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#69 望月 (ダスク視点)

 カグヤに連れて来られたそこには、死が満ちていた。



「ここは……瘴気の地か?」



 三百年前に飽きるほど体験して、先日もジェフの力を介して見たから分かる。

 神秘的な月光が輝いていたはずの空は、今は赤黒色に染め上げられ、禍々しさが一帯を包み込んでいた。



 地脈から瘴気が絶えず噴き上げているせいで、痩せ細って枯れ果てた木々だけが立ち並び、泉も土も汚染された死の土地にして、この世に現出した地獄。

 ヴァンパイアと化した俺には、同じく闇属性である瘴気が害にならないため、死臭のきつさ以外は何ら問題にならないのだが、それでも体に残る昔の記憶が不快感を呼び起こす。



「正確にはこの地の中心──瘴気の発生源です」



 つまり、最も瘴気が濃い場所。

 カルディス王弟に従って()せ返るほどの瘴気が満ちた土地へ何度も赴いたが、その発生源は流石に危険過ぎて入ったことが無く、ヴァンパイアになっても踏み入ろうとは思わなかった。



 その暗黒の中から、俺たちに忍び寄る複数の気配。

 真っ赤に血走った眼と、獰猛(どうもう)な唸り声。



「下がれ、変異魔物だ……!」



 瘴気を吸ったからと言って、すぐさま問題がある訳ではないが、吸気浄化マスク無しでこの濃度の瘴気を三十分も吸い続ければ、生物ならば確実に死亡してアンデッド化、魔物なら例え命を失わないにしても、あのように変異して狂暴化、生きている者に見境無く襲い掛かる。

 カグヤの闇の極大魔力であれば、変異魔物の肉体の時間を戻すことで、変異する前の状態にすることもできるそうだが、これだけの数が相手となるとそうはいかない。



 俺がやるしか無い。



「失せろ……!」



 殺到する変異魔物たちを、カグヤに近い順から首を斬り飛ばしていく。



 瘴気とは闇属性の魔素(マナ)

 闇の属性に特化したアンデッドの身によく馴染んで効率良く魔力に変換できるため、普段よりも能力が向上する。



 人間時代であれば対応し切れず、あっと言う間にやられていたであろう変異魔物の群れを、瘴気を己の力に変換できる今ならば、疾風怒涛の勢いで次々に葬り去り、カグヤの半径三メートル以内には一体たりとも近付けない。

