#52 欠乏と回復 (カグヤ視点)
「侮ルナヨ、小娘ガァ!! 貴様ノ息ノ根ヲ止メテ、ソノ溢レル魔力ヲ吸イ尽クシテクレルワァーッ!!」
怒り心頭に達したレイスが、ゴーストとスペクターたちの拘束を強引に振り払い、私へ向かって来た。
「ならばこちらは、あなたの時を止めさせて頂きます」
本日二度目の『自在なる時空の意志・静止する現世』。
如何なる者とて、この魔法から逃れる術は無し。
私の二メートル手前で、レイスはピタリと動きを止め、固定された世界は静まり返る。
「エレノア様、お願いします」
「この近距離で的が固定されていると、外す方が難しそうですね」
『宵月に誘われる宿命』と同じく、『自在なる時空の意志・静止する現世』もまた、私に触れていれば停止している間の出来事を認識し、行動が可能となる。
エレノアが魔法の構えに入るが、時間停止中は物の位置を動かすことはできても、傷を付けたり破壊することはできない。
例え山をも消し去る威力の魔法を叩き込んだとしても、静止中の物体は吹き飛びこそすれど、掠り傷一つとて負うことは無い。
故にこの魔法を用いて相手を倒そうとするならば、時が再始動した瞬間に命中するよう、攻撃のタイミングを計る必要がある。
「三、二、一──時は再び動き出す」
私のカウントダウンに合わせて、エレノアが魔法を放つ。
「『紫陽の閃光花』」
レイスには、何が起きたか全く分からなかったに違い無い。
私と自分の間に何の前触れも無く、突然エレノアが出現していて、上級アンデッドに対して致命的な効果を与える紫外線魔法を放っていたのだから。
「ンナアアアアアアアアアアアアッ!? イ、イツノ間ニィイイイイイイイイイ……ッ!?」
発動の予備動作や魔力の波動さえ感じ取れれば、目前で放たれても避ける自信があったのだろうが、既に射程内で照射されたものを回避することなど誰ができようか。
「バ、馬鹿、ナアアァ……ッ」
真正面から紫外線に晒されたレイスは、呆気無く雲散霧消してしまった。
「どうか安らかにお眠り下さい」
嫌味ではなく、本心からの礼を述べた。
『宵月に誘われる宿命』に囚われたアンデッドたちも、私の力で死体に戻して無力化が完了。
ひとまず、今襲い掛かって来るアンデッドはこれで全て討伐できたようだ。
「ふぅ……」
ようやく敵が居なくなったことで気が緩み、深々と息を吐き出した。
「お疲れのようだね。まあ無理も無いか。いくら君でも、あんなとんでもない魔法を何度も使えば、魔力が乏しくなるだろうからね」
マラソンを終えた後の疲れとはまた違う、喉の渇きにも似た脱力感があった。
「それにしても、時間や重力を操る魔法ですか……。あれならばアンデッド以外の相手、変異魔物や聖騎士団相手にも対抗できそうですね」
「そうですが、しかしやはり戦いは好きではありません。魔力で上回っているとしても、やはり恐怖はありますから……」
人間が、生物として遥かに劣る蜂や蛇、クモなどの有毒生物を怖がるのと同じだ。
自分の方が明らかに格上と分かっていても、対応を間違えれば致命的な痛手を被りかねないため、戦いは極力避けるのが望ましい。
それに私は、自分が傷付くのも勿論怖いが、他人を傷付けてしまうのも同じくらいに怖い。
既に四人もの命を奪ってしまったのだから、これ以上誰かの運命を破滅へと向かわせたくはない。
「ダウンロードできた魔法は他にもあるんだよね?」
「はい。いずれも絶大な魔法なのですが、『邪神の息吹』に対抗できるかと言われれば、残念ながら疑問を抱かざるを得ません」
それらとて、今見せた『宵月に誘われる宿命』や『静止する現世』のように、変異魔物やアンデッドへの対抗手段としては充分な効果がある。
「やはり、テルサの『旭日』とは属性が決定的に違うせいでしょうね」
『邪神の息吹』の原因である瘴気に対しては、闇属性魔力が干渉できる『時間』『空間』『重力』『記憶』『精神』『感覚』『霊魂』をどう操ろうが、浄化は勿論、抑制することもできないようだ。
闇を祓えるのは光のみ。
