狭間
『あの事件から二年、今も本土では復旧活動が行われているものの復旧の目処が立ちません』
テレビから朝のニュースが流れているのを横目に目玉焼きとサラダを急いで口に詰め込む。アラームはちゃんと掛けた筈なのに!実技がダメダメだから素行や勉強くらいはしっかりしないと。寝起きでボサボサの黒髪をのんびり直す時間は当然無い。
「ミッチー起こしてよ〜。このままじゃ遅刻しちゃうよ〜」
「遅刻したっていいじゃん。アタシなんていっつも遅刻よ、アッハッハ」
向かいの席で豪快に笑っている彼女はルームメイトの三千壁真矢。先生に何度怒られたか分からないくらいの遅刻常習犯だ。キマってるつけまつげと派手なつけ爪に金髪ウェーブと、私とは正反対の奇抜な見た目をしたギャルがルームメイトだと知った時は上手くやっていけるか心配だったけど、今はかなり仲良くやってる…と思う。
「じゃあ行くね。ミッチー鍵閉めといて!お願い!」
「りょ~かい。いってら〜」
靴を履きドアノブに手をかけると背後から声をかけられる。
「あ、アラーム切ったのアタシだから」
「後が楽しみだね」
「ゴメンて。プッ…アッハッハ」
…前言撤回、帰ったらシバく。絶対にシバく。
真矢はさっきまでの私の慌てている様子を思い出して吹き出していた。本当に何が可笑しくて毎回悪戯してくるんだろう。今すぐにでも頭を叩いてやりたい気持ちをグッと飲み込んでダッシュで部屋を出る。
女子寮から学園に着くまでは最低でも十五分は掛かる。携帯を取り出し現在の時刻を確認する。七時四十五分か、朝のHRが八時だから本当にギリギリだな…。
走りながら学園に入るきっかけになった『あの日の邂逅』を思い出す。私がこの学園に入った理由はある『憧憬』を追っての事だ。
─それは何よりも美しかった。
剣神に捧げ乞うような剣舞は私の目を釘付けにした。
─それは誰よりも綺麗だった。
青黄玉のような澄んだ蒼眼は私の魂を支配した。
─それは何処よりも輝いていた。
一等星のような絶対的な存在感は私の細胞を震わせた。
─どれだけの時間、『彼』を見ていたのだろう。気付けば『彼』は消え、私を喰い殺そうとしていた深淵の魔獣は悉く斃されていた。永遠とまで思えた夢の時間は唐突に終わりを告げ、夢の終わりと共に私は意識を失った。
─故に私は『彼』に会わなければならない。生きる理由をくれた『彼』に、希望を示してくれた『彼』に『全てを尽くす為』会わなければならない。
─『あの日の邂逅』が私の全てを狂わせた。『あの芸術をもう一度観てみたい』、そんな刹那的な衝動に身を任せて、海を越え、幹陵学園まで来てしまった。
『この世の終わり』とまで称された地獄の業火の中、モノクロームな私の人生に『色』を付けたのは貴方なんですよ。
「責任、取ってくださいね」
─私、神原綾華は今日も憧憬に恋焦がれる。
◇
愛知県の南海に位置する巨大人工浮島、封雪島。俺はその人工浮島にある幹陵学園に通っている。
幹陵学園─封雪島を作った一番の目的であり、『国内最大の敷地面積を誇る魔術師育成の学園』らしい。らしいと言っているのは正直此処についてよく分かっていないからだ。
これは完全に言い訳でしかないが、『あの事件』から入学に至るまでの二年間、小中学校分の勉強に殆どの時間を割いていたのもあって、他の事に全く着手しないまま入学してしまったという背景がある。
…いざという時に己の無知が足を引っ張る気がするし、そろそろこの島や学園について調べておいた方が良さそうだな。
─琥珀色の瞳と紅赤色の髪が特徴的な少女、亜莉紗・クレストラインと天気は晴れよりも雨派、謎の解説役こと俺、白錠煉は現在喫茶クスノキでマスター自慢の一杯をご馳走になっている。
「そういえばこの前の体力テストどうだった?」
「うーん、持久走以外は全部平均くらいだったかなぁ」
「あなたねぇ…持久走以外も真面目にやりなさいよ。ちなみに私は女子の学年トップだったわ」
魔術師の学園と言えば、『身体能力は然程求められないのでは?』と勘違いされがちだが、実際は卓越した戦闘技術や膨大な魔力量よりも身体能力の高さを重視される事が多い。『魔力量や戦闘技術は無論大切だ。しかし、最低限の身体能力も無い人間は盤上の駒にすらなれない』とはまさしく至言だ。
「これはアレか?自慢したくてたまらないから体力テストの話題を出した感じ?…ン〜!スゴイッ!スゴスギィ!オレニハデキナイヨ〜ソンナコト」
「…この一週間であなたが私を相当舐めているのが分かったわ」
「え?褒めてほしかったんじゃないの?」
「アレを褒めている扱いになる国は紀元前でも存在しないから」
「じゃあ今から建国すればいいか」
「あなたが言うと冗談に思えないから、それ」
「どう考えても冗談だろ」
