2話
「僕のママはアフリカで育ったわけじゃないから、たぶんこれはママがパパから教わった料理だね」
赤玉ねぎを小さなナイフだけで器用に刻みながら、タカオは時々思い出したように自分の話を伝えてくる。
聞いてもいないのにいつも唐突に始まるから、本当にその場で思いついた空想の話なのかもしれない。
でも牛の臓物と白身魚やトマト、エグシと呼ばれるメロンの種で作った濃厚なスープのおいしさは本物だ。
窓の外から聞こえる蝉の声に重なるように、スマートフォンに繋いだ小さな簡易スピーカーから”You rub up, you push up, you love up…”と軽快なスカが聞こえてくる。
彼はリズムに合わせてお尻を左右に振りながら、まな板を使わずに小さなトマトを切っていく。
私は足の長い折り畳み椅子を持ってきてキッチンに座り、タカオのお尻と同じように肩を左右に揺らしながらイエガーマイスターを飲む。
レース編みの白いパッチワークのタンクトップにパイル地のホットパンツ、タカオは上半身裸でアディダスのスウェットだけを履き、精一杯夏の暑さに対抗した装いをしているのに、湯気の立つキッチンでは無駄な抵抗のようで、2人ともたちまちしっとりとしてしまう。
鍋の側で無心に野菜を刻むタカオの長いまつ毛には今にも水滴が乗りそうで、まつ毛にキスしたらエグシスープの味がするかなと肩を揺らしながらぼんやりとした頭で考える。
気づけば下ごしらえを終えたタカオの手で私の頬は優しく掴まれ、肉厚な指からほのかに玉ねぎとスパイスの香りがしている。
ビターリーフのほろ苦い香り、牛肉と魚肉がパームオイルで一度に熱された攻撃的な香り、養命酒みたいなイエガーマイスターの甘い香りが湿度の高い夏の空気を纏って膨らみ、まるで小さな部屋全体が鍋になったみたいに、私もタカオも溶け合っていく。
低温でじっくり、柔らかく口の中で解けるくらいになるまで、擦って押して煮込むのだ。