極大魔力であろうとそれは覆せない。
「カグヤも大魔法を連発して疲れたようだし、僕も色々と考えたいこともあるから、今日は一旦帰った方がいいんじゃないかな?」
「そうしましょう。カグヤ、また空間転移をお願いできますか?」
「はい……そうしたいのですが、魔力を消耗し過ぎたようで、転移に必要な魔力が残っていません。しばらく回復させて下さい」
どんなものにも限りはあり、私の闇の極大魔力と言えども例外ではない。
魔力は魔素から生み出される生命エネルギーであるため、減った魔力を回復するには魔素を摂取するしか無い。
魔素は大気中にある物質で、酸素と同じく呼吸によって摂取される。
体内に摂取された魔素は魔力に変換され、血液を通じて全身の隅々に運ばれる、という点も酸素と同じだ。
ヴァンパイアが血液を求めるのは、栄養分よりも血中に含まれる魔力を摂取するためだ。
「魔力回復魔導薬です。これで少しは回復が早まるでしょう」
「ありがとうございます」
ジェフが「百万」と評した闇の極大魔力だが、容量が極めて大きいということは、溜まるまでに掛かる時間も増すということに他ならない。
エレノアから渡されて飲んだ『魔力回復魔導薬』は『魔力変換力』──周囲の魔素を我が身に集め、摂取した魔素から魔力を生み出す機能を一時的に高める魔導薬。
魔法の才能は『魔力変換力』『魔力保有力』『魔力放出力』の三要素からなり、オズガルドやエレノアの分析によれば、私はそのいずれにも並外れて優れているそうだが、魔力回復魔導薬を服用しても、私の場合はそこまで大きく変わるものではない。
夜が明けるまでには回復するだろうが、瘴気が満ちるこの地に長く留まっていると、またアンデッドの群れに襲われ、せっかく回復した魔力をその対処に使ってしまう、ということになりかねない。
「もっと効率良く魔力を回復する方法は……」
リラックスした姿勢や精神状態を保っていれば、回復が多少早まるとも教わったため、適当な木陰でも無いかと辺りを見回す。
そして視界に入ったのが、アンデッドたちがやって来た方角、そこに満ちるどす黒い瘴気。
「瘴気……」
その時──今日までにエレノアから教わったことが、泡のように音を立てて湧き上がって来た。
魔法の才能を構成する要素の一つ『魔力変換力』とは、周囲の魔素を摂取し、摂取した魔素から魔力を生み出す力を指す。
これが優れているほど周囲にある魔素を集められ、それを元に生み出せる魔力の量も増す。
魔力には個人ごとに属性傾向があり、例えば火属性に偏った魔力を持つ者であれば、火属性の魔素を摂取した方が変換効率は上がる。
そして私の魔力は闇属性に完全特化しており、瘴気とは高濃度の闇属性魔素。
バラバラだったジグソーパズルのピースが面白いように次々に嵌まっていくことで、一枚の絵図が浮かび上がるが如く、知識と知識が結び付いて、私の頭の中に一つの「可能性」が誕生した。
「も、もしかして……」
確証は無い。
しかし、試してみる価値はあるはず、と思った。
誘われるように、足がそちらへ進んで行く。
まさか、と自分でも思うが、まさかと思いながらも実際にやってみたらできてしまった、ということが、この世界に来てからは何度もある。
今回も同じようにできてしまったら──全ては逆転する。
「ちょっとカグヤ、どこに行ってるんだ? そっちは瘴気が満ちている。またアンデッドが襲って来るかも知れない。危険だよ……!」
瘴気の只中へ歩いて行く私を見て、ダスクが当然の制止を掛ける。
「大丈夫です。少しだけ、試してみたいことがあるのです」
瘴気が漂わせる感覚を、実際に体験した人々は「濃く、ザラザラとして、息が詰まりそうな感覚」と表現していた。
近付いたことで私もまたそうした感覚に襲われるも、何故だろうか、言うほどの不快感は覚えない。
だとするとやはり、私の仮説は当たっているのだろうか。
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