『風刃双牙』─デュアルファング─
本当に最近の俺はついてない。昨日の入学式から今日までの二日間ずっとクラスメイトの女子が付き纏ってくるわ、それを振り切ったと思ったら関わりたくもない面倒事の目撃者になってしまうわで本当に散々だ。オイオイ勘弁してくれよ、なんで俺が巻き込まれなきゃなんないんだよ。せっかく気持ち良く帰宅出来ると思ったのに。
◇
言い争っていた男女と肩を震わせ怯えていた少女が缶を蹴った音に反応して一斉にコチラに振り向く。暗がりでごうごうと換気扇だけが音を立てる数秒の静寂の後、顔見知りの女がこっちを見るや否や口を切ろうとする。ので先に先手を打つ事に決めた。
「いや、何も見てないっすよ…」
「無理あるでしょ」
「…で、何コレ?痴話喧嘩なら子供のいない所でやれよ」
「痴話喧嘩じゃないわよ!ていうか見てたなら助けてくれても良かったのに!」
「はぁー!?ただでさえ疲れ切ってるのに厄介事に首を突っ込めと!?」
「知らないわよ!そんな事!」
「テメェの所為だろうがこのアマ!」
昨日今日で溜まっていたストレスが爆発する。ギャーギャー口論していると奥から喧しいなと言わんばかりの溜息と呆れの声が聞こえる。
「はあ。まぁなんでも良いけどさ〜、早く渡してくんないかな〜。これ、最終通告ね」
─その一言で周囲の空気が一瞬にして凍てつく。変わらぬ顔で放った静かな憤怒が晩春を迎えたばかりとは思えない冷気となって場を掌握する。
…不味いな。この雰囲気、間違いなくカタギじゃねぇ。少しでもヘマをしたら二人が危ない。ふぅ、と一呼吸置くとあくまで冷静な面持ちで情報を引き出す事に決める。
「あまり状況が分からないんだが、なんでこの子が」
「下らない真似をするなよ」
そんな殺気を含んだ一言と共に風で構築された刃がノーモーションで放たれる。即座に二人を抱え跳躍し脱兎の勢いで路地裏から脱出する。
「チッ、気付かれたか。今すぐソイツを連れて逃げろ!」
「き、気付かれたって何を?」
「いいから早く行け!アイツの目的はその子だ」
「…分かった!行こっ!」
「う、うん!」
返事をしてコクリと頷いた少女の手を引き、亜莉紗は噴水のある広場の方へと走り出す。
あの方角にはAMSの本部がある。つまり『重要人物である少女がAMS本部に着くまで眼前のおっかないチャラ男の魔の手から完璧に守護する』それが俺の役目って訳か。はっ、柄じゃねぇな。いや、そっちの方がぽいか。
「二つ質問してもいいか?一つ、いつ気付いたんだ?二つ、なんであの子が必要なんだ?」
「いい加減下らない時間稼ぎを止めろ。さっきの小芝居といいそろそろ不愉快だ」
おびただしい数の風刃が獲物の喉を掻っ切らんと襲い掛かる。先程よりも速度を上げた凶刃が街路樹を切り倒しテラス席を引き裂きビルの側面を抉り取る。
「危ねぇ。まだ速くなるのかよ」
─上体を反らし初撃を躱す。身を捩り跳躍する事で一直線に飛んできた他の風刃も回避する。
てかどんな仕組みなんだ、この魔術。無詠唱で壁を抉り取る程の威力を生み出すなんて可能なのか?…そもそもコレは魔術なのか?考えても結論は出ないので相対する相手の一挙手一投足を注視する事に脳のリソースを割く。
「なら風刃止めてよ。本気で殺しに来てるじゃん」
「止めればそこを退くのか?」
「まさか」
とっくに俺がAMSへの通報を済ませている事、さっきまでの会話や質問が時間稼ぎだった事、その全てを見透かされているのは実際かなり面倒臭いとしか言いようがない。ここからは地道にAMSの到着まで時間を稼ぐほかない。…まあその地道が魔力を帯びた刃に一度でも直撃したら即死するトンデモ悪路なんですけどね。マジで早く助けてくださいお願いします。
◇
─私は今、相当に間抜けな顔をしていると思う。鏡で自分の顔を確認しなくても分かる。『鳩が豆鉄砲を食ったような顔』をしているのだろう。
─怒りと焦りが入り混じった凄まじい攻撃の嵐をまるで謳い踊るように涼しい顔で避け続ける彼の姿がそこにはあったのだ。佳麗にして華麗、その洗練された動作はもはや一種の芸術と言っても差し支えなかった。
