表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/127

#53 闇を以て闇を制す (カグヤ視点)

 スーッ、と息を大きく吸い、同時に念じる。



 異変はすぐに起きた。

 湯船の栓を抜いたかのように、渦を巻いて、暗黒の大気が私の元へと押し寄せる。



「な、何だ? 瘴気が物凄い勢いで、カグヤの元に集まって……!?」



 私の身に危険が迫っていると思ったのか、ジェフが止めようとしたが、



「待ちなさい、ジェフ。どうやらこれはカグヤが自らの意志で瘴気を集めているようです」

「瘴気を集める? どういうこと……!?」

「分かりません。少し様子を見ましょう」



 呼吸は何も鼻や口だけで行うものではなく、皮膚でも呼吸している。

 渦を巻いて押し寄せる瘴気を、私の全身が吸い取っていく。



 特級の魔導書(グリモワール)をダウンロードした時のように、強い感覚に襲われる。

 猛暑の中の運動で汗びっしょりになった後、冷たい水をゴクゴクと一気飲みするが如く、多少の苦しさはあるものの身の危険は全く感じず、むしろ心地良いとさえ思える。



 渇いていた体が満たされ、潤っていく。

 その感覚に合わせるように、空に立ち込めていた禍々しい色が薄れ、夜本来の色と景色が表れていく。



「瘴気が晴れていっているのか……? お婆ちゃん、カグヤは一体何をしてるんだ……!?」



 今目の前で起きていることに戸惑い、理解が追い付かない様子のジェフだったが、エレノアは驚きつつも私が為したことを把握したようだった。



「……初代『聖女』様は光の極大魔力『旭日』によって瘴気を『浄化』した──その歴史が先入観となってしまって、私たちはすっかり視野が狭くなっていたようですね」



 床に散らばった大量の砂鉄を効率良く掃除するには、どうすれば良いか。

 磁力の知識を持たない者では、(ほうき)で「掃く」か、風で「吹き飛ばす」という程度の方法しか思い浮かばず、磁石を使って「吸い集める」という発想は出て来ない。



 同じように、初代『聖女』が行った「浄化」という手段に囚われ過ぎていたため、エレノアもジェフも他の者も、瘴気を「吸収」して取り除く、という発想に思い至らなかったのだ。



 鉄と磁石の如く同じ性質の力──闇の属性同士だからこそ成し得る業。



「──瘴気の吸収、完了致しました」



 災いの元凶が消え去った後の夜空は澄み渡り、満月と星々の輝きがはっきりと窺えた。



 光の極大魔力は瘴気を『浄化』するが、闇の極大魔力は瘴気を『吸収』する。

 光を以て闇を祓うのではなく、闇を以て闇を従える。



「この地を汚染していた瘴気が……カグヤに吸い尽くされて、完全に消えてしまった……!」

「し、信じられません……」



 少しでも瘴気が減って魔力が回復すれば儲けもの、という程度の思い付きで始め、限界に差し掛かったら速やかに吸収を中止しようと思っていたのだが、まさかこの地の瘴気を根こそぎ吸い尽くしてしまえるとは夢にも思わなかった。



「あの……カグヤ、大丈夫ですか……?」



 恐る恐る、心配そうにエレノアが声を掛ける。



「はい、問題ありません」

「本当に? 体調はどうですか? 気分は悪くありませんか?」

「そういったものは感じません。魔力が(みなぎ)っているお陰でしょうか、むしろ気分は良いくらいです」



 摂取した大量の闇属性魔素(マナ)を変換したことで、減少していた私の魔力も完全回復どころか、この地へ来る前よりも更に満ちていた。

 瘴気を吸い尽くし、それによって得た魔力で変異魔物やアンデッドを元に戻していけば、今回のような魔力切れの心配も無くなる。



 元の世界で読んだ兵法書『孫子』にも、敵を討ち滅ぼしてしまうのではなく、取り込んで味方に転じてしまうことこそ理想的な勝ち方だと書かれていた。

 タロットカードの暗示が正位置と逆位置で大きく変わるように、瘴気に対する認識を「大いなる厄災の根源」から「莫大な魔力の補給源」へと逆転させてしまうのだ。



「まさか瘴気を吸収してしまうなんて……常識外れにも程があるよ」

「そうですね、私自身も驚いていますが、他にできる人は本当に居ないのでしょうか? 検証した例などは?」



 所詮は素人が閃いたその場の思い付き、賢明な先人が既に検証を済ませていると考えるのが自然だ。



「そうした試みが為された話は聞いています。瘴気も魔素(マナ)である以上、吸収して魔力に変換できるのではないかと、宮廷魔術団もこれまでに様々な実験を行ったそうです。そうして出された結論が、吸収と変換自体は可能でも、『邪神の息吹』を鎮める規模となると不可能、というものでした」

