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鬼喰らいの妖術師

作者: 蠱惑奈 毒蜜

今回読み切りとなりますが小説家になろうで初投稿になります。

今までは同じペンネームでpixivに二次創作を出していましたが一次創作にも興味があり、数ヶ月前から書き続けてきました。

まだまだ初心者で粗削りな所もありますが是非温かい目で読んでください。

この世に住むのは人間や動物、植物だけでない。

海に、山に、林に、空に、そして……人ごみの中に、

彼らは各々の場所で暮らし、人間たちを脅かしたり、ときには襲ったりと、人間たちから見れば害にしかならない存在とされていたり、知恵を得てから、驕り高ぶる人間たちへの戒めのため現れると言われている。

彼らは人間たちから一括りでこう言われている…………「妖怪」と。

         

『おかけになった電話番号は現在使われておりません』

ピッ、と電話を切る。

あぁ、また騙されたのだなと彼女はやっと気づいた。

彼とは合コンで出会い、デートに行くこと十数回…その度に彼は財布を忘れていた時に気づくべきだったのだ。

しかし恋は人を盲目にする物だ。それは相手に入れ込んでいるほどその症状に気づかない物である。

そして最後のデートには結婚してほしいと言われたが、そのためにはまとまった資金が必要と言われたため、遂に結婚できるんだと思い、全財産を彼に渡し数日、彼に進捗を聞いたら……こうなった。

「うぅ、これで三人目よチクショー!」

彼女の名は水角式(みすみしき)、結婚詐欺にあうこと三回ながら未だに結婚を夢見る乙女である。ちなみに職業はフリーター…だが

「どうしよう、バイト先日クビになったばかりなのに、これ以上はアパート追い出される!」

「もう追い出すつもりだよ!家賃を何ヶ月も滞納する奴をこれ以上住ませるわけにはいかないんでね!」

「え?」

……ということで、文なし宿なしとなった彼女は道中で拾った人が一人入るほど大きな段ボールに「拾ってください」と書き、ときおり犬のようにクーンと鳴き……泣きながら今宵も段ボール箱の中で過ごす…はずだった。

「そんなところで寝ていたら風邪をひきますよ、私、マンションで一人暮らしだから君の寝床はすぐに用意できますよ」

段ボールの中の彼女に声をかけたのは高級そうなスーツに身を包んだ美しい男性であった。

式はその男性を見て……

「名前はなんと」

「大岳と言います」

「結婚前提に付き合ってください」

「はい、いいですよ」

彼女の最悪の日は一転して最高の日となった。

         

今日は初めての買い物デートとして二人はデパートに来ていた。

「ねぇ!この服買ってもらっていいの!?すごく高いのに」

「あぁ、これも君のためだよ、あっ、カード一括で」

その後もヘアメイク、ネイルサロンで彼が大枚をはたき、彼女は劇的なメイクアップを遂げていた。

「あっ、指輪も買う?この近くにいいお店を知ってるんだけど」

「えっ!?は、早すぎますよ!もうちょっと恋人関係が続いてからでいいかな、なんて」

「はは、結婚指輪だけが指輪じゃないよ、君の指を飾る素敵な指輪を贈ろうとしてたんだけど」

「あっ…でも指輪は大丈夫です、そろそろ料理食べに行きません?」

「あっ、もう店は予約してるよ」

「はうっ!?」

(優しさ満点、彼女へのサービス精神抜群、そのための準備は抜かりなし、この人なら…私、幸せになれるかも)

今まで三度も騙された彼女にとって彼は、今まで付き合ったどの男よりも最高な運命の出会いと錯覚していた。

「ついたよ」

「あっ、ありがとう…」

彼女の妄想中に店に到着したようだった。

「もう幸せ♡」

と彼女が恍惚の表情を浮かべているとき、

「………見つけた」

その二人から少し離れたところに怪しい三人の影が、こちらを見つめていた。

          

「おいしいわ、これ!食べたことない!」

レストランの料理に舌鼓を打っている式の口に大岳は「静かに」と言うかのように人差し指を縦にして塞いだ。

「こう言うお店でそんな声はあげちゃダメだよ」

「あっ、イエース」

(うー、恥ずかしい、もっとマナー学べばよかったかなぁ)

