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音が聞こえている。
何の音だが、はっきりしないが……。
月が光っている感覚もする。そして腐敗が逆転する胃がよじれるような痛みを感じ……。
生命のリズムが崩壊している。微生物が嘔吐している。燃やされ、粉砕された部分が再生されている。二酸化炭素と水に分解され、生の集合から分離された無機物が、ぞわぞわと一点に向かって集合しつつある。
ひどいな、最悪の気分だ。
そう思ったのは、しかしどちらの人格だったのか?
だが、そんな不快を感じているあいだにも人体の欠けた部分が集まって来るのが実感としてわかる。
他の方法はなかったのだろうか、とレイヴは思う。いや、それはなかったのだ、と即座に自分の別の部分が語りかける。
恨むんなら、小鬼を恨むんだな。
そうまでして、小鬼を破壊したいのなら……。
すると一瞬、力が満ちた感じがする。骨壷と墓の台座が割れて土の中に沈み込む。意志を持った土が再生した骨と混ざり合うごわごわとした感覚がレイブをゆっくりと捉えていく。内臓が満たされていく。再生された骨格と再生された肉体が、それぞれ所定の場所に納まっていく。
気狂い沙汰だな。
これを考えたナノテク学者たちは狂っている。それとも、この感情はこの時代、この時空局所点と元になった人間の記憶と、そしてこのおれ自身の感覚のずれから生じる一次的な迷いなのか?
レイヴは思う。
かつてレイヴが出遭ったナノテク学者は試験管に入った濁った黄色い液体を愛おしそうに眺めながら、こう言っている。
「この方法ならば直接的かつ物理的に小鬼を破壊できるだろう。何故なら奴が存在するその局所時空内にきみが同時に存在できるようになるからだ。これまでのように情報構成された幽霊としてではなくね。しかも確率崩壊銃を別時空にリンクさせておくほどの真空エネルギーもいらない。真空エネルギーの使い過ぎはやがて時空を歪め、量子崩壊を起こす危険が大だからね」
デシ・ナノマシンの入った試験管を学者が枯れた小枝のような親指と人差し指で持ち上げる。
「きみは運がいいよ、ディナスくん。小鬼の痕跡が残る時空に新鮮な死体がなければナノンは作用できないのだから。それに実施は初めてとはいっても、予備実験は充分過ぎるほどやってあるのだからね」
あんたの機械は確かに正しく作動しているよ、とレイヴは思う。土の中を蛆虫のように移動している感覚と枝分かれしたナノンによって修復される骨壷と墓石の台座とその周辺のモノが立てる微かだがいびつな音が感じられる。そして再構成された身体が柔らかい土の上に浮かび上がり……。
誰も見てなけりゃいいがな、とレイヴがため息を吐く。精神がいまひとつ安定しない。墓場周辺の養分だけでは不充分だったのか? もちろん可能な限りの計算はなされ、記憶操作もなされる。しかし感覚までは消せないものなのかもしれない。鐵が喰いたいという強い想いが足の先にある。
(小鬼よ、今度こそおまえを仕留めてやる!)
今にも崩壊してしまいそうな己の精神を保つため、レイヴはただそう念じ続けている。