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#72 天国を目指す者 その2 (テルサ視点)

 ──親ガチャ。



 私が物心付いた頃には、その言葉は日本社会に於いて目新しいものではなくなっていた。



 ソーシャルゲームなどで用いられているクジ引きシステム、通称「ガチャ」に(なぞら)えて、どんな親の元に生まれるかで人生が決定されてしまう現実を、皮肉と諦念(ていねん)を込めてそう呼んでいた。



 資産、地位、身分、知能、国籍、学歴、職業、素質、容姿、体質、人種、人格、主義、思想、習慣、環境──将来に決定的な影響を与える、親から与えられるそれら人生の前提条件を、生まれてくる子供は一切選べない。

 ゲームのガチャならばリトライの機会や確率操作の手段があるが、親ガチャは一生に一度だけ、リトライも確率操作も利かない完全なる運任せ、神の気紛れだ。



 そして私の親ガチャの結果は──「大ハズレ」だった。



 家畜小屋も同然の家庭に、私は生まれてしまった。

 両親も祖父母も新興宗教団体にのめり込み、牛が乳を搾り取られるが如く、羊が毛を刈り取られるが如く、教主に命じられるがまま身を削って財を献上する、人に非ざる家畜共。



 そんな家畜の()として生まれた私もまた、家畜の生き方を強要された。



 住まいは格安家賃の借家、購入する自家用車は常に中古、そして食事もメニューが固定された質素なものだったため、学校の給食が一番のご馳走という有様。

 私物は衣類や化粧品、下着に至るまで、双子なのだからと姉と共用にされ、同年代の子供たちが当たり前のように体験するはずの娯楽さえも一切禁じられた。



 周りの少女たちが、髪を整え、お洒落な服やアクセサリーで着飾り、流行りの音楽や芸能人について話し合い、友人たちと楽しく遊び、恋人と愛を交わし、青春を謳歌している様子を見る度に、憧れと嫉妬で胸が苦しくなり、惨めさと虚しさで何度も涙が零れた。



 当然ながら周囲と話が合うはずも無く、心が通った相手など只の一人も居なかった。



 お金は無くなっても、また稼ぐことができる。

 しかし自由は──過ぎ去った時間は、永遠に取り戻せない。



 短い一生の内で最も貴重な「青春」という時代を、私は奪われてしまったのだ。





「テルサ様、あまり勝手なことをされては困りますな」



 当然ながら、私の無断外出はバレた。



 リナリィとの帝都見物を終え、堂々とサウレス=サンジョーレ曙光島に帰って来た私は、ゼルレーク聖騎士団長によってこの教皇室まで連れて来られ、今はラモン教皇直々のお説教タイムだ。



「ごめんなさいね。どうしても帝都の様子が見たくって、リナリィに無理を言っちゃいました。彼女を責めないであげて下さい」

「そのリナリィから聞きましたが、途中で彼女を放置して一人になったとか」

「迷子になってしまったの。恥ずかしながら方向音痴なもので」



 無論わざと一人になったのだが、ラモン教皇とてそれは察していることだろう。



「ずっと誰かが近くに居たんじゃ、気が休まりませんもの。誰でも一人のプライベートタイムが必要です。女は猶更」

「……今後は何卒、外出はお控え下さい。御身はこの国にとって極めて重要な御方なのですから」

「ええ、軽率だったと反省しています。今後はきちんと断りを入れますから、どうかご容赦下さい」



 反省の気持ちなど全く無い笑顔で詫びを述べる。



「ところで、話は変わるのですが──」



 声の調子をガラリと変えて、私は言う。



「──栄耀教会について、市民から色々な噂を聞いたわ」



 スイッチを切られたロボットのように、ラモン教皇がピタッと動きを止めた。



「……噂、とは?」



 恐る恐る、といった口調でラモン教皇が問う。



「あなたたちって思っていた以上に評判が悪いようね。高額のお布施を要求したり、教団に反抗的な人を破門したりしていたと聞いたわ。高利貸しまでやって、聖騎士を使って暴力的に取り立て、返せない相手からは家族を取り上げたりと……もう多過ぎて忘れちゃったわ」



 例を挙げる度に、ラモン教皇の顔の皺の数が増えていくのが見て取れた。



「……市井(しせい)の者たちというのは、概して話を誇張するものです。そのような者たちの噂に真実など──」

「ザッキスも見かけたわ」



 その名を出した途端、ラモン教皇の顔が凍り付いた。



「教皇様のお孫さんよね? 彼、神に逆らっただのと言い掛かりを付けて無抵抗の女性に暴力を振るって、それを止めに入った恋人の腕を斬り落として、楽しそうに笑っていたわ。あれも聖騎士のお仕事なのかしら? それとも単なる日頃の憂さ晴らし? きっと私が召喚される前からあんな調子だったのね。教皇様はご存知だったのかしら?」



 ラモン教皇からの回答は無い。

 しかし、その沈黙こそが雄弁に真実を語っていた。

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