小鳥が囀り、日が暖かい、そんな平々凡々な日常
「おー綺麗な桜だなー」
見事なまでに満開に咲いた、ほんのりと清らかな光を放っている花々達にそんな有り体で当たり前の感想しか出て来ない自分自身の語彙力の低さに少しガッカリする。俺、アホだからなぁ…まあでもこの学園では学力なんて二の次三の次だしな。多分なんとかなるだろ。知らんけど。嫌な現実から目を背けながら誰もいない美しい桜並木を眺めながらザクザクと歩を進める。
「ヤバいヤバいヤバい!遅刻だー!」
と陽気な印象を持たせるツンツンとしたスパイキーショートの男が嘆きながら後ろからドタドタと五月蝿い足音を立てて迫ってくる。
「おいお前!このままじゃ遅刻するぞ!」
「そうだな」
「遅刻するんだぞ?急がなくていいのか?」
「いや、もう遅刻してるだろ。急いでも急がなくても時間超過だぞ」
そう、俺とこの男は揃って遅刻しているのだ。学園説明会の時に貰った資料に記載されていた内容は『八時までに指定の席で着席』というものだ。現時刻は八時二十三分、余裕の遅刻である。
「いやいやいや!入学式にいきなり遅刻してるんだからなるはやで急がねーと!あー!もう八時十五分超えてるじゃねーか!?講堂で入学式が始まってるぞ!」
「そうか。なら急いで行って来い。俺はこの美しい風景と初々しい春の香りを楽しむから」
「いやめちゃくちゃ呑気かよ!…っくそ早く行かねぇと。お前も早く来いよな!」
またも大きな音を立てながら男は走り去っていった…と思ったらバック走して帰ってきた。
「そういや、お前の名前は?」
「白錠煉。お前は?」
「ハクジョー?どっかで聞いたような気がするけど…まあいっか俺は夜切祐一。よろしくな煉!」
なんかコイツめっちゃ馴れ馴れしいな。よく初対面の相手を下の名前で呼べるな。距離感がバグっている目の前の快晴スマイルが何を考えているのか、友達無し男の俺には分からなすぎて怖い。もしかしたらただ底抜けに明るいだけなのかもしれないが。
「ヤベ、本当に急がねーとマジでヤベェ」
そんな語彙力皆無な一言と共に両手を地面につけ姿勢を屈ませ、
「『発火』」
─瞬間、地面を蹴った普通の人間では到底生み出す事の出来ない速度が風を切る。あっという間にぐんぐんと距離を離し、五秒も経てば姿は見えなくなっていた。
「なんかどっと疲れたな…」
あまりにも騒がしい嵐のような来訪者に完全に体力を持っていかれてしまった…疲れ切った俺はその重い足取りで入学式の会場である講堂へと向かうのであった。
◇
入学式の後、ホームルームが終わりクラスメイト達が交流を深めている姿を余所に、家に帰ろうと席を立とうとしたその時、背後からツンツンと指で肩を突かれ、後ろを振り向くと肩につかない長さまで伸びている綺麗な紅赤色の髪を持つ女がそこにいた。
「キミ、さっき遅刻してた子だよね?入学式でいきなり四十分も遅刻するなんてキミってもしかしなくてもかなりの大物だったり?」
「えっと…」
「あ、私は亜莉紗・クレストライン。よろしくね」
…もしかして高校生ってこのくらい気さくに話し掛けるし掛けられる物なのだろうか?高校生に求められているコミュニケーション強度は自分の想定を遥かに超えているのかもしれない。
「あー俺は白錠煉。こちらこそよろしくな」
「知ってるよ。だってあの白錠家なんでしょ?」
先程から感じていた視線がより一層こちらに集まる。白錠家、国防を担う御三家の一つ。その知名度ゆえにバレるのも時間の問題だとは思っていたけどまさか光の速さでバレるとは。おそらくホームルームの始めまで黒板に板書されていたそれぞれの席順と名前を確認していたのだろう。
「白錠家の人間って言っても血を引いていないぞ」
「へー、養子なんだ。煉はどういう経緯で白錠家の養子になったの?」
「え、すげぇグイグイ来るじゃん。俺達一応初対面だよな?」
「そうだけど席も近いし相互理解を深めた方が良いかなって」
いやいや、迫り方があまりにも不自然過ぎるだろ…大体、養子に為るまでの過程なんて面白い話題になる方が少ないのにわざわざ踏み込んで聞いてくるか?もし相互理解を深めるだけなら関係性を鑑みて、そこまで踏み込んだ話は出来るだけ避けて無難な話題だけで済ませようとする筈だろ。そんな不信感を抱いていたら隣の窓に黒猫がちょこんと可愛らしく座っていた。
「あ、猫だ!可愛い〜。良い子だからこっちにおいで~」
興味が黒猫に移ってすっかり釘付けになっているようなので、抱き寄せて満足そうに黒猫の額を撫でている隙にそろりそろりと忍び足でこの場を退散する事に決めた。
◇
放課後、『せっかく学園に来たんだし町中を散策しながら軽く買い物を済ませて飯でも食って帰るか』と思っていたんだけどな…周りがザワザワとしているのである。ある一点を見つめて。仕方がないので来た道をくるりと引き返す。
