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不敗軍師の意地(後編)

「魔王、お前はもう死んでいる」


 無表情に告げる軍師の発言とともに、丘の周囲を取り巻いて地面から突き上げるように極太の光の柱が立ち上がった。

 数は12。それぞれの柱は本陣上で交わり巨大な十二角錐を作り上げる。

 柱と柱の間には橙色に輝く光の壁、2柱の間を厚く満たしている。


「魔王、これは人類に残った最後の高僧、魔導士がその命を糧に作り上げた牢獄だ。いかにお前とて破ることは叶わず。お前の命もここまでだ」


「なんだと!?」


 焦りの表情で慌てて周囲を見やる魔王だが、軍師に向き直ったときには再び嘲笑を浮かべていた。


「確かに相当な結界ではある。ワタシでもそうやすやすとは破れはしないだろうナ。

 だがそれがどうした?

 閉じ込めただけで何ができる?軍師、オマエの手を見せてみよ」


「よかろうよ。魔王、結界の外を見て見ろ」


 軍師の言に結界を透かして外部の様子をうかがい見る魔王の顔が驚愕に歪んだ。

 

「ナンだ!何が起こっている!」


 結界の外で起きていたのは地獄だった。

 無論魔族の。

 

 傷を負い背中を向けて逃げ出す少年兵がいた。その背中をゲラゲラ笑いながら追い回していた小鬼が、転んだ少年兵の背中に錆ついた短刀を振り下ろそうとした瞬間に頭の穴という穴から血を噴き出して血反吐を吐き地面を転げまわり悶える。

 大木を振り回して人類軍を薙ぎ払っていた大鬼はその腕があらぬ方向に曲がり、あるいは自らの大木に押しつぶされ、中には振り回した勢いのまま腕が千切れ飛んでいる。

 空を舞う飛竜は上下左右に首をおかしな方向に捩じ曲げボトボトと地面に墜落してゆく。地上で血の染みとなるその脇では山のように大きな地上亀のような形をした地龍がその四肢を粘土細工のように潰してその場に崩れていた。

 猛炎を吐き出していた火龍は自らの鱗の隙間という隙間から炎を吹き出すと、すぐさまその炎は天を衝くほどの大きさとなり生きた噴火口となっている。

 頭部に角を持ち爬虫類と人間の中間のような外見の悪魔ども、真夏の直射日光にあぶられて干からびたミミズのように枯れ果て、砂山が崩れるように生きたまま滅んでゆく。


「軍師、キサマ何をした⁈」

「簡単なことよ、なぜ気づかん。

 魔王、お前の権能のひとつは魔族どもをとてつもなく強化することだろう?

 ならばそれを遮れば今までお前の権能で力強く素早く硬く丈夫になっていた連中はどうなる?

 その答えがこれだ。

 身に余りある強化をされた小鬼は力尽きた長距離走選手のように血反吐を吐き、大鬼は持った獲物に潰される。飛竜は風で首を折り地竜は自重で四肢を潰す。

 おお、あの火竜はよく燃えてるな。若いころにやったキャンプファイアーを思い出す」

「この結界のセイか!」

「おおともよ。お前の力が消えてしまったからこの世に定着できない悪魔ども、チリになってしまったではないか」

「これがオマエの計略か……」


 悔しそうに歯嚙みしていた魔王だが、ふと笑みを取り戻す。


「流石は軍師、わが宿敵よ。よくもやってくれた。

 この地に押し寄せた魔軍10万、ことごとく死に絶えたかもしれん。

 だがそれがどうした?今回はお前に花を持たせてやるとしよう。

 次は20万か、30万か、あるいは100万の軍でもう一度蹂躙してやれば済むことだ。

 同じ手は2度も通用せんヨ。もっとも、コンナ結界を張れるような術者はもう居ないだろうがネ」


 当初の衝撃をよそにほくそ笑む魔王。

 

