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喪が過ぎる七日の間、新藤愛美は尋ねてこない。
その間に安伸の事故をめぐるさまざまな問題が立て続けに処理されていく。通勤中ということで労災もおり、本当のところは不注意の飛び出しだったのだが――短大の知人弁護士がやり手だったのだろう――生命保険もほぼ全額が支給されることに決まる。二千万ほどの決して多いとはいえない額だが、当面生活の心配はしないで済みそうだ。生前の安伸のひととなりがよかったせいか、葬儀の費用もほぼ香典で足りてしまう。それだけに、ひとすじの引き裂かれるような悔しさが沙樹の胸をわだかまらせる。もちろん安伸を挽いたタクシー運転手の下山も憎い。が、その人のよさそうな初老の男もまた被害者なのだ。葬儀に列席したタクシー会社の社長は――これは人伝手に聞いたことだが――下山の柔和な笑顔はこの先ずっと見られないかもしれない、と漏らしたそうだ。そう思うと、こちらから何かひと言でも慰めの言葉をかけてやりたい気にもなったが、それも筋違いだろうと沙樹はすぐにその考えをわきに追いやる。そうこうして初七日を済ませた翌日の午後、新藤愛美が喪服で尋ねてきたのだ。
「お線香をあげさせてください」
玄関の三和土に降りた沙樹と目が合ったとき、新藤愛美は決して目を逸らさずにそう言い、ついで、「宮部さんには生前たいへんお世話になりました」と濃い紫柄の風呂敷包を沙樹に差し出す。儀礼的に頭を下げてその包を受け取りながら、生前もなにもないだろう、と沙樹が思う。何故ならあの日、愛美は来なかったのだから…… 勤め先が同じだったので、愛美との連絡はすぐに付く。沙樹がどう切り出して良いかわからないでいると愛美の方が、「宮部さん、お亡くなりになったんですね」と応えてくる。妙なことに、そんな言葉を二十歳前の小娘に聞かされても頭にカッと血は昇らず、先を促されるように、「交通事故です。まだ生きています。宮部があなたに逢いたがっています」とだけ事務的に告げる。そしてひと息吐いて、「場所は……」と言おうとすると、「いえ、わたしは伺いません」ときっぱりした口調で言を止められてしまう。「今は伺いません。どうか奥様がお傍にいてあげてください」それから二、三秒ぼおっとしていたらしいが、どうやら心の中でその言葉が反芻されているらしいと気づくとプツリと感情の糸が切れる。ものもいわず、送受器を叩きつけるようにして電話を切る。病院の待合室にいた種々の表情の人々が一斉に沙樹を見つめ、ひとりの赤ん坊が泣きだして……。
そして――
「わたしと宮部さんの関係って、でもたぶん奥様が思っているようなものではなかったのです」
目の前の若い女が霊前で線香をあげている。ついで沙樹に振り返ると、そう言ったのだ。