頬を染めながら反省する式を大岳はワインを飲みながら覗いていた。

「……何ですか、人の顔をじっと見て」

「やっぱ君みたいに元々可愛いのに、オシャレをしたらもっと綺麗になる人と付き合うのも悪くないなって」

「やだ、綺麗だなんて……えっ、大岳さんって以前にも彼女さんが……」

「昔の話ですよ、その時は彼女の父親に信用されなかったからね」

「むぅ」

その言葉を聞いて、式は嫉妬で頬を膨らませた。

「かわいいね、ふぐみたいだよ」

「ふっ、ふぐ!やっ、恥ずかしい」

が、すぐに大岳の一言で頬を赤く萎ませてしまった。

「いらっしゃいませ」

「おや、他にも客が来たみたいだね」

「そうですね……っ!?」

「ねぇダーリン、いいの?こんな高いお店入って?」

「いいんだよ、今日はお前の誕生日なんだから、まとまったお金も入って今日は豪勢に………」

急に式たちのいたお店に入ってきたカップルの彼氏と式が目を合わせて数秒………

「お前、なんでここに!?」

「あんたも……まさか私のお金、全部彼女に使ってたの!?」

「か、関係ねえだろ!」

「ねぇダーリン何なのよこのブス女!」

「…」

「誰がブスよ、流石詐欺野郎の選ぶ女!見てくれだけの害悪女じゃない!」

「な、何ですって!」

「んだとてめぇ!俺の女を愚弄すんな!」

「……」

「じゃあその女に貢いでる私の金さっさと返してよ!」

「んだとこの野郎!証拠はあんのかよ!」

「何よ証拠って!?あんた悪いことした自覚でもあるわけ!」

「………」

「何だとこのブスお『ダン!!』!?」」」

突如テーブルを叩く音に三人が驚き、音の発生源を見ると、

「…………」

そこには大岳が冷たい目でテーブルに手を置きながら先ほどまで醜い罵倒合戦を繰り広げていた者たちを睨んでいた。

「お、大岳さん!?」

「っ!?」

おそるおそる式が声をかけると、大岳が冷たいままだった目をカップルに向けていた。

「少々、この件に関して私からも言いたいことがある。そこの二人ともついてきてくれ」

「は、何でお前なんかの言うことを……」

「それではここで君に向かって結婚詐欺野郎と叫べばどうなるんですかね」

「………わかったよ」

「あ、二人とも来てください、またここでトラブルを起こしては堪りませんから。式さん、ここで待ってください」

「う、うん」

式の返事を受けて、大岳は二人を連れてレストランを出て行ってしまった。

「ごめんなさい、私のせいでこんなことに」

「い、いえ…さ、災難でしたね……」

店員から慰めの言葉を受けながら式は椅子に座ると同時に、項垂れながら、最近話題となっている茶色い巨大な鳥のニュースをスマホで見ていた。

(あーあ、何やってんだろ私、あの人とのデートも私があいつに気づいたせいで台無し、お店の人にも迷惑かけちゃったし…「ぼ、僕君!?どうしたの?え、お店にいるお姉さんに用事?」…?)

ふと店内の入り口の方から聞こえた声に耳を傾ければ先ほどの店員が見た感じ小学三年生くらいの身長の子供相手に対応をとっていたようだった。

しかし、子供と話し合ってすぐに二人で式のもとにやってきた。

「あのぉ、お客様の落とし物を拾ったという子がこちらに…」

「え?落とし物?そんなのあったっけ」

「うん、お守り、お姉さんを悪ーい人から遠ざけてくれるお守り、さっきこれがなかったから酷い人にあったんだよ、大事にしてね」

「あ、ちょっと、お守りなんて私……」

子供は式にお守りを渡すとすぐに踵を返し、

「またねー」

と言いながら店を出て行ってしまった。

「ちょっと君!あ、すいません、また騒がしくして…」

「い、いえ、大丈夫です」

と言いながらそそくさと店裏に行った店員を見送りながら、お守りに目を向けていた。

(…ま、悪い人から遠ざけてくれるっていうものならもらっておいても損はないよね。早く帰ってこないかな。大岳さん)

