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空 秋霖  作者: 甲斐 雫
1/7

1 ダリア

「Life of this sky」シリーズ7作目になります。


ダリア・・・花言葉は「裏切り」



 高く澄んだ秋空に、ひと群のひつじ雲が浮かんでいる

 やがてそれらは、上空の強い風に流されて1つ1つ消えてゆく

 そして消え残った、ひとつの雲

 青い空に取り残された白い塊は、どこへ行くのか



 9月も終わろうとするある日、ミーティングスペースで事務作業をする空の所に豪がやってきた。

「時間がある時で良いので、対人近接訓練の相手をして貰えませんか?」

 以前からずっと機会を窺っていたのだが、なかなか言い出せずにいたらしい。

「はい、もう少しでこれが終わりますので、少しだけお待ちいただければ」

 その日の朝は10時半ごろの出勤で、いつも午前中に終わらせる作業が滞っていた。昼食後の今になって,ようやく終わらせることが出来そうになっている。

 空は笑顔で答えると、やがてノートパソコンを閉じて立ち上がる。


 2人がメインルームから出ていくと、残っていた捜査官たちがどこかソワソワし始めた。

 見に行きたいなぁ、と辺りを見回せばそれぞれの目が合う。

 局長を筆頭に、捜査官3名はいそいそとトレーニングルームに向かった。


「あれ?何だか、ギャラリーが多くないですか?」

 先に準備を整えていた豪が、広くスペースを取った室内の真ん中に立って目を丸くする。

「イイだろ? どんな感じで二人が動くのか、知っといた方がいいし」

「私、実は近接対人訓練って、見るの初めてなんです」

「実は私も、空の動きを間近で見るのは初めてなのよね。話には聞いてたけど」

「鑑賞にも値するかもしれませんよ」

 観客は、三々五々、そんな言い訳を口にする。

「それじゃ、いいとこ見せないと、ですかねぇ」

 豪は快活に笑った。


「お待たせしました」

 そこに着替えを済ませ、タオルを手に持った空が現れる。

 出動時に着用する黒の上下だが、今までとはTシャツの形が変わっていた。

 それまでは、襟ぐりの広いピッタリとしたシャツだったが、襟の高いホルターネック型のそれになっている。特徴となってしまった首の傷跡を隠すハイネックだが、両肩の部分が広く開いていた。

 彼女は聴覚の不利を補うため、空気の流れを読む必要がある。高い襟で首の部分の肌が覆われるため、その代わりとして肩を露出しているのだろう。

 髪は縛らず、普段通り垂らしている。

 空もギャラリーの多さに目を見開いたが、直ぐに笑顔を浮かべた。

「ダンスでも踊った方が良さそうな気がします」


 制限時間は5分と決めた。2人は部屋の中央で対峙する。

 空は、自然な様子でただ立っているだけだ。無駄な力は入らず、けれどしっかりとした体幹に支えられた姿は、静かに佇む柳の木のようだ。

 対して豪の方は基本の構えでやや腰を落とし、出方を窺うようにじりじりと移動を始める。

 先ずは、豪の方が先に動いた。相手の身体を捕まえようと長い腕を伸ばす。けれど、空は軽くステップしてかわすと彼の横へと移動する。何度も、そんな動きが繰り返される。


「空の方が、余裕じゃねぇ?」

 真の言葉に、博が答えた。

「スピードがまるで違いますからね。ただ、力とタフさは豪の方が断然勝っています。このまま続けば5分後にドローになりますが、お互いそうはしないでしょう」


 やがて豪の動きが変化する。フェイントを多用し、何度も相手の身体の一部を捕えようと動く。

 何度も失敗した後、彼は空の二の腕を掴んだ。

 彼女はどうやら、それを自然に誘ったようだった。

 掴まれた瞬間飛び込んで豪の懐に入り、頭を軽く振る。

 長い黒髪が、彼の目元を襲った。

「っ!」

 豪は咄嗟に目を瞑り、頭を後ろに引く。僅かに仰け反った胸に、空は肩から飛び込んだ。

 バランスを崩された大きな体が、仰向けにマットに沈む。

 けれど豪は精一杯の反射速度で身体を捻った。空はそこを見逃さず、彼の左手首を掴んで後ろ手にし、体重を掛けて背中に乗る。このまま、背後から手を首に当て、5秒経過すれば彼女の勝ちになる。

