#37 不死者の妄執 その1 (カグヤ視点)
「おや、また何か来たようだ」
気配に気付いたオズガルドが、森の方へ視線を向ける。
戦闘の音や血の匂いに惹かれて魔物が来たのかと思って見ると、
「うっ……あ、あれは、何ですか……?」
地下水路のものとは比較にならない、強烈な悪臭に鼻孔を刺激され、思わず顔を顰める。
這い寄って来たのは、電車やバスと見紛うほどの巨大トカゲ──恐らくは、図鑑に載っていた『ドレイク』という種類の魔物だろう。
しかし、随所に内臓や白骨が露出した箇所が見られるほど、グロテスクなまでに腐敗して蝿と蛆の住処となっていることから、単なるドレイクではないことは明らかだ。
「ドレイク・ゾンビか……。そして他にも居るな」
周囲には、人間のゾンビが十五体、そして首元がエリマキトカゲのように発達した、全身がブルーベリーのような青紫色に染まった人型のゾンビが一体。
「ヒューマン・ゾンビが十五体と、バンシーが一体、そしてあれは……まさか……」
「何と、こんな所に現れるとは……」
ダスクとオズガルドが警戒の眼差しを向けるのは、アンデッドたちの頭上を揺蕩う存在。
煙霧が寄り集まって出来たような、二メートルはある巨大な髑髏。
眼窩に灯った鬼火が、カメレオンの眼球の如く左右別々に動いており、同じくらいのサイズの骨の両手が誘うように指を動かしていた。
「旨ソウナ、匂イガスル。豊富デ、濃厚デ、上質ナ、魔力ノ匂イガ、プンプン、ト、漂ッテ来ル……」
真っ暗な洞窟の奥から響くような、寒気を感じさせる声。
「あれは、一体何なのですか……?」
「『レイス』だ。俺と同じ上級アンデッドに分類される」
アンデッドは種類に応じて『下級』『中級』『上級』の三階級に区分されている。
下級に分類されているのは『ゾンビ』『マミー』『スケルトン』『ゴースト』など、最も多く見られるアンデッド。
いずれも知能は低く犬猫以下で、ただ本能のまま生者へ襲い掛かって肉や魔力を喰らうため、数に圧倒されなければ比較的容易に対処できる。
人間以外の生物がアンデッド化すると、必ず下級のいずれかになり、中級以上のアンデッドになるのは人間の死体のみとなっている。
中級アンデッドは『バンシー』『デュラハン』『アースバウンド』『グール』『スペクター』で、下級に比べて知能が高い上に再生能力も持ち、性質や能力も特殊で手強い。
そして上級アンデッドは『ヴァンパイア』『リッチ』『レイス』で、ダスクを見れば分かるように、いずれも人間だった頃の知能や記憶を保持しており会話も可能、戦闘力や再生能力も中級を大きく上回る。
「あれがレイス……」
「『ゴースト』や『スペクター』と同じ霊体アンデッドだ。実体を持たないが故に物理的な攻撃は一切通用せず、壁や地面、盾や鎧なども擦り抜けて生物に襲い掛かり、魔力を吸い尽くして死に至らしめる」
そんな単体でも危険な怪物が、他のアンデッドと共に出現した。
「確か以前、闇属性の魔力は精神や霊魂に干渉するとジェフさんが仰っていましたが……」
「その通り。上級アンデッドの中には、ああやって中級以下のアンデッドの精神や霊魂を支配、意のままに使役する個体も居る」
俺にはできないがな、とダスクが自嘲気味に付け加えた。
「ムムムッ? モシヤ貴殿ハ、宮廷魔術団ノ、フェンデリン総帥、カ?」
オズガルドに双眸を合わせたレイスが、意外にもオズガルドの名を口にした。
「何だこいつ、あんたの知り合いか?」
「はて、アンデッドの知人は君だけだが……何者かな?」
霊体の髑髏に生前の面影などあるはずが無い。
「ブレゴ・レンポッサ。生前ハ、準男爵ニ叙セラレテイタ。貴殿トハ一度対面シタコトガアルノダガ……」
「レンポッサ準男爵……申し訳無いが憶えていない」
「デショウ、ナ。帝都デ悠々ト暮ラス者ガ、遠イ田舎ノ小領主ノコトナド、記憶ニ留メテイル訳ガ無イ」
オズガルドの正直な回答に、レンポッサ卿が自虐混じりの嫌味を吐き捨てた。
「レンポッサ卿、遠い地の領主だったというあなたが、どうしてこの帝都の近くに居るのですか?」
嫌な予感がしたのでそう質問すると、良くぞ訊いてくれたとばかりに髑髏の口が歪み、