学園で席が近いのもあって最近は亜莉紗ともよく話すようになった。
一時期はストーカー行為をしていた彼女だが、クラスでの立ち振る舞いを見る限り、そこまで悪い奴には思えなかったのだ。…まあ本当のところは俺にも分からんけど。そんなこんなで、今は知り合い以上友達未満みたいな関係になっている。
そういえば、ストーキングされなくなったのって確かホムンクルス誘拐未遂事件の後からだよな。
あの事件から一週間か…あれから変わった動きも無く平穏な毎日が続いている。だけど『絶対にいつか仕掛けてくる』、そんな確信だけはある。
暫く閑談し、互いに一杯を飲み終わる頃には、壁に掛けてある年季が入った振り子時計の時針が五時を指していた。
◇
店を出ると、夕刻の程よい気温と心地良い風が自分の体を通り抜けていく。昼時のジワジワした暑さとジメッとした湿気は完全に消失しており、一般的な過ごしやすい春の気候へと変わっていた。
「─ていうかなんであの時、ストーキングしてたんだ?」
唐突に敢えて触れて来なかった話題に触れる事で会話の主導権を握る事にした。丁度周りに人もいないし油断しきっている今が好機だろう。『周りに人がいるのにその話する?』とはぐらかされる訳にはいかないからな、『やるなら徹底的に』だ。
「な、な、何の事?何か、その、証拠でもある訳?」
不意の質問に対して、亜莉紗は動揺を隠しきれない様子であたふたと白を切る。
「そういうのいいから、早く教えてくれ」
「うっ…分かった…。話すわよ。話せばいいんでしょ」
観念した彼女は帰路に歩を進めながらポツポツと語り始めた。
─歩き続けているとやがて女子寮と男子寮の間にある噴水広場が見えてきた。色とりどりの花が咲いた洒落た花壇に『くぐると恋が叶う』と言われている装飾のない質素なアーチが俺達を出迎える。
普段はそこら中でカップルがイチャついてる時間帯なのだが、今日は俺と亜莉紗以外いないみたいだな。
…他の奴に変な勘違いをされないで済みそうだ。
◇
「─要約すると魔術を学びに日本に来たら、地元の有名人に会ったから気になってストーカーしてたって事か」
「随分と端折ったわね。『救国の英雄』がどんな人物か気になったってだけよ」
「ファンサはしないぞ」
汚れ仕事である以上、どれだけファンにチヤホヤされようがその思いに応える事は出来ない。本当にすまない!
「いらないわよ、そんなの。『何か芸能人が近くでロケしてるらしいから見に行こう』くらいの感覚だし」
「…」
ファンとかじゃなくて、珍しいもの見たさのただの一般人じゃねぇか!恥ずかしっ!
羞恥に悶え続けるのに耐えられなくなり、直ぐにでも湯を沸かせそうな程に赤面した自分の顔を悟られぬよう、咄嗟に話題を逸らす。
「あーそうだ。莉音やお前ん家の両親は息災か?」
「随分急ね。まあ…お兄様は『闘争が無くてつまらない』って家でゴロゴロしてるし、お父様とお母様は『亜莉紗が居なくて寂しい』ってメッセージと二人がキスしてる写真を送ってきたし、多分元気なんじゃない?」
「はは!変わってねーな」
「はぁ…全くね」
─彼等の話をしていると心がじんわりと温かくなっていくのを感じる。もう二年経ったんだ懐かしいな。今度ロスタリアに行ったら封雪島限定の土産でも持って行くか。
遠い異国の地での酸いも甘いも経験した黄金のような輝かしい日々を思い出し、郷愁に浸っている俺の目の前を、黒髪おさげの地味目な女子が小走りで横切った。
「─へぶふぁ!?」
恐らく同じ幹陵生であろう名も知らない少女は、何故か情けない声と共に盛大に転倒していた。
…不自然極まりない転び方をしているのは少々気になるが、三人しかいないこの空間で見て見ぬふりをする事は…流石に出来ないな。
「大丈夫か?怪我は無いか?」
即座に駆け寄り、周囲を最大限に警戒した上でおさげ女子に手を差し伸べる。
おさげ女子は手の主を視認すると、差し伸べられた手を取り、むくりと起き上がった。
「あ、ありがとう白錠君。私は大丈夫だから」
「へ?何で俺の名前知ってんの?」
その疑問に答えたのは不審な少女ではなく、後方からやってきたストーカー公女様だった。
「あなたねぇ…。彼女は同じクラスの神原さんよ」
「そうだっけ?」
「あはは…私、影薄いんで…」
「…すまん」
互いに申し訳なさからか暫しの沈黙が流れ、
「あ!私、早く帰らなきゃいけないんだった!さようなら白錠君、亜莉紗さん。…その〜、なんか二人の邪魔しちゃってすみません!」
沈黙を破ったおさげ女子…もとい、神原は申し訳なさそうにその場を後にした。
話のストックがあった最初の方は週一投稿にしようと思ったんですけど、無理っぽいので二週一or三週一の投稿頻度になりますまる




