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#55 天国と地獄 その2 (ダスク視点)

 【三百年前】



 あれは確か、満月が美しく輝く夜だったか。



「お前たちが悪名高いダスクとグロームか。随分と派手に暴れ回っていたそうだな」



 十五歳の時、とうとう俺たちは捕まった。



 その男は、夜道を一人で歩いていた。

 上等なマントを羽織り、腰には凝った作りの剣。

 洗練された歩き方と服装からして、名のある裕福な人物であることは(つちか)った勘と経験で分かった。



 相手は一人、こちらは二人。

 楽勝だと、良い獲物に巡り会えて幸運だと思った。



 しかし、結果は見事に返り討ち。



「つ、強ぇ……」

「何なんだよ、あんた……」



 気付いた時には剣を折られ、兄弟仲良く地面の上に転がっていた。

 手も足も出ないまま叩きのめされた俺たちを見下ろして、その男は余裕たっぷりの態度で言い放った。



「さて、お前たちには二つの道がある。一つは王国騎士団に突き出され、法の裁きを受ける道。これまでの悪事の数々を考えれば、どんな結末を迎えるかは想像できるな?」



 それまでに俺たちが手に掛けた人数は、記憶している限りでも三十を上回っていた。

 捕まったが最後、末路は串刺しか晒し首。



「そしてもう一つは、私の元でその才能を活かして働くかだ。どちらを選ぶかは自由だが……どうする?」



 即座に始末されるか、逮捕された後で処刑されるか。

 そのどちらかだと思っていた俺たちにとって、それは予想外の提案だった。



 カルディス・ジェルド・ウルヴァルゼ。

 彼との出会いによって、闇の只中にあった俺たちの運命は大きく変わることとなった。




 【現在】




「……よし」



 ずしりと重い床石を持ち上げた先は、再び暗闇。

 しかしヴァンパイアの眼なら、ほんの僅かな光でも様子が見えてしまう。



 どこかの倉庫――それもあまり使われていない場所のようで、鼻息で床上の埃がぶわっと舞った。

 既にここは皇宮の内部。

 ここから先は下見も事前調査もできなかったため、完全な手探りとなる。



「『忍び歩く盗人(シービング・マグパイ)』」



 発動中は足音や衣擦(きぬず)れ、呼吸、咳やくしゃみなど、術者の体とその周囲一メートル以内から発される全ての音を完全に消してしまう、風と闇属性の魔法。

 指を鳴らして音が消えていることを確認してから、体の汚れと汚水の臭いを念入りに落とし、倉庫の扉を開けた。



「『虚ろなる孤狼(ヴァーチャル・ウルフ)』」



 光を歪曲させて姿を消す闇属性魔法を使い、扉を開けて出る。

 姿を消したとは言え、扉が開いた瞬間を見られていないかどうかは賭けだったが、幸いにも辺りに人の気配は無かった。

 姿と音を消し、消臭も済んだ以上、そう簡単に見つかりはしない。



 次なる問題は、目当ての人物がどこに居るか分からない、ということだ。

 この時間であれば寝室で眠っているはずだが、それが皇宮のどこにあるのかが分からない。



「取り敢えず上を目指すか」



 暗く静まり返った廊下を進み、階段を上って行く。

 道中、見回りの騎士を何度か見かけたが、魔法のお陰で彼らはこちらに全く気付いていなかった。



忍び歩く盗人(シービング・マグパイ)』は自身の声まで消してしまうため、発動中は敵への尋問はできず、味方と連携を取る場合はハンドサインなど、音に寄らない手段を使わなくてはならない。

 しかし、今の俺は一人、後者の欠点は気にならない。



「はぁ……夜勤って面倒なんだよなぁ。眠くなるし……」

「そうか? まあいいじゃないか。確かに眠いが、人が少ないから気楽にやれる。日中だったらこんな風に堂々とお喋りなんてできないさ」

「夜なら、多少酒が入っててもバレないしな。へへへ……」



 三名の騎士が私語を垂れ流しながら、天井に張り付いた俺の真下を歩いて行く。

 やる気の無さが言動にはっきりと表れている。



「そう言えば聞いたか? 例の『聖女』様の話」

「知ってるよ。いよいよ瘴気の浄化活動が本格的に始まって、ちょっと前に遠征軍が出発したんだってな。本当に『邪神の息吹』を鎮められると思うか?」

「さあな。ただ、その『聖女』様に関連して、栄耀教会が色んな所に金をせびってるんだとよ。活動資金に加えて、『邪神の息吹』を鎮めて下さる御方をタダ働きさせるなんて言語道断、相応の謝礼を払うべき、ってな」

「あの連中ならそうくるだろうさ。二言目には金払え、金払えだもんな。どうせそうやって集めた金は、自分たちのポケットに入れちまうんだろうよ。俺の故郷でもそんな感じだった」



 職務中の騎士の私語にまで上ってくる辺り、やはり栄耀教会の評判はすこぶる悪いようだ。

 この分ではレヴィア皇后やオズガルドたちが懸念している通り、テルサによって『邪神の息吹』が鎮まったとしても、本当の意味で人々が救われるかについては、大いに疑問の余地ありと言わざるを得ない。



 天井から離れ、騎士たちの背後へ降り立つ。

 着地音が消えているため、彼らは気付けない。



「『寝坊の常習犯(スリーピィ・ヘッド)』」



 闇属性の催眠魔法を掛けて、夢の世界へ送り出す。



「な、何だ……!?」



 傷付けること無く、一瞬で相手を無力化できる便利な魔法なのだが、相手の魔力次第では効かない場合も多々ある。

 今の今まで隣で会話を続けていた同僚二人が突然倒れたことで、残った一人がたちまち狼狽(うろた)え出す。



「――動くな」



 叫び声を上げられないよう、背後から羽交い絞めにする。



「ぐぇ……や、やめろ……ッ、こ、殺さないでくれ……」



 侵入者に拘束された第一声が命乞いとは、騎士の風上にも置けない。

 もっとも、皇宮の警備中に同僚と無駄口を叩いている時点で、完全に失格なのだが。



「小声で答えろ。皇帝はどこに居る?」



 こちらの声が聞こえるよう、『忍び歩く盗人(シービング・マグパイ)』を一時解除して尋問する。



「し、知らない……」

「そうか。なら鶏を絞めるようにこの首を()し折って、残りの二人に訊くまでだ」



 と、軽い脅しを掛けた途端、



「ま、待て……へ、陛下の居室は……西棟の最上階、だ……」

「感謝する。良い夜を」



 圧迫を強めて絞め落とし、夢の世界へ旅立って貰った。



「この三百年の間に、騎士団は随分と衰えたようだな」



 皇宮の警備を担当しているからには能力を認められた者たちなのだとは思うが、はっきり言ってレベルが低過ぎる。

 人材の育成を(おろそ)かにしてきたためか、これまでの『邪神の息吹』への対応で優秀な者ほど危険な場所へ派遣されてしまったためか、或いはその両方か。



 今の俺には非常に有り難いことではあるのだが――何故だろうか、失望の念を覚えずにはいられなかった。

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