 軍師は無表情のまま、魔王の顔をじっと見つめていた。


「どうした?オマエの計略が当たったンだぞ?初めて魔王に勝ったんだゾ?喜ばないのか?」

「……お前の首を取れねば意味がない」

「そうだナ。この魔王がいる限り魔軍に負けはない」

「お前の首を、お前の首を取れねば意味がない」


 無表情に、しかし今まで発せられなかった重々しい声色に魔王が眉を寄せる。


「まさかまだ何かあるノカ?」

「まさか、打てる手はずべて打ったよ」


 腕を軽く広げ肩をすくめる軍師。


「魔王もう私は打てる手はすべて打った」

「フン、ワタシの軍を滅ぼした手並みはなかなかのモノだった。

 裏の裏といったところか?ワタシがここに来るのを見越して罠を張り軍を全滅させたのは称賛に値する。

 流石に長い付き合いだ、ワタシを良く見ている。よくぞヤッタ。あの世にいい土産話がデキタだろう」

「そうだな。あの世でせいぜい自慢させてもらおう


 魔王を殺した、とな」


「ナンだと⁉」


 突如、魔王が咳き込んだ。2回3回と咳き込むうちに勢いが強くなる。

 そして当てた左手から滴るのは黒く濁った紫血。


「なんだコレは!……毒?」

「そうだ」

「いつの間に。しかもコノ魔王を蝕むほどの強い毒だと?」

「いつの間にも何も、自分でゴクゴクと飲んでいただろう?」

「何⁉」


 軍師が据わった上目遣いで魔王を見やる。


「魔王、さっきの近衛隊長、世界最強の剣士という割には弱かったと思わないか?

 そうだよな、麻痺毒をあれだけ飲んでいれば動きも鈍ろうというものだ」

「まさか!オマエわざと負けさせたのか!しかしそんな程度の毒が魔王に」

「効くさ。よく効く。竜をも七日七晩悶えて死ぬ致死毒竜殺し(ドラゴンベイン)だ、実際よく効いている」

「竜殺しだと?そんなもの飲んで弱小のニンゲンが生きていられるはずが」

「さっきの近衛隊長が飲んでいたのは麻痺毒蛇毒牙(スネークペイン)よ。それより前に魔王、お前ドワーフに撃たれていただろう?あの弾丸に封されていたのが腐敗毒狼殺し(ウルフズベイン)だ。

 はたしてお前の竜鱗を貫いて毒を盛れるか肝を冷やしたよ。ドワーフ鍛冶の面目躍如だな」

「たかが毒を2種盛られただけではないか。それが竜殺しだと」

「魔王も知らなかったようだな。竜殺しは狼殺しと蛇毒牙の複合毒だ。両毒を同時に盛って混ざり合って初めて竜殺しとなる。どうよ竜殺しの味は?天にも昇る心地か?

 いや失礼お前は、地獄行き」

「ふざけるナァ!!」


 魔王は激高し右腕で軍師の胴を掴み軽々と吊り上げると軍師を睨みつける。


「ワタシは、魔王だ!オマエの軍門になど下らん。いくら竜殺しといえど竜の体力を持つワタシがやすやすと死ぬものか、解毒し必ず生き残ってくれるわ。魔王を甘く見るな!」

「魔王、貴様こそ俺を甘く見るな」

「何を」


 胴体を掴まれ吊り上げられたままの軍師の顔が豹変する。

 目は吊り上がり口元は歯噛みし顔の一面が怒気に歪む。


「ぬるい、ぬるすぎる。軍議の場で、戦場で俺のことを考えてきただと?

 魔王、俺はお前のことをずっと見てきた。考えてきた。思ってきた。

 朝も昼も夜も。晴天の日も、嵐の日も、徹夜の朝焼けの中でも。

 陣屋でも、戦議の席でも、街の中でも、戦場でも、クソのような撤退戦の最中でも。

 顔を洗う時も飯を食う時もクソをするときも寝る時も、夢の中でも。

 ずうっと、ずうっとお前のことだけを考えてきた。

 どうやったらお前を殺せるか、ずっと、考えてきた」

「軍師キサマ」

「魔王、お前は必ず今日ここに来ると思っていた。

 今まで連戦連勝、ただし俺にことごとく完勝を阻まれていた。今日が俺に完膚なきまでに勝つ最後の機会だ。

 有象無象の手によって俺の首を取られてそれを玉座で鑑賞する?お前がそれで満足するわけがない。

 憎きそして愛しい俺の首は自分の手で取ってこそお前の自尊心は満足する。

 そうだろう?