私達が『ある事実』を彼に伝えなければならない事すら忘れてしまう程に呆けていると、当の彼がコチラに迅速な救援を求めてきた。しかも凄い必死な顔で。
「そこでボーッとしてないで早く助けてー!早くー!」
必死の救援要請で目が覚めたのかAMSの部隊がぞろぞろと救援に向かう。気怠げな男はポリポリとマッシュヘアの頭を掻き、首を傾げ少し考える素振りをしてから、もはや何度目かすら分からない風刃の大群を生み出す。
一体、何回生成するのよアイツ。魔力の際限が無い訳?いや何かしらの絡繰があると考える方が現実的だろう。
そんな考察をしていると怒りや焦りといった感情が男の顔から消え、最初に対峙した時の『軽薄でありながらもどこか憂いを帯びた表情』に変わっていた。
「ん〜どうやら時間制限らしいね〜。バイバ〜イ」
男は凶刃を放つと早々に後ろに向き直り逃走する。一撃即死の威力を誇る魔力の刃に透かさず隊形を組む。保護対象の彼を中心に円陣を作り出し、大きな盾を構え守備を固める。
「総員!『小星の守護陣』起動開始!」
『了解!』
指揮官と思われる百八十cmはある巨漢の野太い声で、隊員は大盾に刻まれた術式を起動する。一つ一つの術式はお世辞にもあまり大きいとは言えないサイズの盾だが、円陣を作る事で死角を完全に防いでいる。
荒れ狂う刃が様々な角度から襲い掛かる─が星形の盾はその全てを圧倒的な防御力で凌ぎ切る。
恐らくあの術式は継続時間とサイズを絞る事で瞬間出力を上げているのだろう。伊達に『対魔術部隊』を名乗っていない。一つのミスが死に繋がる状況でも至って冷静に対処している。
「君、大丈夫か!?…ん?あれ?いない!?」
周りの安全確認が終わると指揮官の男は保護対象の無事を確認する。─だが既に彼はそこにはいない。それもその筈、あの術式が起動する前には駆け出していたのだ。何故AMSは気付かなかったのか、理由は至極単純だ。百戦錬磨のプロである彼らでも風刃の前では防御をするのに精一杯だったからだ。急所である頭を大盾に隠していたのも気付けなかった理由の一つだろう。
では彼はどこに行ってしまったのだろうか?それは逃走したあの男の背中を眉一つ動かさず全速力で追駆する人影を見れば一目瞭然だろう。
「『加速』」
─彼が左足で地面を蹴ると、火花が発生し、体が次第に加速していく。右足、左足、右足、左足…地面を蹴る度に指数関数的に加速していき、タイミングを見計らって右足で思いっきり踏み切る。
「もう弾数切れだよなぁ!?」
膨大な魔力を宿した拳をチャラ男目掛けて力任せに振り下ろす。
「…させない」
真っ黒なフードで顔を隠している人物が二人の間に割って入る。すると首飾りのような物を翳して魔力を吸収していく。魔力を失い、ただの打撃と化したパンチを華奢な手で受け止める。
「スカー…」
「何をボーッとしているの?あなたにはやるべき事がある筈。早く行って」
「マジ感謝だわ〜、スカーちゃん。今度何か奢らせてくれ〜」
「ん…じゃあ今度クレープ奢って。苺がいっぱいのやつ」
「オッケ〜。んじゃ後はヨロシク〜」
戦闘中とは思えないくらい呑気な話を終えると、黒衣を纏ったスカーと呼ばれた少女の短剣が唐突に彼の喉元を引き裂く。─ように見えた。
「これで不意を突いたつもりかよ」
予備動作が見えていたのか、予測していたのかは彼にしか分からない。少女が短剣を取り出す寸前に彼の右ストレートが腹部を襲った。その衝撃で彼女の小さな体躯が有名バトル漫画のように派手に吹っ飛ぶ。
「飛ばれたな…」
少女は飛ばされた。逃走したあの男と同じ方角に。
◇
「へー」
裏社会の連中と戦りあってヘトヘトな俺は亜莉紗からここまでの経緯を聞いていた。どうやらAMS本部に着く前に現場に急行していたAMSと鉢合わせたらしく、その時に例の子供を預けたそうだ。
「あの子、ホムンクルスだったんだな」
「うん…そうみたい。ってなんか軽くない!?ホムンクルスの生成は国際法違反なのよ?」
