#76 天国を目指す者 その6 (テルサ視点)
「それでは始めます。宜しいでしょうか?」
「いつでもどうぞ」
檻が開けられ、解き放たれたアンデッドが私に迫り来る。
万が一に備えて聖騎士たちが攻撃態勢に入っているが、彼らに出番を与える気は無い。
「そうそう、近付いて来なさい」
無敵の『旭日』を宿す私だが、光以外の属性や攻撃系の魔法を扱うことはできない。
ただ、相手を殺傷する術を持たないという訳ではない。
「『紫陽の閃光花』」
アンデッドは太陽の光──正確に言うなら紫外線を弱点とするため、この『紫陽の閃光花』は最も有効な魔法の一つだ。
それは間違い無いのだが、しかしアンデッドの種類によってその効き目は異なる。
『ゾンビ』『スケルトン』『ゴースト』などの下級アンデッドは、生前の記憶や知性は全く失われており、単純な動きしかできず再生能力も無いが、紫外線を浴びても弱体化するだけで消滅には至らないため、日中でも襲われることがある。
中級アンデッドに分類される『バンシー』『グール』『アースバウンド』『デュラハン』『スペクター』は、下級アンデッドよりも知能や再生能力に秀でる上にその性質も特殊で、紫外線を浴びても即座に消滅はしないが、浴びている間はその部位が次第に崩れていき、やがて消滅してしまう。
そして『ヴァンパイア』『リッチ』『レイス』といった上級アンデッドは、生前の記憶や知性、知能を完全に保持している上、魔力も再生能力も抜群という恐るべき存在だが、紫外線を浴びた部位は一瞬にして消滅してしまい、頭部に受ければ即死だ。
個体によって微妙に差が生じることもあるようだが、要するに強力なアンデッドほど紫外線への耐性が低いのだ。
ゾンビとスケルトンに対しては、『紫陽の閃光花』ではダメージを与えられず滅することはできないが、紫外線が強い刺激となることに変わりは無く、怯ませて動きを止める分には有効だ。
「『慈愛の加護領域』」
私を中心とした半径二十メートル、ピンク色に輝く円状の模様が地面に浮かび上がる。
アンデッドとは生命力を喪失し、魔力と霊魂によって活動する死体。
そのアンデッドに対して治癒や回復の魔法を掛けて生命力を送り込み、活性化させたらどうなるか。
中距離範囲治癒魔法『慈愛の加護領域』に踏み込んだアンデッドたちの口から、サイレンの如き悲鳴が轟く。
普通の生物であればプラスに働く治癒魔法も、アンデッドに対してはマイナスに作用してダメージを与える有害な魔法なのだ。
『紫陽の閃光花』と同じくアンデッドにのみ痛手を与えるため、攻撃系魔法と違って味方を巻き添えにする心配も無く、それどころか負傷した者の治療も同時に行えてしまう、極めて合理的な戦法なのだ。
「これでアンデッドたちは消滅。そしてそのまま瘴気も浄化するわ」
魔力鑑定の時のように、私の身から放たれた強烈な光が、居並ぶ人々の眼を眩ませる。
瘴気とは高濃度の闇属性魔素であり、対属性である光の魔力に触れるだけで分解されるため、光属性の魔法が使える者なら誰でも浄化自体は行えるのだが、その規模は微々たるもの、『邪神の息吹』を鎮めるには程遠い。
『邪神の息吹』に対抗できるだけの浄化が行えるのは、光の極大魔力『旭日』を宿す者──すなわち『聖女』だけだ。
「完了よ」
光が収まる。
その場から一歩も動くこと無く、全ては終わった。
アンデッドも瘴気も完全に消え失せた場に、私を讃える歓声と拍手が湧き起こった。
「予行練習、お疲れ様でした。アンデッドも瘴気も楽々と滅してしまわれたそうですな」
「ええ。思っていたよりも簡単で、ちょっと拍子抜けだったわ」
今は教皇専用の応接室で、ラモン教皇と二人でワインを酌み交わしている最中だ。
「今後も練習を重ねて検証していく予定ですが、大きな問題は無いでしょう。御身こそこの国を救う『聖女』です。未だあなた様の御力に疑問を抱く者も少なくありませんが、実際に瘴気を浄化する所を拝ませてやれば、それも払拭されましょう」
「その日が待ち遠しいわね」
この世界に召喚されて以来、事態は順調に進行している。
懸念があるとすれば──
「ところで教皇様……カグヤについて、あれから進展はあった?」
「……いえ、未だ行方は不明です。共に逃げたヴァンパイアに関しましても」
そのヴァンパイアは名をダスクと言い、かつてカルディスという王族出身の将軍──その頃のウルヴァルゼ帝国は王国を称していた──に仕えた騎士だったが、初代『聖女』が召喚される前年に、王位簒奪を企てた主君と共に処刑されたそうだ。
三百年間、冥獄墓所に葬られていたその男をカグヤがどうやってか蘇らせ、聖騎士団に追い詰められながらも、二人でこのサウレス=サンジョーレ曙光島から逃げ出したのだ。
翌日の夜、再びザッキスが二人と遭遇したものの、またしてもカグヤの能力で逃げられ、以降の足取りはぱったりと途絶えてしまっている。
カグヤもダスクも、私と栄耀教会へ警戒心と敵意を抱いたのは間違い無く、カグヤの瞬間移動能力を用いれば「最悪の事態」──私やラモン教皇を暗殺して教団に大打撃を与えることは充分に可能だ。
もっとも、こうして未だに何事も起きていない所を見ると、その心配も無いと思われるが。
「地下水路も捜索しましたが、痕跡は見つけられませんでした。既に国外へ亡命した可能性もありますが、仮にまだ帝都に留まっているとすれば……何者かが力を貸しているのは間違い無いでしょう」
「罪人となったカグヤとヴァンパイアを、多大なリスクを冒してまで匿うような者が居るの?」
それはこの栄耀教会だけでなく、ウルヴァルゼ帝国そのものに対する反逆に等しい行為であり、発覚すれば処刑は確実だ。
「居るとすれば『黄昏の牙』か、我らの躍進を快く思わない派閥──例えばグラン殿下を推す者たちなどが考えられます。我々に対抗するため、二人を取り込むつもりなのでしょう」
「敵の敵は味方、という訳ね」
神の威光を笠に着て専横の限りを尽くす栄耀教会に、危機と嫌悪を感じている者が多いことは想像に難くない。
「まあ、心配は要らぬでしょう。御身以外に瘴気を浄化できる者など、この世に存在しないのですから。『邪神の息吹』に対抗する術が他に無い以上、どのような過程を辿ろうとも、結果は何も変わらないのです。我らの威光に万人が跪くという、その結果には」
この世には結果だけが残り、結果を出した者こそが勝者として『天国』へ昇る。
結果の伴わない敗者は、過程も意志も、人生さえも否定されて『地獄』へ堕ちる。
「……そうね。でもだからと言って、カグヤが生きていていいということにはならないわ。前にも言ったように、彼女は私の大切な人たちを残虐に殺した憎き仇。生きている限り、私の心の暗雲は晴れないわ」
グラスのワインをグイと飲み干す。
「承知しております。必ずや彼の者共を討ち果たし、その暗雲を消し去って御覧に入れましょう」
「宜しくお願いね」
ラモン教皇は──否、彼以外の者も誰一人知らない。
私がカグヤの死に固執する、その真の理由を。
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