 けれど、その体勢は覆された。豪の力の方が勝ったのだ。

 跳ね退けられたように空の身体がマットに転がった。既に3分が経過していた。

「これで、空が不利になりましたね」

 博が呟く。


 転がった勢いを利用して素早く立ち上がり、空はバックステップで後方に跳ぼうとする。

 汗の玉が、宙を舞った。

 そこに低い姿勢から足の力だけで跳び、豪は彼女の足にタックルを仕掛ける。

 長いリーチで、豪の手が空の踵を捕え、そのまま力任せに上方へすくい上げた。

 空の身体は、背中からマットに落ちた。

 豪は跳んだ勢いのまま仰向けの彼女に飛びつき、肩を押えて首に手を掛ける。

 下半身は自由だったので、直ぐに彼の腹部を蹴り上げて逃れるつもりだった空だが、その瞬間ギクッとしたように身体が固まった。

 そして5秒。

負けました(Lost)

 空の口から、敗北宣言が出た。


 緊張を解いた身体から、激しい呼吸が始まる。

  けれどそれは、どちらも同じだった。

「あっ!すみませんっ!」

 制圧姿勢のまましばし固まっていた豪が、犬のように飛び退く。

 空は、ゆっくりと起き上がった。

「流石ですね、豪。凄い力です」

 前髪から汗の雫が胸にポタリと落ちる。けれど、呼吸がかなり早く整う彼女は、いつもの笑顔で彼を称賛した。

「えっ、あ、いや・・・ありがとうございます。運が良かったって言うか・・・すみません、首を・・・」

 彼女の首にある傷跡の事を、気にかけているのだろう。

「いえ、お気になさらず。首は今の私の課題なので、寧ろ良い訓練になりました」

 空は立ち上がって、ニッコリと笑った。

 まだ、首の辺りに触れられると一瞬身体が強張る。トラウマになっているようだが、それは克服しなければならない事だ。やりたい事が出来た今、早急に達成しなければと思う。


「お疲れ様」

 博は彼女が置いていたタオルと取ると、声を掛けながら近寄ってそれを渡す。

「ありがとうございます」

 そう言ってタオルで汗を拭う彼女のシャツは、ぐっしょりと濡れていた。


 シャワーを浴びに行った2人を残し、ギャラリーはメインルームに戻る。

「豪が勝つとは思わなかったな」

 真の感想に、博は丁寧に説明を始める。

「実戦では、空は基本的に相手に接近し続けることはしません。スピードの優位で、短時間で制圧を終わらせるんです。それが出来ない時は、ウィップなどで拘束してから行います。元々、力と体力は無い方ですからね。今回も空にとっては 5分は長いんですよ」

 彼女の事は、誰よりもよく解っていると自負する博なのだ。


「でも、凄いわぁ。あんなの初めて見たかも」

「ですよね!空さん、カッコイイです~」

 そんな会話をしながらリビングスペースに戻った女性たちは、真っ先に時計を見る。現在午後2時、そろそろおやつの算段をしようかと考えたところで、博が声を掛けた。

「ちょっと用事があるので出てきます。3時頃には戻るので、何か甘いものでも買ってきましょうね」

 あの二人も疲れたでしょうから、と笑みを見せる気の利く局長に、小夜子と春が拍手したことは言うまでもない。彼にしてみれば、空の好きな甘いものを用意してあげたいというのが本心だったのだが。



(さて、困りました・・・)

 博は、支局のビルとショッピングモールの中間地点にあるベンチに座り、考え込んでいた。

 小夜子たちが贔屓にしているケーキ屋もドーナツ屋も定休日で、いつもはこの辺りにいる移動販売のスイーツ店の車も無かった。

(いっそ、和菓子にしましょうか・・・)

 そんな事を考えて、もう一度ショッピングモールに戻ろうかと腰を上げかけた時、遠くからオルゴールの音色が聞こえた。

「・・・おや?」

(パッフェルベルのカノンですね。懐かしい・・・)

 それは博の母親、直美がピアノで良く弾いていた曲だった。子供の頃、そんな母の傍でピアノの音色に耳を傾けた。穏やかだが少し寂し気で、けれど美しかった母の横顔が脳裏に浮かぶ。

 やがて、オルゴールの音と共に、小さな足音が近づいてい来る。

 そよりと吹いた風に乗って、涼やかな香りが届いた。

(・・・アナスイのオードトワレ・・・伯母が付けていた香り)