 だから手練れの勇者を城に送り込んだそれをお前が看破し、裏をかいて戦場に現れると信じていた。

 絶対にお前は俺の前に現れると信じていた。

 だから本陣の周囲に最後の命がけの結界を整え、罠を仕込み、近衛隊長の、最後の俺の家族の息子と図って毒を準備した。

 我が息子よ、お前との策は成ったぞ、よくやった」

「グヌヌ、軍師、子までも使った我が宿敵らしい策だ。

 だがこれでお前の策も打ち止め、ワタシは必ずこの忌々しい毒を解毒し生き残ってヤルわ。

 残念だったな軍師、オマエはここで死にワタシは生き残る」


 苦々しい笑みのようなものを浮かべる魔王が胴体を掴む右手に力を籠める 


「フフフ、ハハハハハハ!!」

「最後に錯乱したか、何がおかしい?」

「ハッハハハ!!魔王よ」


 凄絶な満面の笑みを浮かべた軍師が、


()()()ぞ!」


 木っ端みじんに爆散した。


「ウギャアアアアア!!」


 爆風に本陣の天幕は吹き飛び、爆心地の地面は抉れている。

 軍師の姿はどこにもない。

 凄絶に散った肉のようなもの、そして朱に塗れた地面の痕だけが軍師の影を残していた。

 