その後、彼らにお金を出して帰ってもらったと言いながら何事もなく帰ってきた大岳と食事を終えた後、デパートが騒がしくなっていた。

なんでも二組の男女の惨殺死体が見つかり、その近くにいた別の二組の男女が警察に連れてかれたというニュースが速報で流れていた。

「怖いわ、大岳さん。死体が見つかったのはついさっきだって」

「そうだね、店内も慌ただしくなってるし、早く帰ろう。君が怪我をしてはいけない、つかまってて」

「あ、ありがとう、大岳さん」

大岳に抱かれながら式はお守りのことを忘れて人ごみの中を歩いていく。

「………臭いな」

「?臭い?」

「いえ、この人込みですからね、汗の臭いがこもって」

「そう、よかった」

大岳から疑念の目を向けられながらも……


市内にある警察署の一室、そこにはレストランで式にお守りを渡した子供と先ほどまで捕まっていたであろう二人の男女が警察官を後ろにつけながら顔を合わせていた。

「やっと帰ってきた……」

「あはは、すまんのう日乃。あやつすばしっこくてな」

「しかも巻き込まれた人たちの様子を見るために残っていたら急に来た警察に署に連れてかれてしまって…」

「それが我々の仕事ですので…それに刀も持っていましたので……」

「さっきも取調べで言いましたが模造刀です。怪しく見えたのなら失礼」

「まぁまぁ、儂らの疑いも晴れたからそれでいいじゃろ?」

見た目の割に古風な話し方をするラフな格好の男と腰に模造刀を差しているスーツ姿の青髪の女性の言葉に後ろの警察官が苦言を呈していた。

「だが時間は稼げたはずじゃ。日乃、件のお守りは?」

「持たせた。でも気づかれるのは時間の問題だと思う」

「なら急がないと、彼女を確保してきて。時間はないと考えていいわ、私たちは…」

「'結界,の準備だね、大きさは?」

「ドーム一個分、といえばわかるかの?」

「わかった、じゃあ……お札、剥がしてくれない?」

そう言いながら日乃が半袖の両裾を捲り、後ろの肩に張り付いているお札を青年に見せた。

「!?」

その光景に驚いたのは三人の話しを怪訝そうな顔で聞いていた警官である。

「あの、それは一体……!?」

「ん?まだおったのか?別に昨今のトレンドでもなければ此奴の趣味でもない、これをつけないと…人としては見られんから、の!」

と同時に青年が日乃の両肩についた札を剥がした瞬間、

「な!?は、羽!?」

日乃の肩の先から赤い羽根が姿を現した。

「人前で出してよかったの?」

「奴なら言いふらすこともなかろう。そうじゃろ?」

「え、いえ、こんなこと、誰かに言っても…信じられ…」

「まぁいいや、行ってくる」

「おう、地上から見られるでないぞ、すぐに広まるからの」

「はーい」

そう言いながら日乃は下に人がいないのを確認して、警察署の窓から飛び出していった。

「それでは私たちは結界の準備を!」

「おお!急ぐぞ!」

「ちょっ!?ちょっと待ってくれ!?き、君たちは、一体……?」

その質問を警官がするよりも早く二人は警官の前から走り去ってしまっていた。

「本当に……何だったんだ?」


式と大岳は先ほど惨殺事件の起きたデパートから離れ、マンションへと戻ってきていた。

「式さん、あの事件、どうなっていますか?」

「あっ、もうトレンドになってる。え?捕まった男女が証拠不十分で釈放されてる…」

式は荷物にテーブルに荷物を置きながらソファーでスマホをのぞきながら、大岳と話し合っていた。話題は先ほどのデパートでの惨殺事件である。

「大丈夫ですよ、式さん。犯人が僕たちを狙おうともこのマンションはセキュリティが万全ですから」

「まぁそうよね。それに悪い人から遠ざけてくれるお守りもあるんだしね」

「?お守りですか?」

「うん、あなたが離れてる間に子供が落とし物だって…!?」

そのお守りを見せた瞬間、式は目の前に'何か,に身体を震わせた。

まるで自分を引き裂こうとする怪物のような殺気が確かに彼女の生存本能を、刺激したのだ。

「!?、!!?」

しかし目の前にいるのはどう見ても自分の恋人である大岳だけであった。

「お、大岳さん?」

「あ、ああ、すまない。そのお守り、どこかで見たことがあるような気がしてね。見せてくれないかい?」

「そ、そんなに見たいなら……あっ」

式がソファーから動こうとした瞬間、クッションで隠れていたのであろう、テレビのリモコンの電源ボタンを指で押してしまっていた。

「ちょ、ちょっとまって、今朝ソファーにリモコンを置きっぱなしに………え?」

偶然ついたそのテレビの内容は先程の事件での惨殺死体の身元が判明したという速報であった、が……

「あれ、大岳さん……確か…この二人は貴方が返したって…」

その判明した二人というのは………式がレストランで揉めていた元恋人とその彼女であった。

「お、大岳さん…嘘よね?二人を殺していないよね?」

「…………」

大岳は無言で彼女に近寄り彼女が落としたお守りを手にとり、乱暴に開けるとその中身を見て、目をまるで化け物のようにかっぴらいた。

「あいつら、サクラソウや血の匂いでこんなきつい匂いを誤魔化せると思ってたのか!!!!」

大岳がお守りを力一杯破り中からは沢山の植物が飛び出していた。

「!?これ、よもぎに菖蒲……」

『式や、よもぎや菖蒲はな、悪い妖怪から遠ざけてくれる、魔除けの草でな、たとえ人間に化けようともこの匂いを嗅げばすぐにその正体を現すんじゃよ』

ふと頭の中で幼い頃に聞いた今は亡き祖母の言葉が式の頭の中で呼び起こされていた。

「……あはは、本当だよ、お婆ちゃん。よもぎや菖蒲のおかげで大岳さんに化け物が本性を現したわ。でもどうしよ……扉はあの化け物の向こうだし、こんなところで私、死ぬのかな?」

