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(もう手がない。それこそ首をくくるしかないだろう)
内藤高志が思う。
まさかの株の暴落だ。二、三の企業吸収の噂は聞いている。確かにリスクはあっただろう。が、まだ持つはずだったのだ。落ちるのが速過ぎる。あまりにも……
結局、それを引き起こしたのは別の噂だが、今となっては、もうどうでもよいことだ。パソコンを使った一般投資家の市場が解禁された当初、『あなたもご家庭で簡単に破産できます』と自身でキャッチコピーを作って笑ったものだが、それが現実となったのだ。笑えない事実として自分自身に還ったのだ。おまけに手をつけたのは公金だ。高志にとっては大金の二千万円。いっそ、女を殺して逃げるか、と高志は思う。が、麗子だってバカではない。今は知らなくても明日になれば確実におれの失態に気づくだろう。
さまざまな声が高志の頭の中で渦巻き始める。「そんな子に育てた憶えはない」と母親が言い、「いや、でも昔からそういう奴でしたよ」と同窓生の何人かが断言する。名も声も知らない一般市民がたて続けに笑いはじめ、その笑い声がくわんくわんと夜の街に反響した後、一般市民が見て見ぬ振りという態度を繰り返し取る。その全員が冷笑を浮かべてながら……
「だまれ!」
高志が大声を張り上げる。誰もいないマンションの一室。三日前から役所は有休で休んでいる。どうにもならない。銀行預金を下ろしても金は二十万たらず。
とりあえず麗子に逢う手はずだけでも整えるか? 世間に笑われるよりは、たとえ一瞬でも殺人者として畏れられた方がずっとマシだ。
麗子はファッションモデルのようなすらりとした美人で、だが険があって傲慢な女だ。おれには本当のところ、どんな関心も抱いていないだろう、と高志は思う。そんなことはわかっていたのだ。理性ではどうにも詮ないことがある。麗子を抱くのは死体を抱くようなものなのだ。ひんやりとした爬虫類の死体。相手に応える気がなければ、それはマスターベーション以下になる。が、それでも構わない。ただ彼女の歓心を惹きたかったのだ。はじめて高志に男の満足を与えてくれた女が麗子だったからだ。
ふいに玄関のチャイムが鳴る。
(警察か?)
不安を隠しきれずに高志がドアの前に立つ。
「どなたですか?」
おびえた声でそう訊いたが返事はない。反射的に、どんな家の扉にでもついている来客確認用の魚眼レンズを覗く。
すると、そこに立っていたのは……