「ましてほんの数十秒で、これだけの広範囲に満ちていた瘴気を、微塵も残さず吸収してしまうなんて、普通じゃまず有り得ないよ。そんなことをすれば体が耐え切れず、確実に命を落とす訳だからね」



 大量の瘴気を吸い取るだけの魔力変換力と、それを蓄えるだけの魔力保有力を兼ね備え、かつ魔力が闇属性に完全特化していた私だからこそ、全てを吸い尽くして尚、こうして正常でいられる。



「……僕もまだ混乱して、今起きたことを完全には受け止め切れてないけど、でも一つだけ納得できたよ。どうしてテルサだけじゃなく、カグヤまでもが召喚されたのかってね」



 ジェフ以外の者も、そして当の本人である私自身も、それはずっと疑問に思っていた。



 私まで『招聖の儀』で召喚されたのは何故なのか。

 事情を知る者たちは皆、『聖女』テルサの双子だったために『儀式』が間違えて召喚してしまった、と思い込んで深く考えはしなかったが──



「『聖女』とは、『邪神の息吹』を鎮める力を持った乙女を指す呼称。その条件に合致する者が二人居た、という実にシンプルな理由だったのですね」

「テルサが『光の聖女』なら、カグヤは差し詰め『闇の聖女』と言った所かな」

「『闇の聖女』……」



 テルサに比べてネガティヴな響きではあるが、私にはそちらの方が相応しい。



「とにかく、今日のことは期待以上の結果だよ。今後も今みたいに瘴気を吸収していけば、国内の『邪神の息吹』は鎮まる」



 興奮と感動を隠し切れないジェフに比べて、エレノアは幾分冷静だ。



「ジェフ、結論を出すには尚早ですよ。一度だけでは偶然かも分かりませんし、カグヤの身に何らかの悪影響が無いとも限りません。今後はオズたちと共に検証を重ねていきましょう。ですが……」



 エレノアが夜空を見上げる。



「暗雲が晴れ、闇夜に月光が差し込むが如く、微かだった希望が明瞭になったことは確かでしょう」



 浄化と吸収という違いはあれど、私もまたテルサと同じく、瘴気を取り除いて『邪神の息吹』を鎮めることができる。



「そして、今後はより気を付けなくてはなりません。もしこのことが栄耀教会に知られれば、彼らは何が何でもカグヤの抹殺を図るでしょう。彼らの計画に於いて、テルサ以外に『聖女』が存在するなど、あってはならないことなのですから」



 栄耀教会が今まで以上に帝国社会で絶対的な存在感を示し、誰もその横暴に物申せずにいるのは、彼らが『邪神の息吹』を鎮められる唯一の人物である『聖女』テルサを抱えているためだ。

 しかし、テルサの力に(すが)らずとも『邪神の息吹』が鎮まると知れば、栄耀教会を快く思わない者たちは、引潮の如く彼らから離れていくのは間違い無い。



 私の立ち回り次第で、今後の世の流れは良くも悪くも変わっていくことだろう。



「そうだね。その辺りもお爺ちゃんたちと相談して──んん?」



 言いかけた所で、ジェフが何かに気付いたようだ。



「ちょっと待って。屋敷に居るサリーがセレナーデを通じて呼び掛けてきた」



 ジェフが額に手を当て、意識を集中させる。



「……何かあったのかい? 置き手紙……? ──えっ、何だって……!?」



 ジェフの顔色が驚愕に──それもあまり良くない色に変わる。

 途端に私の胸がざわめき出した。



「どうかしたのですか?」



 エレノアの問いに対して、苦い顔をしたジェフが、



「二人とも、すぐに屋敷に戻ろう。どうやらダスクが……皇宮に行ってしまったみたいだ」



 ここしばらく抱いていた予感が、現実のものとなってしまったようだ。

 急がなくてはなるまい。

毎度ご愛読ありがとうございます。お楽しみ頂けたのなら、評価や感想、ブックマーク、レビューして頂けると創作の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