザクリ。
「どれほど……どれほどこの日を待ち詫びたことか……」
万感の想いを込めて呟く。
重傷を負わせて逃げられないようにした後は、待ちに待ったお仕置きタイムの始まりだ。
「ぐぎぃあああああああああッ!! や、やめろ照朝、やめ──あがあああああ……ッ!!」
「どうして照朝、どうしてこんなこと──をごおおおおおおッ!?」
喚き散らす両親の体に、何度も何度も包丁を突き立てた。
血飛沫が私を濡らしていく。
「ねえ、どんな気分? 手塩に掛けて育ててきた自慢の娘にぶっ殺されるのって、一体どんな気分? ねえ教えてよ、お父さん、お母さん……! 死ぬ前に何とか言ってみなさいよ、えぇッ!?」
想像を絶する苦痛を何度も味わわされ、悶え苦しむ二人の様子に、笑いを堪えることができなかった。
自分たちが『天国』に行くために、我が子を『天国』に行かせてやるために、彼らは信仰を強要してきた。
それが親としての責務であり、正当な愛情だと彼らは信じて疑わなかった。
その我が子によって残虐に殺されるというのは、それまでの信仰浸けの人生を完全否定される、まさしく『地獄』と呼ぶべき仕打ちだろう。
「奪われてきた私の苦しみが、少しは分かったかしら!? その痛みと共に『地獄』に堕ちていけ、このイカレたド畜生共がァーーーーッ!!」
偽りの信仰に盲従するあまり親としての責務を忘れ、言われるがまま誇りも財産も差し出してきた人に非ざる下衆共に、『天国』に行って幸福を得る資格などあるものか。
刺され、切られ、抉られた末に無残な姿に成り果て、彼らの生命は闇に没した。
「さて……この屑共も赦せないけど、一番憎いのはあんたよ、元凶のクソジジイ」
「ひぃ……ッ」
血塗れになった私を見て、老人が蒼褪める。
「や、やめてくれ……助けてくれ……い、命だけは……ッ」
人々の生き血を吸い続け、神気取りでのうのうと『天国』を満喫してきた吸血鬼の命乞いに、改めて怒りが爆発したのは言うまでも無い。
断罪と復讐の刃を、加齢臭がプンプンする体に突き刺し、深々と抉った。
「死ねッ! 死ねッ!! 死ねェッ!! お前さえ……お前さえ居なければッ!! お前のせいで私がどれだけ苦しんだか! 人生を台無しにされたかッ! 何もかもお前のせいよッ!!」
無我夢中、一心不乱に包丁を振り下ろし続けた。
「やめでぐりぃええええええッ!! だれが……だれが、だずげでぐれええええええ……ッ!!」
「当然の報いよ! いいえ、この程度じゃ貴様のやったことは償えない! 私の青春は戻って来ない! もっと苦しめ! 思い知れ! くたばれッ!! 『地獄』の底まで堕ちていけェーーーーッ!!」
動かなくなった後も、私はしばらくその体を刻み続けた。
最後まで、彼の口から謝罪や後悔の言葉が吐かれることは無かった。
真の悪魔に、罪悪感や良心の呵責などあるはずも無い。
「ふ、ふふふ……」
辺りは静かになった。
憎んだ三人は見るも無残な姿に成り果て、血の海に転がっている。
何と凄惨で、素晴らしい光景だろうか。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははッ!!」
まるで富士山の頂上から初日の出を拝んだような、最高に晴れ晴れとした気分だった。
「やった……遂にやったわぁ……」
この感動を歌にして声高らかに響かせたかったが、残念ながらそんな高揚感と爽快感に浸っている場合ではない。
やってしまった以上、もう後戻りはできないのだ。
私は素早く頭を冷静に切り替え、計画を続行した。
輝夜には予め睡眠薬を盛っておいたため、今頃は夢の中だ。
犯行時に着ていた衣服や手袋、靴や靴下も、凶器に使った包丁も、以前彼女のアパートに行った際に合鍵を作っておいたため、留守中に忍び込んで同じ物とすり替えておき、毛髪も何本か取っておいて死体の近くに撒いておいた。
それらを自宅と輝夜のアパートまで続く道の途中で捨て、コンビニの防犯カメラにも彼女に扮した私の姿がそれとなく映るようにした。
後は、帰宅した私が三人の惨殺死体を発見、警察に通報したという筋書きで進める。
返り血も、死体に駆け寄った時に付着したということにしておけば誤魔化せる。
そしてやはり、運命は私の味方だった。
私が施した数々の偽装工作が功を奏し、警察は輝夜を容疑者として、真っ先に身柄を押さえた。
しかも驚いたことに彼女自身、本当に自分が三人を手に掛けてしまったのではと半信半疑になっていたのだ。
散々追い詰められてきた彼女からすれば無理からぬことだろうから、警察も輝夜の仕業だとほとんど決め付けていたようで、連日の取り調べで疲れたのか、遂に輝夜は自らが犯人だと認めたのだ。
運命は本当に理想的な──愚かな姉を用意してくれた。
「まさか姉が、あんなことをするなんて……今でも信じられません……」
私はと言うと、警察の事情聴取やマスコミの取材に対し、大粒の涙を流して悲劇のヒロインを演じてみせた。
そんな私を誰も疑わず、例え疑われたとしても最有力容疑者だった輝夜が首を縦に振ってしまった以上、運命は決まってしまったのだ。
父も、母も、教主も、私を苦しめてきた者たちは死の忘却を迎え、愚かな姉も暗い牢の奥へ追い遣られた。
教主急死によって事件は大々的に報じられ、教団は瞬く間に崩壊を始めた。
長年に亘って私を苦しめ、奪い続けてきた悪徳教団も、滅びる時はあっと言う間だった。
復讐を成し遂げた私は、宿命という忌まわしい呪縛から解放され、遂に夜明けを迎えたのだ。
心に満ちるのは、雲一つ無い晴天。
眩い太陽が照り付ける、自由な朝空だ。
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