#51 昏き月の重力 (カグヤ視点)
「他にはどんな魔法がありましたか? また新たなアンデッドが来たようなので、是非試して貰いたいのですが」
有り難いことに、ゾロゾロ、ウジャウジャと亡者の群れが押し寄せて来た。
と言っても、先程のグールほど強いアンデッドではなく、ヒューマン、ハウンド、ゴブリンなどの各種ゾンビが多くを占める下級アンデッドばかりだが、その数は軽く五十は超えているものと思われる。
ならば、使うべきは『自在なる時空の意志』ではない。
「お二人とも、私に触れて下さい──『宵月に誘われる宿命』」
二人が私の体に接触したのを確認してから、掌から直径五メートルはある暗黒の球体を空へ向けて発射する。
一見すると、以前ダスクやレンポッサ卿が使った火と闇の魔法『獄炎の飛球』に似ているが、魔力の相性のせいで攻撃魔法だけは一切修得できない。
したがって、今放ったあの暗黒球自体に殺傷力は一切無い。
暗黒球は空中にてピタリ静止。
「何だあれ……?」
ジェフが首を傾げるが、変化が起こるのはこれからだ。
次の瞬間、私を狙って殺到していたアンデッドたちが、ふわり、と綿埃の如く浮き上がったのだ。
池で溺れるネズミのように、アンデッドたちは手足をジタバタとさせてもがくものの、一体残らず宙の暗黒球へ飛んで行ってしまう。
そのまま暗黒球に衝突、何体かが奇妙な悲鳴を上げ、中には頭が潰れてそのまま活動を停止してしまった者も居た。
「これは……磁石にくっつく砂鉄みたいに、アンデッドがあの黒い球に吸い寄せられていく……!?」
「この世の全ての物体には『重力』があります。私たちが住むこの地球は勿論、月や太陽といった天体、林檎一個にも重力は働いており、物体の質量が大きいほどそれは強くなります。『宵月に誘われる宿命』は、言わば小型の『月』を作り出し、その重力を以て周囲の物体を集める魔法なのです」
「ではつまり、今はあの暗黒の球体が、この一帯の重力の中心。アンデッドたちは吸い寄せられているのではなく、あれに向かって『落ちて』いるという訳ですか……!」
上下の概念は重力の向きを基準に生まれたものであるため、無重力の宇宙空間では上も下も無い。
エレノアの言う通り、効果を受けたアンデッドたちにとっては、『宵月に誘われる宿命』が浮かぶ地点が「下」になっているのだ。
「術者である私と、私に触れている者は重力の影響を受けません。お二人とも、絶対に私から手を離さないように」
重力に引き寄せられて、土や樹木、石なども空の方へ「落ちて」いき、落下した衝撃や、他のアンデッドや落下物の激突の衝撃、或いはその圧力でダメージを受けた者も居るようだ。
「凄いけど……ちょっとまずいかな。『宵月に誘われる宿命』の魔力の波動を感知したからか、またウジャウジャとアンデッドがやって来たよ」
瘴気が溢れる地だけあって、アンデッドの数も半端ではなく、更にはその質もかなり強い。
「しかも、あれはヤバイね。ワイバーン・ゾンビとドラゴン・ゾンビか……」
バッサバッサと不気味な羽ばたき音を響かせて、夜空に出現した巨大な影が二つ。
月光を浴びて、そのおぞましい姿が浮かび上がる。
「ワイバーンとドラゴン……あれが……」
どちらも、数ある魔物の種類の中でも最強格と聞いている。
以前相対したドレイク・ゾンビよりも強力だが、最大の違いは、ワイバーンもドラゴンもアンデッド化しても翼を使って飛行が可能、という点にある。
狂暴かつ不死身の巨大生物が上空から襲い来る──地上の人類にとって、これがどれほど恐ろしいことかは考えるまでも無い。
「普通ならここで逃げるのが正解でしょう。しかし今は問題にはなりません。そうですね、カグヤ?」
先程のグールもそうだったが、如何に強力と言えど、中級以下のアンデッドであれば闇の極大魔力で簡単に支配してしまえるのだから。
「はい。むしろ、警戒すべきはあちらの方でしょう」
更に登場したのは、レンポッサ卿と同じレイスと、後は杖のような物を手にした白骨のアンデッド。