お守りの中にあった植物を全て踏み潰した大岳の姿をしているだけの化け物が式に目を向ける。

「まさかあいつらとの関わりがあったとはな、だがこれでお前を守るものはもうない…殺してやる」

「…嫌……死にたくない」

か細い涙声で式が呟く。

「あ?」

「死にたくない、死にたくない!死にたくない!こんなところで死ぬのは嫌だ!」

式が泣き顔で近くの手近な物を投げるが大岳はそんな物を意にも介さず式の元に歩を進めていく。

「ッ!く、来るな!来るな!来るなァ!」

「!?ぎゃああ!臭い!臭い!臭いぃぃぃ!!」

その時、偶然にも式が投げたお守りの一部が大岳の鼻に被さり、耳を劈くほどの大声が辺りに響いた。

「み、耳が……ひっ、ひいっ!な!何!?その顔!?」

そう言いながら怯える式の目の前にはもはやあの時に惚れた大岳の顔はなく瞳孔は獣のように開き、大きく裂けた口からはどんなものでも噛み砕きそうな牙が現れていた。

「貴様ァ、貴様ァァ!よくもこの顔を台無しにしてくれたなァァァァ!!殺してやるゥゥゥ!!」

「ひいっ…で、でも私、まだまだ生きていたい!あんたみたいな奴のために私の人生が終わってたまるかぁぁぁ!」

大岳の顔を被っていた化け物の怒声に怯みながらも式は思いの丈を吐き出しながら彼の後ろにあるドアを目指して走り出……

「そっち行っちゃダメェェェ!!」

「え、えっ!?」

そうとしたところを突然彼女の後ろの窓ガラスを割りながら現れた子供、日乃の乱入によって止められてしまった。いや、止まらざるをえなかったのである。

「き、君!大丈夫!?今ガラスに体当たりしてたっ…てあれ?あなた!あの時の!って何この羽!?これで飛んできたっていうの!?」

「あっ、うん、久しぶりだねお姉さん、怪我はない?」

「いや、怪我は貴方の方が心配なんだけど…」

「貴様カァ!ヨクモアノヨウナオ守リヲォ!!」

先ほど飛んできたガラス片を伸びた腕で防いでた化け物が日乃と式に向かって怒りを露わにしていた。

「う、腕が伸びてる!?」

「逃げるよ!早く二人と合流しないとだから!」

「ニガスモノカ!!」

「あっ」

「嫌ぁ!」

化け物が二人を捕まえようと伸ばした腕が迫ってきた瞬間、その腕が……燃えた。

「ア、アヅイイイ!!焼ケル!熱イイ!腕ガァァ!」

「な、何が起きたの!?」

その光景を不思議に見ていた彼女が横を見ると日野の羽根からは火の粉がプスプスと舞っていた。

「今のうちに、捕まって!あ、羽根はあんまり触らないでね、飛びづらいから」

「わ、わかった!」

「じゃあいっくよー!」

背中に式が捕まったのを確認した日野は彼女の膝を引きずりながらマンションのベランダの手すりに足をかけ、

「ヱ?ちょっと待って?何する気!?」

「飛ぶんだよ、ドアからだとあいつがいるし」

「だっ大丈夫よね!?大丈夫よね!?」

「……ちょっと重いけど頑張る」

「し、失礼ね!って待って!?飛ぶ!?私を抱えて!?」

「!まずい!しっかり捕まって!」

「いやぁ!ここで死んだらあんたのこと末代まで恨むんだからぁぁぁ!!!」

式を背に飛び降り、地面に激突する瞬間、

「ピイギャアアアアア」

まるで鳥の化け物のような鳴き声と共に、力一杯両翼を動かし転落死から免れると同時に二階建てのビルよりもやや高いぐらいの高度まで上がっていた。

「……すごいすごい!でも下に人とかいないし、なんか静かね…」

「うん、もう結界の中に入ったからね」

「結界?」

「悪い妖怪たちをこれ以上外で暴れさせないためにあるんだよ、でもそういった妖怪と強い縁…関わりができてしまったら、その人にも影響を及ぼしてしまう……って言ってるそばからだ。しっかり捕まって、追いかけてきた」

「お、追いかけて、ってエ!?」

式が後ろを見ると先ほどまで、二人のマイホームであった部屋からは先ほどまで燃えていた化け物が飛び出し、向かいのビルまでジャンプをし、式の姿を確認すると、ビルを飛び越えながら、追いかけてきていた。

その姿はすでに人ではなくなっており、長身であった身体はその二倍以上の大きさになっていた。

「おー、さすが山から山を飛び越える跳躍力。二人から聞いたとおりだ」

「や、山から山!?ねぇ、あれって一体……」

「今は喋らないで!舌噛むよ!」

日乃が式の言葉を遮り、急降下。そして地面スレスレの所を飛びながら、彼らを捕まえようと伸ばしてくる腕をかわしていると、化け物は口を開け、炎の弾丸を発射した。

「ッ!」

それを見た日乃は再び上昇し、炎は地面に着弾し、その上昇気流を受け、急上昇していた。

「コレデオワリダァァァァ!!!!」

だがその隙を狙い、化け物は力一杯飛び上がり、伸ばした腕の先には鋭利な刃物のような爪が左右五本ずつ、式を引き裂こうとその凶刃をむけていた。

「嘘!?し、死ぬ、死んじゃうぅぅぅ!!」

「!今だ!」

「え?きゃあぁぁ!私を下にしないでぇぇ!」

「………、ッ!?」

今にも暴れそうな式を背に日乃が半回転、斜めに降下している様を見ていた化け物の顔が……何もない上空でまるで壁にでもぶつかったかのように顔をひしゃげさせていた。

「え?今、何が起きたの!?」

「何、ってただ結界の端っこに来ただけだよ。突進してきたからやるかなーって思ってたけどやっぱりだった」

「や、やっぱりって…」

「急ぐよ、そろそろ二人と合流を……グゥ!?」

「ガッ!」

瞬間、化け物の振り下ろした腕が日乃達を地面にはたきつけ、元は周りの地面であった瓦礫は化け物の全長よりも飛び、砂埃が濛々と舞い上がっていた。

「カハッ、ハァ、ハァ…だ、大じょ…!?し、しっかりして!血が!」

背中をはたかれ、体内の空気を全て吐き出していた式の下で、日乃は地面に激突した衝撃をもろに受けて頭から血を流し、身体を動かす素振りすら見せていない。

「みゃ!脈!あるよね!?無事ならこの子の言ってた二人を…キャアァァ!!」

式が日野の無事を確認している中、再び化け物の腕が彼女を掴み、砂埃の中から赤黒く染まった悍ましい顔を見せつけていた。

「ハァー、ハァー、捕マエタゾ。キサマモタマキモコノオレニオトナシク喰ワレテイレバヨカッタノダ。ソレヲ……今度ハコンナガキニ邪魔サレルトハナ!!」

化け物はそう言いながら倒れている日乃を何度も踏みつけ、あたりの地面が再び瓦礫と化す。

「やめて!その子はもう動けないのよ!もう逃げないからその子を傷つけないで!!」

「ダマレ!!」

「グゥ!アアア!つ…潰れる」

式の言葉に腹を立てた化け物が彼女を掴む腕に力を入れ、身体中に痛みを与えていた。

「クソ、ニンゲンノヤツラ、オンナヒトリヒキサイタダケデオレヲ封ジヤガッテ!」

「…ひ、引き裂いたですって…グッ」

「アアソウサ、タマキノヤツ、コノスガタヲミセテカラオレヲ見ヨウトモシナカッタカラナ、ズタズタニヒキサイテヤッタサ。ナニ、オマエモタマキトオナジニシテヤルサ。アノガキヲフミツブシテカラナ!!」