 博はぼんやりと、自分が懐き尊敬していた伯母を思い出す。

 母の姉だが、顔はあまり似ていなかった。意志の強そうな瞳が印象的で、理知的な美人だった。


 小さな足音は、博の前で止まった。

 AIが情報を伝える。

 《コガラナ ショウジョ ウスヨゴレタ フクソウ ヤセテ メガオオキイ》

 博はそんな言葉に、ふと空の事を思い出した。彼女も、こんな感じの少女だったのだろうか。

 スラムで育った彼女は、こんな感じだったのかもしれない。

 もし彼女のそんな時代に自分がいたとしたら、助けになれたかもしれないのに。

 霞が掛かった頭の中に、そんな考えがぼうっと浮かんで、そして消える。

 ふいに、声が掛かった。

「・・・助けて」

 庇護を求めるような頼りない声。

 AIは、真っすぐにこちらを見つめる瞳の色がヘーゼルだと告げる。けれど博の頭の中は更にぼんやりとして、AIの声もよく聞こえない。

 オルゴールのカノンは繰り返し流れる。

 オードトワレの香りが彼の身体を包んでいた。

「連れて行って・・・私を守って・・・」

 少女の言葉が、心に沁み込んでくるようだ。

「私の名前は、エリアナ・ナオミ・ブライ・・・エリィって呼んで」

 博は、少女の手を取って立ち上がった。



 博がメインルームに戻ってきた時、その場にいた全員が明らかに不審そうな顔になった。

「誰?」

 小夜子が少しばかり怒りを含んだ声で呟く。

 基本FOI支局内、特に4階以上のエリアは、関係者以外立ち入り禁止である。捜査官やスタッフ以外の人間が入る場合、事前に登録し全員に周知しておかなければならない。

 けれど博が大切そうに連れてきた人間が、今ここにいるという事は、捜査官専用出入口でケトルに許可を与えるよう彼が指示したのだろう。それだけ、緊急事態ということなのだろうか。

