#61 天国と地獄 その8 (ダスク視点)
帰還した俺たちを出迎えたのは、沈鬱な面持ちのセレナとダイア。
そして今、目の前の床には布が敷かれ、そこにはビファスが横たわっていた。
既に息は無い。
「……説明してくれ。一体何があった?」
カルディス王弟のその声は、僅かに震えていた。
事が起きたのは五日前の夜。
前日と同様、ビファスを含めた親衛隊を数名連れて、ディルクは市中の見回りを行っていた。
路地裏で怪しい動きをする連中を見かけたのは、その最中。
「やだぁ! はなして! お母さぁーん!」
助けを求めて抵抗する少女を見て、ディルクたちはすぐに勘付いた。
魔才持ちの子供を拉致する、まさにその現場ではないかと。
「深入りする気は無かったが、見てしまった以上、放置する訳にはいかない……!」
「はい。行きましょう」
ディルクはすぐさま追跡を開始、ビファスたちもそれに続いた。
しかし、彼らはミスを犯した。
敵に追い付き、捕らえることに意識が行ってしまい、ディルクとビファスの二人だけが先行し過ぎてしまい、他の護衛と距離が空いてしまったのだ。
そして、逃げた先で大勢と遭遇、人数に圧倒されて逆にディルクが捕らえられ、ビファスは致命傷を負ってしまった。
仲間が駆け付けた時には、既にディルクと敵の姿はどこにも無く、瀕死のビファスだけが取り残されていた。
「栄耀、教会だ……魔才持ちたちを連れ去っているのは、栄耀教会だ……ッ!」
それが彼の最期の言葉だった。
自らの血で濡れたビファスの手には、栄耀教会が抱える聖騎士団の、その隊員にのみ与えられる徽章が握られていたという。
「畜生が……ッ!」
蹴破るような勢いでドアを開けて、グロームが出て行こうとする。
「どこへ行くんだ、グローム」
「聖堂にディルク様を助けに行く。それ以外にあるのかよ!?」
「今から行った所で無駄だと思うぞ」
激昂する今のグロームには、俺の冷静な態度が癇に障ったようで、凄まじい勢いで胸倉を掴んできた。
「……無駄だと? 無駄ってどういう意味だ。ディルク様が死んだって、そう言うのかッ!?」
「おいやめろ、グローム」
「落ち着けって」
レヴランとグレックスに腕を押さえられ、グロームも少しばかり冷静さを取り戻したようで、俺は話を続ける。
「考えてもみろ、奴らが都合の悪い証人をいつまでも生かしておくと思うか? 生きていたとしても既に五日が経過している。もうルーンベイルには居ないと考えるべきだ」
踏み込まれてディルクが発見されれば言い逃れができなくなる以上、すぐには見つからない場所へ身柄を移された可能性が大きい。
「ダスクの言う通りだ、グローム。それにビファスの証言と徽章だけでは、栄耀教会の仕業とは断定するには不充分だ。決定的な証拠が無い以上、強制捜査には踏み切れない」
栄耀教会は王室や評議会とは独立した組織であるため、王族や領主の権限が及ばないのを良いことに好き勝手に振る舞っていた。
加えて『邪神の息吹』で増え続けるアンデッドに対して特効を持つ聖水は、彼らが生産と流通を独占しているため、取り締まりを厳しくして関係が悪化しようものなら、聖水の供給量を大きく減らされるのは確実。
そうなれば今まで以上に過酷な戦いを強いられてしまうため、俺たちも教団の横暴に対して見て見ぬ振りをせざるを得ず、長く歯痒い想いをしてきた。
「じゃあどうしろって言うんですか!? ……まさか今まで通り黙認するなんて、そんな情けないことは言わないでしょうね?」
「無論、今度ばかりは只では済まさない。我々を侮辱した報いは必ず受けさせる」
部下を殺され、嫡男まで拉致されておきながら何の手も打たず腰も上げないようでは、将軍としても父親としても失格だ。
カルディス王弟の冷静だが凄まじい激情が燃え上がった表情に、自分に向けられたものではないと分かっていても、見ている俺たちは身震いを禁じ得なかった。
「お父様……栄耀教会は何故、ここまで手段を選ばず魔才持ちを集めているのでしょうか? 余程の事情があるとしか思えないのですが……」
ダイアの言う通り、最早単なる人材確保のためではなく、何か良からぬ企てのためにやっているとしか思えない。
「……実はな、それについて一つ心当たりがある」
「そうなのですか?」
「これは兄上──国王陛下から秘密にするように言われていたのだが……こうなってしまった以上、お前たちには話しておかなくてはなるまい」
そして、カルディス王弟の口から語られた秘密は、およそ俺たちには理解し難い内容だった。
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