「……最低よ」

「ア?」

「あんた最低よ!自分を見ない女を引き裂いたり、邪魔をしたっていう子供を踏みつぶしたり、あんたみたいな最低なけだもの野郎がイケメンの皮なんか被ってんじゃないわよ!!」

再び日乃を踏みつぶそうとした化け物に式が怒りの言葉をぶつけると化け物は足をとめ、彼女を巨大な両目で睨みつけていた。

「何よ、反論があるなら言ってみなさいよ!」

「イヤ、気ガカワッタ。ヒキサクヨリモ楽シイコトヲオモイツイタカラナ」

化け物はそういうと、口を開け、中の炎を式に見せつけていた。

「そ、それをどうする気かしら?」

「カンタンナコトサ、キサマニコノ炎ヲアビセテヤル。オレノ炎ハナ、イチドニンゲンヲモヤストゼッタイニキエナイ、ノロイノ炎ダ!!」

「………そう」

(また裏切られたわね…しかも今度は私の命目当ての男……途中までは死にたくないって抵抗はしたんだけどね。でも…我儘を言うなら…もっと)

「コノオレヲオコラセタコト、アノ世デコウカイスルガイイ!」

(優しくて強くて、あと裏切らない人と出会いたかったな………?)

ふと式の目に写ったのは縦に伸びた薄い紙であった。

(何か……裏に書いてある?お札かな?だけど、もういいわ、私はこいつに焼かれるのだから……でも、最後にこれだけは言っておこうかな……)

「……助けて」

「無論じゃ!『大川招来(たいせんしょうらい)』!!」

「!?」

「ミ、ミズ!?ガゴ!ゴボ!」

式が死を覚悟した瞬間、先ほどの紙、いや、お札からは大量の水が現れ、化け物の口を蹂躙し始めた。

「グガ!ゴボッ!ガァァァ!」

「キャア!」

「危ない!」

パニックになった化け物に投げ飛ばされ、地面に身体を打ちつけそうになった式を、先ほどまで警察のお世話になっていた二組の内の一人であった青年が受け止めていた。

「大丈夫か!?お主!」

「あ…貴方は?」

「ん?儂の名か。儂は……!後で答える。来るぞ!」

名前を聞く暇もなく、先ほどの化け物が先ほどまで大量に現れた水を飲み干したのであろう、たぷたぷのお腹を揺らして二人を睨みつけていた。

「アア、匂ウゾ、ソノニオイ!キサマカ!アノオマモリヲツクッタノハ」

「ああそうじゃ、その様子だと気づいていたようじゃな。折角あの山のサクラソウも詰めたのにのぉ、貴様が女の血で真っ赤に染めたサクラソウをの!」

「キサマ!ソレヲシッテノコトカ!アク辣ナ!」

「ははは、この儂を悪辣と言うならお主はなんじゃ?別人の面を被り、気に入られなければ女を引き裂くような奴がようほざくわ!のう、白馬岳の魔神!大婆王(だいばおう)!!」

