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琉里は驚いてしまう。
ほんの思いつきで、たまたま遊びにきていた大学時代の友人、中原真希子の後をつけようと思っただけなのに、それがまさか一時期の恋人、西森雅彦のマンションに至ってしまうだなんて……。
たしかに電車を乗り継いだときから、いやな予感が襲う。それが馴染みある路線だったからだ。実際には、ほんの数回訪れただけで通いつめる前に破綻してしまった間柄とはいえ、いや、だからこそ、その場所は琉里にとって印象的な場所になってしまったのだ。
月は出ていたが夜の道は暗い。疎らな通行人に混じって黒いコートを羽織った女が自分の前を通り過ぎて行くのを琉里は目の端で追う。
「殺してやりたい!」
ふいに琉里は強く思う。
たしかに、わたしは彼を愛している。彼が、わたしにとって初めての男だったからだ。人並以上の美貌とスタイルの良さには自身があったが、何の疑いもなく家父長制に支配された父と兄の世話をしながら青春を送った生活環境が、自分を自身でも厭々ながら認めざるを得ない一般標準的な女に育ててあげていたのだ。だから、その愛が単に自分を守るための幻想でしかないことには気づいている。そんなことはわかっていたのだ。しかしそれでも、わずか数ヶ月とはいえ、その重い、まるで呪いのように固い枷から開放してくれた雅彦を忘れることができないのだ。
が、西森雅彦は琉里を裏切って他の女に走ってしまう。わたしが重たかったんだろう。もちろん、そんなこともわかっている。彼に振られて、わたしはすべてを失い、自分で抱いた愛という名の幻想が自分を庇護するための憎しみに変わる。どうしようもなく単純な心理作用。が、それがわかることと、それを超えることはまったく違う。雅彦は、あのとき臆病なわたしのすべてを見たのだ。すべてを手に入れ、わたしのすべて塗り変えたのだ。彼はわたしを知っている。だから、このまま時の経過に身を任せ、ただ何もせずに彼を放っておけば、いずれそれが笑い話として他ならぬ彼の口から赤の他人に語られるときが来るだろう。必ず、そのときが来てしまう。
そんなことは許せない。
彼はわたしから、わたしにわずかに残されたプライドさえも奪おうとしているのだ。彼が知らないはずのわたしの友人たちの目の前で、わたしのプライドをずたずたに引き裂くつもりだ。
「殺そう、彼を!」
それしかない。