「復讐、ダ。我ガ一族ヲ見捨テシ、コノ、ウルヴァルゼ帝国ヘノ、ナ」
憎悪を滾らせた声音で、レイスは堂々と答えた。
「復讐……」
ダスクの口から小さな呟きが漏れた。
「マズハ貴様ラヲ、ディナー、ニ、サセテ貰ウ」
生前の知能や記憶を留めている点はダスクと同じだが、彼と決定的に違うのは、人間を只の食料としか見做していない点だ。
「ムムッ? 今気付イタガ、コノ旨ソウナ魔力ノ匂イ……テッキリ、フェンデリン総帥ノモノカト思ッタガ、ドウヤラ、ソコノ女ノモノ、ダッタヨウダ」
「え……っ?」
鬼火の眼差しが私へ移る。
「こいつら、カグヤに引き寄せられて来たのか?」
「霊体アンデッドは魔力を吸収して糧にする性質上、魔力感知力が非常に高い。同じく闇属性に特化した魔力は、彼らにとっては最高のご馳走という訳だ」
太陽や月のように、強過ぎる力はその意志が無くとも周囲に影響を及ぼし、望まぬものまで引き寄せてしまう。
「貴様ノ魔力ヲ吸イ取レバ、更ナル力ガ手ニ入ル! 我ガ復讐ノ助ケトナロウ!」
レンポッサ卿と支配下のアンデッドたちが、歓喜の叫びを上げ、夜の大気を震わせる。
「ど、どうしましょう。逃げますか……?」
転移してしまえば、レイスと言えど追っては来れまい。
「その必要は無い。そうだね、ダスク?」
「ああ。さっきのヘルハウンド共じゃ物足りなかった所だ。こいつらにも相手になって貰うとしよう」
二人はやる気満々だ。
臆した風も無く進み出たダスクを見て、レンポッサ卿が鬱陶しそうに眼窩を細めた。
「貴様モ、アンデッド、ノヨウダナ……。アンデッド同士デ争ウハ無益、去ルノデアレバ追ワヌ」
「意外と優しいじゃないか。しかしお前と違って、俺は優しくない男でな。出会ったからには逃がす気は無い」
一足飛びに斬り掛かるも、
「霊体デアル私ニ、斬撃ハ無意味」
ダスクが振るった剣は命中したものの、スカッ、とレンポッサ卿の霊体を通り抜け、傍目にも手応えがあったようには見えなかった。
「今の斬撃、魔法を伴っていたように見えましたが……」
黒いオーラが剣に纏わり付き、魔力の波動も感じられた。
「ああ、確かに多少はダメージがあったようだ。しかしレイスは上級アンデッド、多少のダメージなどものの数秒で回復してしまう」
オズガルドの見立て通り、レンポッサ卿に痛みを感じた様子は無く、挙動にも全く変化は見られない。
「『獄炎の飛球』」
レイスの口が開き、そこから黒紫の火球が吐き出された。
「おっと」
実体を持たないが故に物理攻撃が効かないということは、自分自身も物理的な攻撃手段を持たないということ。
魔法が来ることを読んでいたダスクはヒラリと容易く躱し、必殺の火球は地面に着弾、盛大に爆発した。
ヴァンパイアとレイス、上級アンデッド同士の戦いは、互いに決め手が無いように思われるが──
「レイスのような霊体アンデッドには物理攻撃が通用しない──確かにそれは正しい。だがな、魔力を伴わない純粋な物理攻撃でも倒す方法はある」
「そうなのですか?」
私の問いに、隣のオズガルドが代わって答える。
「霊体アンデッドの弱点は本体──つまり『死体』だ。死体から遠ざかるほど霊体の力は低下する。ダスクの今の斬撃は奴を傷付けるためではなく、反撃を誘うことで、その威力から奴と死体との距離を推測するためのものだった。そして今の『獄炎の飛球』の強さからして、奴の死体はかなり近くにあると見た」
「そして死体へのダメージはそのまま霊体へのダメージとなる。死体の首を斬り落としたり、頭を粉々にしてやれば、霊体のこいつも同じように傷付いて消滅するという訳だ」
不死身のアンデッドと言えど、頭部を失えばジ・エンド。
死体は動かないから、魔法が使えない素人でも簡単に傷を負わせられる。
「カグヤの魔力に惹かれてここまでやって来たということは、死体も一緒に運んで来たということ。ズバリ、死体の隠し場所は、そのドレイク・ゾンビの体内だな」
「ヌ……ッ」
図星を突かれたレンポッサ卿が呻く。
たった一度の攻防で死体の在り処を看破してしまうその戦術眼に、私も舌を巻かずにはいられなかった。
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