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#31 明けない闇夜 その2 (カグヤ視点)

 誰もがいつかは眠りから醒めて、ベッドから起き上がるように。

 サンタクロースなど文字通り真っ赤な嘘と気付いて大人へ一歩近付くように、成長すればいつかは気付く。



 私も両親と教団の言うことが正しいと、この世の真理なのだと信じていた。



 夢が醒めたのは、小学二年生の頃。

 きっかけは、家にあった壺を誤って割ってしまったことだった。

 その壺は両親が教団から三百万円で購入した物で、神聖な力が宿っているため、置いておくだけでその家には幸福が訪れるのだという。



 当然、両親は怒った。



「何てことをしてくれたんだ! 神からの授かり物を壊すなんて、恐ろしい『天罰』が下るぞ!」



 叩かれた尻は真っ赤に腫れ上がり、しばらく痛みが残ったが、それ以上に私の頭には疑問が残った。



 壺を割ったことで尻を叩かれたのは確かに私への罰だったが、それは父が私に与えた『体罰』であり、神様からの『天罰』とは違うのではないか、と。



 結局その日は何も起きず、翌日になっても、その次の日になっても変化は無かったため、両親が神様に必死に祈りを捧げ、謝ったから罰は下らなかったのかも、と一旦は結論付けたものの、やはり納得がいかなかった。



 依然として頭を支配する疑問を解消するために、私は確かめてみることにした。

 本当に天罰は下るのかと。



 実験に使ったのは、母が教団から百万円で買ったという、幸福を呼び込む小皿。

 家の食器棚に置かれていても大して違和感の無いそれを、箪笥(たんす)の奥に仕舞われていた高級そうな小箱を開けて、こっそり持ち出した。



 昼休みの時間、校舎裏でそれを力一杯地面に叩き付けると、パーンという安っぽい音と共に砕け散り、破片は燃えないゴミの箱に捨てた。

 今度こそ神様が天罰を下すのか、それは一体どんなものなのだろうと、期待と不安で心臓がドキドキと高鳴った。



 しかし前回同様、結局その日は何も起きず、翌日になっても、その次の日になっても特に変化は無かった。

 空から雷や隕石が降って来たり、大地がガッポリと口を開けたり、大雨や台風に見舞われるということも無ければ、重い病気や悪夢にも(さいな)まれず、信号無視したトラックに轢かれるということも無かった。



 父も母も妹も、小皿が無くなったことにすら気付いておらず、したがって私への体罰も無かった。



 何も降り掛かってこない──この事実に私は悟った。

 神様なんて本当は居ないのだ、と。



 クラスメイトたちがサンタクロースを大真面目に信じているように、家族も他の信者たちも、居もしない神を信じているのだと。



 まるで雨が止んで雲が晴れた後、青空と虹が同時に見えた時のような、最高に晴れ晴れとした気分だった。



 その日早速、私は両親にありのままの事実を打ち明けた。



「あのね、神さまなんていないんだよ。お皿をわってもぜんぜん何もおきなかったもの。みんなだまされてるんだよ」



 家族を救いたかった。

 愚かな夢から()めて貰いたかった。

 そうすれば、こんな違和感と閉塞感に満ちた貧苦は終わり、皆で幸せになれるはずだと思った。



 しかし──



「お前は……お前は神を侮辱するのかッ! そんなことをしたら『天国』に行けなくなってしまうじゃないか、この大馬鹿者がッ!」

「何て愚かなことを……輝夜(カグヤ)、あなた自分が何をしたか分かっているの? 神を冒涜するなんて、そんな子に育てた覚えは無いわ!」



 小皿を勝手に持ち出して割ったことよりも、私が神を否定したことをこそ、両親は問題視していた。



 壺を割った時とは比べ物にならない剣幕で父に怒られ、小さな体を、大人の本気の拳が何度も打ちのめした。

 死を身近に感じたのは、あれが初めてだった。



 母は暴力こそ振るわなかったが、それから三日間は家での食事を抜かれ、学校の給食だけで飢えを凌ぐ羽目となった。

 私の懸命な訴えは、二人の心には全く届かなかった。



 家族の目を醒まさせることはできず、体罰への恐怖から表面的には反省した風を見せたが、私が得た確信は確かに胸の奥で息衝いていた。



 神など居ない。

 神は死んだのだ。

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