「あれは……スケルトンじゃなくリッチかな?」
「そのようですね。隣のレイスと共に、このアンデッドたちを使役している個体かも知れません」
ヴァンパイアやレイスと同じく、上級アンデッドに分類されるリッチ。
見た目がスケルトンと大差無いため、勘違いして侮って挑んだ結果、その知性と魔力にしてやられて返り討ちに遭う者も少なくないそうだ。
「ギギギ、こんな所に人間が三人。どれ、有り難く魔力を貰うとしよう。ギギギ……」
「イイヤ、奴ラヲ喰ウノハコノ俺ダ」
リッチとレイスが何やら言い合っている。
アンデッドを死体に戻す力は、対象となる数や効果範囲に応じた時間と集中を要するため、咄嗟に使うことはできない。
「今度は、先程よりも強力な『宵月に誘われる宿命』で、全てのアンデッドを一所に集めてしまいます。お二人とも、絶対に私から手を離さないで下さい」
敵から眼を離さず、体内の魔力を練り上げる。
「行け、我が眷属! そこの餌共を取り押さえよォーッ!!」
リッチの号令で、アンデッド達が怒涛の勢いで殺到する。
「『宵月に誘われる宿命』」
焦らず、先程の数倍の大きさの『宵月に誘われる宿命』を高々と打ち上げる。
「のああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
たちまち、リッチを始めとしたアンデッドの群れが、その重力に捕まって「落ちて」いく。
「な、何だこれは……こんな魔法、聞いたことが無いぞ……ッ!?」
暗黒球にへばり付き、身動きが取れなくなったリッチに向かって、ドラゴン・ゾンビが向かう。
「げえええええええええええええええええええええええええッ!? ワ、ワイバーン・ゾンビがッ!? こっちに来るんじゃなあああああああああああ──ウゲッ!?」
その叫びが終わらない内に、遅れて「落ちて」きたワイバーン・ゾンビの巨体が高速で激突。
衝撃と重量の前に、リッチの骨身がメキリと嫌な音を立てたが、見た目に寄らず耐久力は高いようだ。
「こ、この程度、我が魔法で吹き飛ばして──」
と、魔法でワイバーン・ゾンビを吹き飛ばして脱出を試みるリッチだったが、そこへ更に急降下してくる巨影。
「ぎえええええええええええええええええええええええええッ!? こ、今度はドラゴン・ゾンビ!? やめろ、来るんじゃなあああああああああああ──ブガッ!?」
ワイバーン・ゾンビよりも更に巨大なドラゴン・ゾンビが衝突、再びの衝撃には流石に耐え切れず、リッチの全身はバラバラに砕け散ってちまった。
上級アンデッドにしては、随分と呆気無い最期である。
「凄い光景だね……」
その後も周囲のアンデッドが次々に『宵月に誘われる宿命』の餌食となって、上空へ追い遣られて無力化されていく。
虫の大群の如きアンデッドたちが、私の魔法一つの前に手も足も出ない。
「成程、コレハ『重力』ノ魔法カ……。シカシ残念ダッタナ。霊体アンデッド、ハ、重力ノ影響ヲ受ケナイ」
レイスの言う通りだが、そんなことは私とて最初から承知している。
「その通りです。しかし私は中級以下のアンデッドを支配することもできます。ゴーストもスペクターも、私の敵には成り得ません」
アンデッド支配と『宵月に誘われる宿命』、どちらからも逃れられるのはレイスのみ。
「そして『不浄なる魂へ響く魔声』を以て、全てのゴーストとスペクターに命じます。そのレイスを拘束しなさい」
命令を受けたゴーストとスペクターたちがレイスに殺到、取り押さえてその動きを封じる。
「コ、コレハ……!」
「物理的な手段では霊体アンデッドに接触できませんが、霊体同士であれば相互に接触が可能──そうですね?」
知性が無いからこそ中級以下のアンデッドを使役できる反面、人間のように高度で複雑な行動や判断をさせることは不可能なのだが、標的を取り押さえさせる程度なら問題無い。
毒を以て毒を制す、アンデッドを以てアンデッドを制す。
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