「グウッ、ヤハリソノ名ヲシッテイタカ!?」

青年に名を突きつけられた化け物、大婆王は呻き声をあげながら睨みつけていた。

「だ、大婆王!?白馬岳…ほんとにいたの!そんな怪物が!?」

「ほぉ、知っておったか」

「うん、思い出した。おばあちゃんが…そんな怪物のことを言ってたの」

「それは博識な者だな、その危険性をしっているのなら、一刻も早くこの場を離れよ、ここからは儂らの領分だ」

「で、でもあの鳥の子供が……」

「あー、彼奴なら……!」

瞬間、大婆王が振り下ろした左腕を青年は後ろに飛びながら避けたが……

「グッ、目眩しかっ!」

「キャッ!」

「フッ、バカメ!ホン命はオマエダッ!」

再び舞い上がった砂埃の中、大婆王は再び式を捕まえようと右腕を伸ばしていた。

「イヤァァァ!」

「ッ!」

式の悲鳴の後に化け物が腕を伸ばした時の風切り音が青年の耳に入って来ていた。

「まずい!彼女を助けよ!雪那(せつな)ッ!!」

青年の声が響くと同時に、崩れてなかった建物の屋上からはスーツ姿の青髪の女性、雪那が飛び降り、抜かれはじめた模造刀には薄い氷の刃が纏われていた。


「クソッ、ツカマレ!」

「嫌よ!」

砂埃の中では式が、必死に化け物の腕を避けながら、青年の言う通りに場を離れようとしていたが…

「コノ!」

「エッ!?キャッ!」

大婆王が近くの地面を叩き、その振動で式はバランスを崩し、転んでしまった。

「今度コソ!」

再び式を捕まえようと大婆王が腕を伸ばした瞬間、

「『六花一閃(りっかいっせん) 氷滝(こおりたき)』!!」

雪那の振り下ろした氷の刃が大婆王の腕を叩き折っていた。

「!!ギャオオオオッッ!!」

大婆王はたまらず雄叫びを上げている中、雪那は刀を振り、あたりの砂埃を払いのけていた。

「あ、貴方は…」

「彼の仲間です。日乃…あの鳥の子のことなら既に安全は確保済みです。それよりも早く逃げなさい。これ以上、貴方を危険な目に合わせたくないのです」

「わ、わかった!」

式がそう言って大婆王が離れたと同時に再び耳を劈く咆哮があたりに響く。

「逃サンゾォ!ナン度モ何ドモ邪マシヤガッテェェェ!!貴様ラマトメテブッ殺シテヤル!!」

「……腕を叩き斬ったつもりなんですけどもね」

「ソンナモノデ俺ノ腕ヲ斬レタトオモッタカ!今ドハコチラカラ…」

「させぬわ!」

青年が大婆王の言葉を遮り、その足元に灰色のお札を投げつけた。

「!?ナ、ソ、ソレハ!」

「二枚目の札じゃ!『大山召来(たいざんしょうらい)』!!」

青年の言葉に反応し、お札からは巨大な槍状の岩山の先端が大婆王を捉えていた。

「グッ!ヌオオオオオオオ!!ガハッ!」

大婆王は岩山の先を腕で押さえていたが、岩山はどんどんと伸びていき、結界の上の端までたどり着くと、最後は右肩を穿ち抜いた。


「すまんの、雪那」

青年はその隙に雪那と合流していた。

「備えあれば憂いなし、です。あの砂埃は敵もまた使うなと思いましたので」

「見事にハマったみたいじゃな。ああそうだ、彼奴等は無事か?」

「ええ、彼女は逃しましたし、日乃からはすぐに復帰すると」

「それは心強い。おっと、落ちてくるぞ」

「ッ!!」

二人の会話を挟んで数十秒、大婆王が地面に轟音を立てながら着地した。

「ハァッ、ハァッ、ヨクモ…ヨクモヤッテクレタナ!」

大婆王は右肩に刺さっていた岩の槍を抜きながら、怨嗟の声を漏らしていた。

「おー、これは恐ろしい。岩山を砕いたか」

「何ドモコノ俺ノジャ魔ヲシヤガッテ!テメェラカラバラバラニヒキ裂イテヤル!!」

「本気で来ますよ!油断しないでください!」

「無論じゃ!」

青年は懐から取り出した札を、雪那は腰に差していた刀を手に、大婆王の元へと駆け出した。


「な、何なの?あの二人。いや、貴方も含めて三人ね」

「あの怪物も頭数に入れたら?」