 彼女の方も俺が全てを片付けてくれると確信しているのか、その場から一歩も動こうとはしなかった。



「──片付いたな」



 襲撃がピタリと止み、俺たちの他に動くものは無くなった。



「ありがとうございます」



 静かな礼を述べるカグヤだが、この凄まじい瘴気の地に生身で居るにも関わらず、どういう訳か何の苦しみも感じていない様子だった。



「……こんな所に来て、一体どういうつもりだ?」



 瘴気が満ちる地に自ら立ち入るなど、自殺行為という言葉さえ生温(なまぬる)い。



「見ていて下さい」



 祈りを捧げるが如く、彼女が眼を閉じ、両手を組む。

 途端に、流れが変わった。



「瘴気が……カグヤの元へ集まって来ている……!?」



 風は吹いておらず、そもそも瘴気は風の影響をほとんど受けない。



「いや……これは、吸い取っているのか……!? たった今俺がやったように……?」



 立ち込める瘴気を取り込み、自身の魔力に変換することで普段以上の戦闘力を発揮できている訳だが、今まさにカグヤが行っているのも、その瘴気吸収と魔力変換だ。

 あらゆる生命を破滅へ誘う暗黒の気が、見る見るカグヤの身へ取り込まれていく。



 見れば、寄って来ていた変異魔物やアンデッドたちにも異変は起きていた。

 新たに二本の奇形腕が生えて四本腕になっていたオーガは、しかし奇形腕が徐々に縮んでいき、最後にはその痕跡すら無くなってしまった。

 中級以下のアンデッドも活動を止めた先から、次々に塵となって消滅していく。



「──吸収、完了致しました」



 常識を超越した離れ業を並行していたにも関わらず、疲れも苦しみも一切感じさせないまま、カグヤは最後まで集中を切らさなかった。



「………………し、信じられないが……君は今、この地の瘴気を吸い取ったのか……全て……!?」



 三百年後の時代に蘇ったと知った時でさえ、ここまでの衝撃は受けなかった。

 驚愕と混乱で、頭がどうにかなりそうだった。



「はい。取り込んだ莫大な瘴気で魔力を練り上げ、それを以て全ての変異魔物を元に戻し、更には中級以下のアンデッドさえも支配して消滅させました」



 俺の瘴気吸収を、湖の水をコップで(すく)い取って飲んだと表現するのなら、カグヤが今やってのけたそれは、湖を一人で飲み干して干上がらせてしまったようなもの。

 一分と経過していないというのに、この地を満たしていた瘴気は余さず吸い尽くされただけでなく、地脈までもが枯渇してしまった。



 最早この地のどこにも瘴気は無く、暗黒が晴れた地を月光が静かに照らしていた。



「テルサの光の極大魔力『旭日(きょくじつ)』と対を成すこの闇の極大魔力を、私は『望月(ぼうげつ)』と名付けました」

「『望月』……」



 暗闇と月の引力によって解き放たれ、辺りの瘴気を己の力に換え、時空や不死者さえ意のままに司ってしまう、この世の理を超越した究極の力。



「私はこれを運命だと──犠牲になった人々の意志と受け取りました。この『望月』を以て『邪神の息吹』を終わらせ、人々を救済することこそ、この身に課せられた使命だと」



 瘴気を浄化する『旭日』に対して、瘴気を吸収する『望月』。

 テルサが『光の聖女』なら、差し詰めカグヤは『闇の聖女』と言った所か。



 しかし──



「……ああ、確かに可能かも知れないな。だが、君までもが『邪神の息吹』を鎮める力を持っていることを知れば、栄耀教会は本腰を入れて、それこそどんな手段を使ってでも君を始末しようとするはずだ。そんなリスクを冒してまで見ず知らずの人々を救うよりも、面倒事はテルサに任せ、どこか遠い国で平穏に暮らそうとは思わないのか?」



 栄耀教会による情報操作が働いたとは言え、この国がカグヤを不要な存在と見做して切り捨てた、その事実に変わりは無い。

 そんな身勝手な者たちのために、この世界の人間ですらないカグヤが、多大な危険を冒してまで厄災に立ち向かう義理など無いはずだ。



「……全く考えなかった、と言えば嘘になります。ですが、この国の現状を知ってしまった以上、それに背を向けて自分だけが安穏と生きるような真似はできません」



 テルサという『邪神の息吹』を打ち消せる絶対的な切り札を抱えているからこそ、誰も栄耀教会に文句が言えず、彼らの増長を前に(こうべ)を垂れるしか無い状況が続いている。

 しかし、その切り札が他にもう一枚あると分かれば、テルサの価値は下落、平伏(ひれふ)していた者たちが一斉に立ち上がって、栄耀教会に反抗するようになるのは間違い無い。



「リスクも承知しています。だからこそ支えが必要なのです。私もまだ『望月』を完全に使いこなせているとは言えませんし、何者だろうと一人の力の限界など知れています」



 瘴気が満ちる地には変異魔物やアンデッドが大量にひしめいており、今のように襲い掛かって来るのは間違い無い。

 見た所、瘴気を吸収するにもある程度の時間と集中を要すると思われ、近付いて来る邪魔者共に対する露払いは必須だ。



「オズガルドたちが居るだろう。彼らなら君を悪いようにはしない」

「勿論、オズガルド様たちのことは信頼していますし、今後も支えて頂くつもりです。ですが、彼らにはそれぞれ属する家や組織があるため、状況次第では私たちに味方できない場合もあるでしょう」



 俺たちを匿っていることが発覚したり、一族存亡の危機が迫れば、彼らとて今まで通りの支援は続けられなくなる。

 その点、遠い昔の人物である俺ならば、この時代に於けるしがらみは一切無いため、状況が変わろうと味方で居続けてくれると考えているようだ。

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