「…何してんだお前」
「エエット…ワタシ、デスカ?」
探偵帽とふざけた付け髭にぐるぐるメガネを装着している、誰がどう見ても不審者でしかない人物に話しかける。おそらく先程から感じていた視線の主だろう。マジで話掛けたくない…
「お前以外誰がいるんだ。はあ…いいからこっち来い」
「ちょっ、ちょっと!?」
半ば強引に手を引き近くのチェーン店のカフェに連れ込む。いや『連れてきた』だ。そう決して『連れ込んだ』訳では無い。もし『連れ込んだ』と言うならそうせざるを得ない状況に追い込んだどこかのポンコツのせいだろう。
「そのふざけた格好をやめろ!」
入店してすぐにぽいぽいと変装用と思わしき小道具を全部引き剥がす。紅赤色をした髪の女は己の正体がバレて慌てふためく。
「あー!せっかく変装したのに!」
「変装というか変人やね」
「まさか私の変装が見破られるとはね」
「逆になんでバレないと思っていたんだ…」
俺が注文していた軽食とコーヒーが届いてから元不審者にして現ストーカーは今までの経緯を語り出した。
「…それでね、やっとの思いで準備して中央通りまで追ってたって訳」
もきゅもきゅ
「なのに全然尻尾出さないしすぐに変装バレるわで踏んだり蹴ったりよ」
ごくごく
「ねぇなんで私がキミを尾行してるって分かったの?っていうか話聞いてる?」
「ん?あーここの飯が安くて美味いのにボリューム満点だって事か?」
「全然聞いてないじゃん!」
本当にデカい声を出さないでくれ。これ以上うるさくされるとまた周囲から白い目で見られる。いやもう見られてはいるんだけどさ。まあこの世間知らずのお嬢様を揶揄った俺にも非はあるけど。
「冗談冗談。なんで尾行がバレたかだったな。まず理由その一、変装が下手すぎ」
「え、嘘!?日本アニメではこの格好で敵を尾行していたのに!」
フィクションを完全に鵜呑みにしちゃってるじゃん。誰だよこのポンコツを勘違いさせた奴は。間違った日本文化を広めるんじゃありません。
「えー理由その二、そもそも目立ちすぎ」
「え、そうだったの?」
「周りからめちゃくちゃ視線集めてたろ」
「集中してて気付かなかった…」
「最後、理由その三!」
「まだあるの!?」
まだあるどころか全てがガバガバだったろ。恐らく誰の指南も受けていないであろう初めての尾行で何故上手く行くと思っていたのだろう。はあ…という呆れから来る溜息と共に話を続ける。
「お前、気配くらいは消せよな」
「気配って…気配なんてどう消すのよ?」
「ニンニンって気配を消すんダゾ☆」
「なるほど…忍者の真似をすればいいのね」
目を閉じ、忍者が如何にもしていそうなドロンのポーズを取り、真剣な顔つきで気配を消す練習をしている。気付かれぬよう会計を済ませて静かにドロンした。これが本物のドロンだぞ我が弟子よ。
◇
箱入りお嬢様の尾行を振り切り本来の目的を終えた頃には、先刻まで人で溢れかえっていたこの通りも日暮れと共に閑散とした通りに姿を変えた。
「ふー、とりま本日のお勤めはこれにて終了ってとこか。気になってた中華料理屋に行けたし、この島限定のオクト君Tシャツも手に入れたしでかなり充実した放課後だったな。おりゃ満足よ」
─ストーカーに追われていたのが嘘だったかのように感じるくらいには満足のいく散歩だった。ふと空を見上げると、そこには子供がベタ塗りしたかのようなハッキリとした残照の深紅と金色が終わりの見えない空を覆っている。この美麗な空を見ると嫌でもここに来た理由を思い出す。
「あれから二年か…」
そんな感慨に浸りながら帰路についていると、人三人分くらいの横幅しかない狭い路地から声が聞こえる。
「だ〜か〜ら〜、それ早くこっちに渡してくんない?仕事増えんのメンドイんだよ〜」
「嫌よ!だってこの子こんなにも怯えているじゃない!何度も言わせないで!」
型崩れしたアロハシャツと短パンに気怠げな声が特徴的な男から件のストーカー女が汚いボロ衣を纏った幼女を庇っていた。正義のヒーロー対幼女趣味のチャラ男か〜。うーん触らぬ神に祟りなし、という訳でここはいつも通り知らぬ存ぜぬのスタイルで行かせてもらうぜ!
カランコロン
あれぇ…おっかしいなぁ…さっきまで有頂天だったのに。誰が落としたのかも知らない空になった缶ジュースがつま先に触れてしまう。どうやら、というかやはり今日は何かとトラブルに巻き込まれる厄日のようだ。
『蒼眼の魔術喰らい』(そうがんのマジックイーター)をこれから投稿していきます。梳です。よろしくお願いします。後書きでは小ネタとか設定みたいなのを書いていく気がします。後書きで文体等は一切意識していないのでご了承下さい。
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