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シャワーの音が聞こえている。
ここは何処だ。
そして、おれは誰だ?
内藤高志が思う。そして意識が暗転していくのを感じる。
最初に心に浮かんだのは名前だ。西森雅彦という聞き憶えのない名前。誰なんだろう? 彼が思う。そして、その名前にまとわりつく粘っこい感覚を奇妙に感じる。
鋭い悲鳴が聞こえている。女の悲鳴だ。聞き憶えがある。記憶より先に身体が反応する。下半身が勃起していたのだ。
「れ・い・こ・!」
ゆっくりとそう叫ぶと彼はたったいま悲鳴の聞こえた浴室に向かう。部屋の間取りに違和感は感じない。一直線にドアに向かい、それを開けると全裸の女がいる。壁に張りつき、恐怖の表情を浮かべている。
が、その顔に見憶えがない。正確にいえば、顔にも、すらりとしたその肢体にも見憶えがある。が、雰囲気が違うのだ。彼が知っていた麗子という女は、もっと高慢な、それでいてどこか投げ遣りな雰囲気を持つ女だ。しかし、そこ=浴室にいたのは、ただの全裸の女でしかない。
この感覚はなんだろう?
彼が思う。なぜだか急に暴力的な感覚が身内から沸き上がって来る。
この女を、犯せ!
中枢神経からの至上命令だ。
だらりと厭らしく彼の唇が下がる。
全裸の女が、その表情の変化に気づいて顔を硬直させる。
が、次の瞬間、女の顔にもうひとつ別種の恐怖が浮かぶ。
不意に彼は右の肩口に痛みを感じる。
灼熱の鐵を直接肌に当てられたような痛みだ。
つんのめって倒れる。濡れたシャワー室の床に頭からだ。「うわぉっ」という動物の咆哮を思わせる原始の声が聞こえてきたのは、彼が入口ドアを振り返る前だったか、それとも後だったか?
そこに女が立っている。
女の両手に握られたカッターナイフから真っ赤な血が――おれの血だ!――滴り落ちている。