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「亜樹ちゃんは、いま幼稚園ですよね」
細い首をまわして家の中を見渡すと新藤愛美が言う。
「奥様には、たぶん、わたしの悔しい気持ちはおわかりになられないと思います」
顔を俯けて新藤愛美がそう続ける。
「わたしは亜樹ちゃんの代わりに宮部さんに愛されたんです」
そのとき沙樹は真っ黒な長い髪に隠れた愛美の唇が小刻みに震えているのに気づいている。沙樹が訝しむ。いったい愛美は何が言いたいのだ。
「馬鹿なことを、とお思いになられるかもしれません。ですが今にして思えば安伸さん、いえ宮部さんには、亜樹ちゃんの未来の姿が見えていたのだと思います。そして決して避けられない運命として、ご自分が成長した亜樹ちゃんに肉欲を感じるであろうことも」
「何を馬鹿なことを!」
カッとなって沙樹が叫ぶ。しかし怒りで愛美を見据えた目が彼女の言動を肯定しているのに気づき、自分で自分に唖然としてしまう。
「わざわざ、そんなでたらめをいいに、あなたはこの家の敷居を跨いだのですか!」
その言葉は実は否定でも肯定でもない。ただ沙樹は混乱していたのだ。そして、まるで初めて愛美に気がついたとでもいうように、沙樹はその若い女をまじまじと見つめる。
新藤愛美は確かに娘に良く似ている。いや、単純に似ているのではない。亜樹が何不自由なく成長したらそうなるだろうという、まさにその姿をしていたのだ。だから沙樹には夫の元愛人が、よもや娘の亜樹に似ていようなど、思いつきさえしなかったのだ。