「この子はエリアナ・ナオミ・ブライと言います。当分の間、僕の部屋で保護します。エリィと呼んであげてください」

 博はいつもの人懐こい微笑みで、皆に告げる。

「・・・局長が言うなら、仕方がねぇけどな」

 真は、何となく不愉快な気分になって答えた。

 そこに、廊下から肩にビートを乗せた空が入ってきた。屋上で息抜きをしてきたのだ。

「あ、失礼しました」

 ドアの直ぐ傍に立っていた二人の人物にぶつかりそうになり、慌てて謝罪する。

「・・・イヤッ!・・・鳥っ!」

 小柄な少女が叫んで、傍らの博にしがみついた。顔を彼の服に埋め、肩を震わせている。

「鳥が怖いのですか?・・・すみませんが、彼女から見えないところに移動してください」

 博はチラッと背後を見ると、事務的な口調で命令する。

「・・・はい、失礼しました」

 空はそう答えて、そこから一番遠いミーティングスペースの奥へ移動する。

「まだ怖いですか?じゃぁ、部屋の方へ行きましょう」

 彼は少女の髪を撫でると、その肩を優しく抱いて出て行った。


「どういうことですか?あれは」

 豪が憮然として声を上げる。

「わかんねぇな・・・後で説明してくれるだろ。何か訳ありの少女なのかもしれないな」

 真の言葉に、不貞腐れたように小夜子が反論した。

「少女?幾つくらいだと思ってるのよ。お化粧してたわよ、凄く上手に。でも、手の甲とか首を見ると解るわ。20代半ばくらいよ」

「・・・はぁっ?」

 女性の見かけに関して、小夜子は非常に鋭い。それは良く知っている真だが、流石にその言葉には驚いた。

「化粧?・・・してるようには見えなかったぜ」

「まぁ、化粧の極意よね。お化粧していないように見えるメイクっていうのは。それに、濃すぎるくらいのオードトワレつけてたわ。アナスイのだけど、何だか似合わない感じ」

 小夜子の言葉は、なかなか手厳しい。

「・・・でも、チラッとしか見えなかったけど、凄く可愛かったですよね」

 春のいう事は確かなので、認めるしかないのだが、やはり小夜子は眉を顰めたままだ。


「あの・・・良ければ私が、おやつの手配をしてきましょうか?」

 2人が出て行ったので、もう良いだろうと空がミーティングスペースから出てきて声を掛ける。

 時刻はとっくに3時を回っていた。

「え?・・・う~~ん、何か食欲無くなっちゃったわ。コーヒーだけでいいんじゃない?」

 あまりにもいつも通りな空の様子に、毒気を抜かれたように小夜子が答える。皆、同じような気分だったと見えて、全員が濃いコーヒーだけを希望した。

「それじゃ、用意しますね」

 空はそう言ってキッチンに立ち、コーヒーケトルに水を入れて火にかける。

 マグカップの用意をしながら、ふと何かを考えるように手を止めた。

(・・・何だか、変な感じがします)


 胸の中に沸いたものは、薄暗い色をした不安だった。そこから、何か良くないものが連鎖的に生じるような気がする。

『何か良くないもの』とは、おそらく負の感情とまとめられるものだろう。嫉妬、悲しみ、羨み等の。

 けれど空は、そう言う感情を持ち合わせない。幼い頃の経験から、それらを不要なものとして感じないように蓋をするようになっている。

 けれど、近頃そんな蓋をするということに、タイムラグが発生しているような気がする。不要なものだと認識してから、蓋をするまでに時間が掛かるようになっているのだ。

(気が緩んでいるのでしょうか・・・)

 そんな事を考えていると、ふいに小夜子が叫んだ。

「空っ!ケト・・・じゃない、薬缶、薬缶っ!」

 気が付けば、コーヒーケトルの中身が蓋を跳ね飛ばす勢いで沸騰していた。

「あ!すみません」

 空は急いで火を止め、マグカップを温めるために湯を注ぎ始める。

「あ~、もう、誰よ、うちのコンピューターにケトルなんて名前つけたのは。おかげで、おしゃれなケトルを薬缶って呼ばないきゃいけないじゃないの!」

 支局のメインコンピューターの名前はケトル。苛立ちをそこにぶつける小夜子だった。


 博はエリィを自室に連れてゆくと、彼女をソファーに座らせ、ホットミルクを作って渡してやる。

「どうぞ。落ち着きますよ」

 エリィはおずおずと手を伸ばしマグカップを受け取ると、コクンと1口飲む。

 彼女の顔が、パァッと陽が射したように明るくなった。

「美味しいですか?」

「はい!とっても」

(・・・素直に表現してくれるのは、良いものですね)


 乏しい表情の中から、感情を読み取ろうとしていたのは何時の事だったろう。

 誰の表情だったのだろう。


 エリィは微笑みながらカップを置いて立ち上がると、傍に置いていたオルゴールのネジを巻く。

 コトンとテーブルに置かれた小さな木の箱は、再びパッフェルベルのカノンを響かせた。

「・・・私の名前を呼んでみて?」

 少女のような女性が囁く。

「・・・エリィ・・」

「そう、良い名前でしょう?」

「・・・ええ、伯母もそう呼ばれていました・・・」


 高木絵理、長い海外暮らしでエリーと呼ばれていた彼女は、博にとって父親のような存在だったかもしれない。父と離婚して、姉と一緒にA国で息子と一緒に暮らすことを選んだ母。

 けれど、子供の博は満ち足りていた。小さな苦労や困難はあったとしても。

 穏やかで幸せだった、あの頃。


「伯母さまが好きだったのでしょう?お母さまも、好きだったでしょう?・・・幸せな子供時代だったのでしょう?あんな幸福を、私もあげる。もっと、名前を呼んで・・・」

 彼女の声が、鼓膜を通って脳内に沁み込んでくる。

「・・・エリィ・・・」

「そうよ、その名前を大切にして。他に大切な名前は無いの。・・・『空』と言う名前は忘れて。彼女はただの捜査官。部下の一人にすぎないのだから・・・」



 夕方になると、博がメインルームに姿を見せた。

 説明をしてくれるのか?と真が席を立つが、彼はこちらを見た空に向かって片手を伸ばす。

 掌を上に向け、人差し指だけクイクイと曲げて、動作で彼女を呼んだ。

「・・・はい、何か御用でしょうか?」

 空はノートパソコンを閉じて、直ぐに近寄ってくる。

「僕の部屋に置いてあったビートの止まり木を、廊下に出しておきましたので自室に入れるように」

「はい」

(確かにそうしないといけないですね。エリィさんが鳥を怖がるのだし)