そう言いながら少し離れた車の後ろに隠れていた式の隣には先ほどまで地面に叩きつけられていたはずの日乃が頭から血を流しながらも平然と彼女の話し相手になっていた。

「それよりも貴方、大丈夫なの?」

「うん、大丈夫。あっ、さっきの問いに答えておくよ。今僕たちの敵なのは大婆王って言って…」

「その怪物のことは知ってる。今知りたいのは貴方達のことよ」

「僕達?…まぁいっか。あの刀を振るってるのが、雪那でね、雪女って妖怪だよ」

「ゆ、雪女…刀を使うって…イメージと全然違う…」

「うん、雪那はあのお話の雪女じゃないって言ってるし、人だって色んな人がいるように雪女も一人だけじゃないんだよ」

「た、確かにそうね…」

「それでね、和尚がね…あ!」

「?…え、ちょっ!?」

日乃の声に反応し、彼の視線の先を見ると……大婆王が投げた巨大な瓦礫が彼等に降り注ごうとしていた。

「こ、今度こそ……死ん…」

「させない!」

式が再び気が遠くなる中、日乃は、炎を纏わせた羽を連射し、瓦礫を粉々に砕いた。

「…でない!って、貴方は一体!?その羽と炎……伝説の朱雀とか鳳凰?」

「あっ、やっぱりそう思う?でも違うなぁ。僕はね……飛縁魔(ひのえんま)!」

「ひ、飛縁魔!?そ、それって…」

「おい、今のは日乃か?お主も戦えるのならこっちに来い!」

「あっ、はーい」

式の問いよりも先に日乃が和尚と呼んでた青年の声に反応し、車の背に乗り、飛ぶ準備をしていた。

「それじゃ、あっ、和尚のことは後で!」

そう言い残し、日乃も二人の元へと向かっていった。


「チョコマカト!逃ゲルンジャネェ!」

「クッ、奴め!撃たれてもすぐに襲いかかれるほどの再生力があるとは聞いておったが、まさかこれほどとは!」

「当タリマエダ!コノ再セイ能リョクは立派ナ俺ノチカラダ!」

大婆王の言葉の通り、岩山で穿たれていた右肩は既に再生されており、大婆王は力任せに両腕を振り回し、辺りの建物が瓦礫と化している中を、青年と雪那は駆け回っていた。

「『六花一閃 氷滝』!」

「バカメ!喰ラウカヨ!」

「!速い!」

雪那の振り下ろした氷の刃を大婆王はその図体に見合わぬ速さで避けていた。

「潰シテヤル!」

それと同時に左腕を振り下ろした。普通の人なら逃げられないほどの巨大な手の影の中で、雪那は一息呼吸を置き、刀を納刀していた。

「コレデオワリダァァ!!」

「……!今だ!」

「ナニッ!?」

大婆王が力を入れはじめた瞬間、雪那が抜いた刀は氷を槍状に纏い、刀身は巨大な氷柱のようになっていた。

「マズイ!止、止マレ!」

「もう遅い!『六花抜刀(りっかばっとう) 垂氷突(たるひづ)き』!」

勢いが収まらずに振り下ろされた左手を、氷の槍となった刀が貫く。

「ギャアアアア!」

「まだよ!凍てつきなさい!」

雪那が刀に力を込めると、貫かれた大婆王の左腕が内部から凍りついていく。

「サ、サセルカ!」

大婆王が残った右腕を雪那に振り下ろそうとした直前、

「イギュアアアアア!」

鳥の化け物のような声をあげながら現れた日乃の吸血鬼のような鋭い犬歯がガブリとその右腕に噛み付いてきた。

「ギャアアアア!コ、コノガキ!離セ!ハナセ!」

大婆王が右腕を振り回し、日乃を振り解こうとする。

「おっと、わしを忘れておらぬか?」

「ナ、ナンダ……ト!?」

その言葉の聞こえた大婆王が下に首を向けた時には、青年は札を貼りつけていた右手を左足に密着させていた。

「シマッタ!」

「『大山召来』!!」

「グギャアアアア!」

再び現れた岩山に、今度は左足を貫かれ、大婆王は絶叫する。

「今だ!日野!やれ!」

ふぁーい(はーい)ふらええ(くらええ)!」

日乃が牙に力を入れた数秒後…牙から炎が溢れ出し、噛まれていた右腕が爆発した。

「ガァ、焼ゲル!アツイィィィ!」

大婆王が痛みで叫んでる間に雪那は突き刺していた刀を抜き、落ちてきた日乃を受け止めていた。

くひ(くち)ひょっほあふい(ちょっとあつい)いはい(いたい)