 そこから立ち上がるものがある。


「グググ、よくも……」


 それでも魔王は生きていた。

 軍師が体内に仕込んでいたであろうひし形の鉄片が全身に食い込み、軍師を掴んでいた右腕は肘から先が吹き飛び千切れとんだその断面からは黒い血がとめどもなく溢れている。

 そして魔王の視界が左半分しかない。

 自らの右目に食い込んだものを引っこ抜き投げ捨てれば、それは軍師の右中指であった。


「クソッ、なんて置き土産を……」


 もはや影もない爆心地を片目で忌々しそうに見ていた魔王だが、やがてその口元がニヤリ、と歪む。


「ついにヤッタぞ。あの忌々しい軍師をついに殺した。もうこの世にワタシを阻むものはナイ。

 冥途の土産に今回は勝ちをくれてやる。

 この結界が終わったときが最後だ。もう一度軍を率いて、いやもはや残党このまま殺しつくしてやってもよかろうな。いやあえて撤退して恐怖に怯える奴らを眺めるのも一興」




「楽しそうだな魔王」


 突如この場にないはずの声が魔王の背中にかかる。


「誰ダ!」


 背後に立っていたのは二人組の男たち。

 ひとりは異形の姿をしていた。

 竜を模した鎧、と一言には言える。が、その有様がおぞましい。

 竜から生皮をちぎり取って無理やり縫い合わせたかのようなちぐはくな鱗模様の鎧。頭を覆う兜も苦悶の竜の頭部そのままである。

 その右腕に担いだ武器も異形であった。

 分類では片刃の大剣になるのだろうが、あまりに大雑把で巨大なそれは木挽き鋸にも似ている。

 あるいは竜を横向きに平たくへし潰し研いで刃にしたようにも見える。全面がおそらく竜のものであろう牙や爪や鱗で覆われ、剣というよりははるかにのこぎりに近い。


 もうひとりは反して白一色の装束。

 染みひとつない新雪のごとく白い布の装束に上下を固め同じく白い頭巾を被るその男は、その髪も真っ白になった老爺であった。

 砂と塵に塗れた戦場のなかで影絵のごとく実感のない白が浮き上がっている。


「どうした魔王その右腕は。軍師どのの土産に渡したのか?えらく豪勢な土産だなオイ」


 竜頭の兜の下から皮肉げに浮かんだ笑みだけが見える。

 脇の老爺は眉をひそめたまま何も言わない。


「まあとりあえず……死んどけやオラァ!」


 竜鱗の男が異形の剣を大上段に振りかぶり魔王に襲い掛かる。

 普段なら何でもない攻撃だが、毒に蝕まれ多大な負傷を負った魔王の体は一瞬とはいえ回避を遅らせた。

 その一撃が魔王の右肩から左の腰に向けて袈裟斬りの傷を負わせ、黒紫の血を吹かせる。


 1歩2歩と下がる魔王の体に刻まれた傷跡は異様なまでに深く乱雑に抉れていた。


「ナン……だその剣は。ワタシの竜鱗を引き裂くとは」

「そりゃあお前、これは竜殺しの魔剣、貪り食らう物(ドラゴンイーター)よ。見ろよ魔王、旨そうに食ってやがるぜ」


 その魔剣は蠢いていた。のこぎりのように乱雑に欠けた刃、いや歯が今えぐり取った魔王の血肉を啜っている。


「ドラゴンを貪り啜るこの剣、軍師どののいう通り竜の魔王にはよく効くぜ」

「キサマら……」

「魔王、この場に現れたのがお前の敗因だぜ。俺は竜殺し以外は無能な男だ、特攻した若い奴らのようなまねはできねえ。たどり着けないからな。

 だから軍師どののいう通り涙を呑んであいつらを送り出し、時が来るまで潜んでいた。

 まんまとお前が現れたときには軍師どのの神算遠望ぶりに恐れおののいたもんだ。

 だから」


 竜麟の男が大剣を構える。


「人類みんなの恨み、その身で受け止めろ魔王!」


 愕然とする魔王が後ずさる。その胸に今度は逆袈裟。先の傷に交差するような深く広い傷が刻まれる。

 さらに数歩下がる魔王、その足が強烈に止められた。

 鉄の牙が魔王の足を貪っている。最初に作動したベアトラップとは別のものが魔王の足に食い込み、その後退を妨げ止めている。

 膝立ちのまま後ろ向きに転ぶ魔王。


「地獄に落ちろ魔王!貪り食らえ!」


 飛び掛かった竜鱗の男の大剣が、魔王の胸にその鍔元まで深く深く貫く。

 根元まで念入りに貫いた竜鱗の男が剣を手放し下がる。貫いた剣がそのまま地面まで突き立ち魔王の体を中空に縫い留めた。

 ベアトラップと食い込んだ魔剣によって動きを止められた魔王、


「今だ爺さん!」


 老爺は倒れ伏した魔王にその目をしっかと向け、年に見合わぬ朗々とした声で詠唱を始めた。


「天の神々、地の神々、人の神々に、我畏み申す(かしこみもうす)

 天を地を人を貪り喰らう無知蒙昧なる不遜たる大長虫を我討ち果たし平らげる力を所望す

 卑小たるこの人に今ひとたびの力を与えたまえ

 天を舞い地を駆け人を汚す大長虫を今ここに清浄無垢なる塵と成す力を

 竜を殺す力を

 竜を滅す力を

 竜を屠する力を」


 柏手をひとつ音高らかに打ち鳴らすと、魔王の背後に薄く透け白く光る新芽の幻影が立ち上がった。

 その新芽はみるみる大きくなり若木になりそしてすぐに天を衝くほどの大木となる。

 魔王の身に覆いかぶさるほどの大木、その枝先に薄緑色のつぼみが付いた。

 すぐさまそれはほころび、花開く。

 枝々を埋め尽くし白くそして薄く朱に染まる満開の花々。

 丘を覆いつくすほどの桜の大輪が魔王の頭上で花開いた。


 ひらひらと、雪のように降る桜の花びら。

 そのひとひらが魔王の腕にひらりと落ちる。

 雪が溶けるように消え去る花びら、消え去った花びらの跡には鱗もまた消え去っている。

 花嵐。

 舞い散る桜の花びらがいちまい魔王の上に降るごとに、魔王が少しづつ、少しづつ消えていく。


「ワタシが、ワタシが消えていく!こんな、こんなバカな!こんな!」


 動けないまま、桜の花びらとともに魔王が消えてゆく。

 痛みもなく、血もなく、ただひたすらに消えてゆく。


「こんな!ワタシは魔王だぞ、人類を追い立て、滅ぼし、貪り食らう魔王だぞ!こんな最後があるものか!」


 もはや散りゆく花が嵐のようにあたりを覆ってゆく。

 魔王の末路の声だけが響き、そして途絶えた。

 

 眼前を覆っていた花の嵐とともに桜の大木も宙に溶けるように消えていった。

 もとの通りの本陣跡が戻ってきた。

 地面には赤い血の跡だけが残っていた。


「やったか」


 竜鱗の男が地面に突き立ったままの竜殺しを引き抜く。

 左右を見回し、大剣を抜いた地面を見る。

 そこには剣を抜いた穴以外にはなにもない。


「やったな。やったぞ爺さん、魔王を倒したぞ!」


 振り向いて見ると、地面に伏し泣く老爺の姿があった。


「こんな技、こんな技、役立たねば良かったのだ!

 竜を殺す技など、儂の代で絶えればよかったのだ!

 魔王さえいなければ、魔王さえいなければ、儂の息子は、孫は生きて行けたのに。

 魔王さえいなければ儂の代を最後にしてこのような技、誰にも必要とされなかったのに。

 儂は魔王を恨む。天を恨む。運命を恨む。

 竜を屠る技など必要とされなかった生を儂に与えなかったのだ!」


 老爺の慟哭に竜鱗の男は何も言えなかった。




 丘の頂上にはひとつの石碑が立っている。

 多くの人々が訪れ、すり減った石段が丘の頂上までなだらかに続いている。

 左右に生い茂った木々は涼やかに日差しを遮る。

 苔むした石碑には薄くなった一言が刻まれてた。


「軍師、ここに眠る」

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