 彼女が博の部屋で暮らすのなら、当然しなければならない措置だ。

(私も自室で寝るようになりますね。・・・当たり前の事ですが)


 博はそれだけを告げるとあっさりと背を向け、ミーティングスペースに置いてあった自分の仕事用ノートパソコンを持つ。

「当分自室で仕事をしますので、連絡があったらそっちにお願いしますね」

 彼はニッコリ微笑んで、空以外の捜査官たちに告げた。その態度は、普段と変わらない博に思える。

「いや、あの・・・エリィの説明は?」

 眉を顰めて問いかける真に、博は申し訳なさそうに答えた。

「それは、もう少し時間をください。いずれ、きちんと紹介しますから。では、お疲れさまでした」

 と、にこやかに挨拶して出て行く彼の背中に、真は心の中で呟く。

(説明じゃなくて、紹介?・・・どういうことだよ)


 そして作業を終えてリビングスペースに来た空に、真は気遣う様に話しかけた。

「なぁ、どう思う?アイツのエリィに対する態度だけど」

「博の態度ですか?私には、当たり前の事だと思いますが。・・・彼は、能動的なタイプだと思います。世話をされるより世話をしたい、守られるよりは守りたい。そういう人間ではないかと思います。エリィさんは、博がそう思うような相手だと言うだけの事ではないでしょうか」

 淡々と博について説明する空に、真はそれに関しては納得するけれど、聞きたいことはそれじゃないと思う。

「まぁ確かにアイツは、そう言うところがあるけどな。ただ、何つぅか・・・急に乗り換えるみたいな感じが気になるんだよ。空はその・・・いいのか?あれで」

 彼女は一瞬、不思議そうな眼をするが、直ぐに笑って答えた。

「はい、私はもう充分、助けてもらいましたから。もっと助けを必要とする人がいるのなら、それで良いと思います。・・・真、お気遣いありがとうございます」

 空は、そう言って穏やかに笑って見せる。それは、Skyの頃の表情だった。



 空が仕事を終えて自室に戻ると、廊下にはビートの止まり木が出してあった。

 そして、紙袋3つ分の彼女の衣類も。

(・・・こんなにあったんですね)

 空は出来るだけ静かに、止まり木と紙袋を自室に運び入れた。


 《 マタ ヒッコシ? ソラトイッショ? 》

 再び戻ってきた狭い部屋に、それでもビートは大喜びだ。

「狭くなっちゃいましたけど、我慢してくださいね」

 そう言って紙袋の衣類を片付け、寝る支度をする空。

 《 ソラ イッショ ウレシイ 》

 やがて、ベッドに入った空の枕元に飛んできてトコトコ近づき頭を擦り付ける。

 《 ビート ココデネル 》

「いつもは止まり木でしょう?」

 彼女はそう言って、ヨウムの頭を指で掻いてやる。

 《 コッチガイイ ズット コッチ 》

 灰色の鳥は、そう言ってもぞもぞと空の顔の近くに座った。

「そう?では、どうぞ」

 そう言って、空は眼を閉じた。

 もう、あの安心する場所で眠ることはないのかもしれない。


 あの時、彼を守りたいと言ってしまった。

 彼は抱きしめて、ありがとうと言ってくれたが、それ以外は何も言わなかった。

 守る側でいたい彼を、逆に守りたいと言ってしまった事は、彼を不快にさせたのかもしれない。

 守る対象を替えるくらいに。

 けれど、自分の中に生まれた初めての『やりたい事』を捨てることは出来そうもない。

 そう、今でも守りたいと思い続けているのだから。

(私にとっては、寧ろ楽になったのかもしれません。彼を守ることに専念すればいいのですから)

 自分の事は考えなくても良くなった。

 自分が傷ついても、もう彼が苦しむことは無いのだから。


 空は、どこかで安堵している自分に気づいた。

 自分以外の誰かの方が彼に相応しいと思い、それを勧めたこともある。

 彼の人生に寄り添って、いつまでもずっと傍にいることは難しいのだから。


(そうすると、私は彼とエリィさんを守らないといけなくなるんですね・・・)

 BBがターゲットを変更しない事を祈るが、他にもっと効率的に出来ることがありそうな気がする。

(根源を断つ、と言うのが一番でしょうか・・・)

 空は無意識に自分の指をそっと唇に当てて、天井を見つめながらいつまでも考えていた。


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