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溶けていく  作者: 木村紫
1/10

1話

 海に行かなくなってから何年くらい経つだろう。

 夏は海でアイスのように溶けたり、フェスやクラブへ出かけて人と音の波に揉まれてアイスのように溶けたり、花火大会や夏祭りへ出かけてりんご飴と綿菓子と一緒にアイスのように溶けたりするのが正しい所作ではなかったのか。

 ここ最近の私は、エアコンの効きが悪い小さな部屋で少し縁が欠けたマグカップに注がれたベイリーズをぺろりと舐め、バナナを乗せたトマトライスを食べるなどしてのんびりと過ごしてばかりいる。

 電車を乗り継いで駅からの長く曲がりくねった道を歩き、背の高い草をかき分けた先にある、古い木造の小さな家。

 初めてタカオの住む家に招待された時、少し開いた窓の隙間から漏れ聞こえていた音楽にわくわくしたのを覚えている。

 今はタイトルも思い出せないけど、しっとりとした天然のスチームサウナみたいな日によく似合っていた曲だったから、きっとルーツレゲエかスカか、そんな感じのジャンルだろう。

 聞いていると首からリズムを取りたくなって、滑らかな揺れがだんだん首から背骨、腰へとゆっくり移動していくあの感じ。

 踊ってしまうと汗をかくけど、じっとしていても暑いならもう踊ってしまおう。どうせ同じなら踊らなくちゃ損みたいな歌詞があったなぁと一瞬思い出しながら、タカオとゆったり部屋で踊るのが私はとても好きだ。

「ミミちゃんは踊るのが好きだね、はじめて会った時も気持ちよさそうに踊ってたよね」

とタカオは言う。

 タカオとは3ヵ月前にふらりと寄ったバーで出会った。

 タカオはナイジェリア人の父親と日本人の母親との間に生まれたそうで、タカオが小さい頃に父親はいなくなってしまったらしい。

 初めて会った時は僕イギリス人、と嘘をついていた。

 後でナイジェリアはイギリス領だったから嘘じゃないよと言い訳していて納得できなかったけど、出会ったばかりの状態で何でも正直に話すのがいつも正しいとは限らない、という彼なりの処世術だったのだろう。

 父親の顔は知らず、母親とも離れて暮らしていて、連絡が取れなくなって5年くらい経つことを、タカオはつい最近になってぽつりと教えてくれた。

 今は食品加工の工場で働きながら、この小さなアパートに1人で暮らしている。

 私が遊びに行くと、建付けが悪くて少し隙間が開いてしまう窓からレゲエを流しながら母親に教わったのらしいアフリカ料理を振る舞ってくれるのだ。

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