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わたしが見たのは幻だったのかもしれない。
あのときのことを思い出すたびに沙樹は自分に必ずそう思い込ませている。もう十三年も経ったのか? 沙樹はざらついた白い髪に手をやりながら思う。けだるい午後の昼下がり、娘ももうすぐ学校から帰ってくるだろう。
墓場の土の中から死体が蘇る。
言葉にすれば、たったそれだけのことだ。当時、流行っていたホラー映画の一シーンとまったく変わりない陳腐な光景だ。
しかしその異常な体験が確実にわたしの精神を破壊してしまったらしい。
「時代がずれたようだ」
土から蘇った死体が毒づきながら独りごちる。
「小鬼に撹乱されたか、くそっ!」
そしてぐるりを見まわそうとして、はじめて沙樹の存在に気づく。彼女が触れば届くほどの距離まで近づいていたからだ。
身体全体が驚いている、死体の……。
そして沙樹自身も、まったく同様に驚いている。
「な・ぜ……」
沙樹の口から、ついそんな言葉が飛び出してくる。
「か・え・っ・て、きたんですか?」
もちろん遠目に確信はしていたのだ。そうでなければ誰が墓場の化け物に近づくというのだ。
「あなたは死んだのですよ」
妙に決めつける口調で沙樹が言葉を続ける。
「勝手に生き返らないでください。あなたが生き返ってしまったら、わたしはあの娘を殺さなきゃならなくなる。だから、またすぐ死んでください。今日のことは忘れてあげます。だから、早く死になさい!」
自分でもぞっとするような墓場以上に冷えきった声音だ。
「申し訳ない」と死体が応える。
沙樹を見つめ、
「……するとこの身体は、あなたのご主人のものだったのですね」
確認をとるように指で挟んだ顎をひく。
「申し訳ない。済みませんでした。……だが、すぐに去ります」
(あやまるな!)
と死体のその言葉に沙樹はムカッっとする。が、それも、もはやどうでも良いことに思える。
しばし意識がぼおっとする。
すると死体が消えはじめる。
水に塩を溶かしたときのような消え方だ。何故、そう感じたのかはわからないが……。
沙樹は思う。
結局、安伸はわたしには逢いに来なかったのだ。
すべては間違いだったのだ。
なにもかも一切合切が……。
「いずれ、あなたの時間を修復し※τΣыПφ7≠」
完全に姿を消す間際、死体は何かを言っている。
が、その言葉は瞬時に十三歳も老けてしまった沙樹には意味をなさないものだ。