「…やっていてもおかしくない連中だったろ」
「確かにそうだけど…」
AMSの調査で俺達が助けた少女はホムンクルスだった事が判明したらしい。ホムンクルス生成なんてよくある話に一々突っ込む気はないが、少しだけ気になる点があった。
思い付くホムンクルスの使用用途は…まあ大概ろくでもないので列挙するのは避けるが、被検体一人をあそこまで必死に追い回すなんてどう考えても異常だ。奴らからすれば幾らでも替えが利く物に執着する理由は無い筈…。
あの時、アイツらは人払いの結界を張っていた。だがあの結界は穴だらけのガバガバ結界だった。実際、俺が結界対策を何か施していた訳でもなかったのに結界内に入れてしまった事が何よりの証拠だろう。未熟者の魔術師ならともかく、相当な手練れだったアイツらが念入りに時間をかけて作ったとは思えないくらいお粗末な結界だった所から、焦って急造したと推測出来る。それだけアレが大事なのだろう。という事は次に起こり得る事件は多分…。
「…?どうしたの?」
思案している俺の顔を覗き込むようにひょこっと顔を出す。…こいつ、天然の男誑しだな。並の男だったらドキッとする仕草も非モテ歴イコール年齢の俺には通用しない。
「ん?別に何でもねぇよ。ちょっと考え事してただけだ」
「体が悪いならすぐに言ってよ。あんなに激しい戦闘をした後なんだし」
「回復魔術でも使えるのか?」
「いや、回復魔術が使えるとかじゃないんだけどさ。ほら私、戦ってなかったじゃん。だから何か力になりたいなと思って。…わ、私だって百十九番くらい呼べるし」
「お前が戦わなかった事なんて全然気にしてねぇよ。そんなに気を遣わなくても大丈夫だ」
「あなたが気にしていなくても私が気にするの」
そう口にすると、普段は明るく元気に振る舞っている彼女が珍しく暗い表情で俯いてしまった。
戦わなかった理由なんて『武器が無かった』とか『実力不足で介入する余地が無かった』みたいな感じだろうから気にしなくてもいいのに。
『死ぬかもしれないけど一緒に戦ってほしい』、こんなお願いをこの前まで中学生だった彼女に出来る訳がない。
「マジで気にしなくていいって。お前はあの子を無事にAMSに預けてまたここに戻ってきた。戻ってきたって事は『俺を助けたい』って思ってくれたからだろ。じゃなきゃ後は全部AMSの奴らに任せてとっとと帰っている筈だ。その『助けたい』って気持ちだけで俺は充分嬉しいよ」
「…ありがとう。少し気が楽になったわ」
彼女が柔らかな表情で笑うと思わず自分も釣られて笑ってしまう。
─ふと空を見上げると深紅と金色が覆っていた空は漆黒と星々が煌めく満天の星空へと変わっていた。
設定・小ネタコーナー
『小星の守護陣』(アステリスコス)はAMSの大盾に内蔵されている魔石から起動する術式。防御が目的の術式ではあるが大盾を少し覆うくらいのサイズしかない星型の術式。サイズや継続時間を削っている分、発動までの時間や防御力は折り紙付きである。
作中では『大盾に刻まれた術式を起動する』とあるが正確には『内蔵された魔石に刻まれた術式を起動する』である。この事から作中の亜莉紗が大盾の仕組みを勘違いしていた事が分かる。
実は魔石に刻まれた術式は三つあり『小星の守護陣』(アステリスコス)はその一つである。
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『満天の星空』という言葉が誤用であるのは理解していますが『満天の空』より『満天の星空』の方が洒落ているのではないかと思い『満天の星空』と表記しました。
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戦闘回めっちゃ疲れる。日常回だけ書いていたい…
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その他の誤用や間違いがあったら指摘してもらえると嬉しいです。