日乃の口内は先程の爆発で高音となっており、咳と同時に煙も溢れ出していた。

「今冷やすわ。今ならこの場でできるから」

「いや、冷やすのは彼奴の近くにしてくれ。大婆王の相手はもう儂だけで充分じゃ」

「!わかったわ」

そう返した雪那がその場を去って数秒後、足の傷を再生させた大婆王が立ち上がり、青年を睨みつけていた。

「ゼェ、ゼェ、モ、モウ許サンゾ。バラバラニヒキサクダケジャタリネェ!」

「ほう。それで引き裂くための両腕は使えるのかの?」

「ナ、ナニ!?」

青年の言葉に促され大婆王が両腕を見ると、なんと岩山で穿たれた肩や足とは違い、右腕は爆発で焼け爛れが、左腕は凍らされた際の凍傷がそのままであった。

「ナ、ナゼダ!?ナゼ再セイシナイ!?」

「なに、人間と同じようなもんじゃよ、お主の細胞が壊死したんじゃ。お主の立派な再生力の源となる人間以上の性能を誇る細胞が、先ほどの超高温と超低温でな」

「クソガ!ヤッテクレタナ!」

「さて、厄介な両腕もないのなら、後ろを気にせずに儂も本領を発揮できるのぉ…覚悟しておけよ」

そう言い放った青年の頭からは動物とは違う一本の角が姿を現していた。


「ここにいたんですね」

「ワアッ!?」

場所は変わって再び車の後ろ。式はそこから動けずにいたところに日乃を背負った雪那が現れ、驚きの声をあげていた。

「しー、バレたらどうするんですか」

「ご、ごめんなさい。ってなんでここに?」

「あなたの生存と場所の確認、それに日野の口を冷やすためです。その間は私も無防備ですので」

「そ、そう………」

「日乃、口を開けて」

「ふぁーい」

大きく開かれた口の中に、雪那は小さな寒風を流し込みはじめた。

ふふひい(涼しい)♪」

「なら良かった」

「……ねぇ、聞いてもいい?あの和尚って人のこと」

「それですか?別にいいですけども……彼に好意でも?」

「い、いや、ち、違うの」

式が思い出したかのように青年のことを雪那に聞くが逆にとんでもない返しをされ、赤面で否定する。

「……あぁ、あの見た目で古風な話し方をすることですか」

「そ、それも気になるんだけど……なんであんな妖怪に一歩も引かずに戦えるの?み、水とか槍とかを呼び出せるのは凄いけど…姿は私と変わらない人間みたいだし……」

「彼ですか。同じ人間ですよ。彼曰く'元,みたいですけども」

「元?」

「ええ、数百年前に妖怪を喰らって不老長寿となったみたいですけど……」

「よ、妖怪を…喰らった?」

「えぇ、餅にくるんで。それに今では小僧に渡した札を自分で使っていますし、何よりもそれ、昔話になってるんですよ。知りません?『三枚のお札』」

「さ、三枚のお札。え、じゃああの人って…小僧を喰らおうと追いかけた山姥を逆に食べたあの和尚!?」

「ええ、山姥は一説には鬼婆と似たようなものと言われ。それを喰らった時から彼は……」


「キ、キサマ!ナ、ナンナンダ!?ソ、ソノ姿ハ!?」


「鬼の姿を得たんですよ」

「!?……」

大婆王の驚きの声に振り向いた式の目には、遠くからでもわかるほどの殺気をもらしてる青年の背中がうつっていた。


「ソ、ソンナ姿ニナロウトモ無駄ダ!焼キツクシテヤル!ハァァァ!」

「………当たるものか」

大婆王の吐いた炎を、青年は人を超えた跳躍力で飛んで避け、懐から青のお札を取り出し、それを大婆王に向ける。

「『大川召来』」

青年の声により再び現れた大量の水は…

「ナ!ガ!?ゴボ!マタ!コノ水、クソッ、量ガ、多スギル!」

先ほど式を助けるために使った時とは桁違いの量であった。


「え、こっちに来てない?」

「上に避難しますよ」

「エ、キャア!?」

「あっ、待って!」

その影響は式たち3人にも及び、大量の水が彼女たちを飲み込まんとするよりも先に雪那が式を抱えて建物の屋上まで飛び上がり、日乃も追うように羽を羽ばたかせていた。

「ハアッ、ハアッ、ゼェッ、ゼェッ。ああびっくりした。そっちは大丈夫?」

日乃は常温に戻った口から荒い呼吸を繰り返していた。

「ええ、まさかあんな洪水レベルになるなんて思わなかった…」

「全く…この姿になると手加減を知らないんだから…」


「ゴホッ、クソ!炎ガ!グハッ!!」

再び大量の水を飲み込み、炎が吐けなくなった隙を青年は逃さず、大婆王の腹に拳を叩き込む。

「ガホッ!キサマ!ヨクモガハッ!」

大婆王の怒りを意にも介さず、顎に回し蹴りを喰らわせ、後ろへと下がっていた。

「とろいのぉ、それで儂を焼きつくそうとは笑止千万!」

「グウッ!コ、コノオレガ……キサマゴトキニ!ハアアアアアッ!」

大婆王が怒りのままに先程よりも燃えたぎる炎を吐きだす同時に、青年は懐から三枚目の赤いお札を取り出し、それを炎の先にある大婆王に向ける。

「無駄ダ!ソノ紙切レゴト、焼キ尽クサレロ!」

「いや、焼き尽くされるのは貴様じゃ!燃え盛れ!『大火召来(たいかしょうらい)』!」

青年の声により三枚目のお札から現れた焔は……

怒りのままに吐かれた焔を容易く呑み込み、大婆王を包むように燃え広がった。

「ナ、ナニ!ギャアアアア!ナゼダ!?ナゼ俺ノ炎ガアンナ奴ニイイイイ!」

「……井の中の蛙、というものじゃな。さて、年貢の納め時じゃ」

そう言いながら青年は円の中に「喰」の文字が書かれたお札の巻かれた石を取り出し、大婆王に向け投げつけた。

「キ、貴様?一体ナニヲスルキダ!?」

「何、簡単なことじゃ…お主も喰われる感覚を味わうんじゃよ」

石は大婆王の上で浮遊し、カタカタと揺れはじめていた。

「ナ、ソ、ソンナ…ヤメロ、ヤメテクレ!」

「その言葉を……お主は聞き入れたか?」

「イ、イヤダ、イヤダァァ!」

「『魂縛(こんばく) 妖喰(あやばみ)の術』!」

瞬間、お札に書かれた「喰」の文字を中心に円は黒い穴となり、牙が生え、まるで獲物を喰らうかのような獰猛な化け物の口となり、大婆王はその口の中へ吸い込まれていく。

「ア、アアッ、ヤ、ヤメロ!ヤダ、イヤダ!タスケテクレ!タスケテクレェェェ!」

「無駄じゃ、喰らいつくせ!」

大婆王の叫びも虚しく、ブラックホールのようになった口からは逃れられず、身体の全てが中に入った瞬間、ガチンと牙のぶつかる音を出しながら口が閉じられ、普通の石へと戻っていった。

「………奴の復活は儂らにとって不覚じゃった。これで奴に喰われる女子はもういないはずじゃ……あ、そうだ。日乃!」

「はーい」

青年の声に反応した日乃が飛びながら彼の元へ向かって行き、雪那も式を抱えて飛び降りていった。

「これを白馬岳に埋めてくれ。誰にも見つからない場所に埋めるんじゃぞ」

「わかった。結界がなくなったらすぐにいく」

「え?それ子供だけにやらせるの」

「ん、ああ。お主は知らぬだろうがこうした方が早いんじゃよ。日乃はドリルみたいに全身を回転できるし、風を起こせばすぐに土が穴の中に入るんじゃよ」

「泥だらけになって帰ってくる。ってのが難点ですけどもね」

「だからシャワーがあるんじゃん」

「ん?あれ、泥まみれ?なんか数日前に茶色い大きな鳥が話題になってるって…」

「あ。それ多分僕かも」

「嘘!?」

「ちょっと!?目立ってるじゃないの!」

「これは身を隠す札を作らないとのぉ」

「早く作って下さいよ!これが妖怪だってバレたらパニックになるんですから!」

「わ、わかったわかった」

(そんな札、今まで作ってなかったんだ……)

不意に始まった他愛ない会話を四人がしていると結界に綻びが出始め、穴が開き始めた。

「おっと、結界がとけ始めたか」

「あ、じゃあ行ってくる」

「おお、今度は撮られるでないぞ」

「下に人がいるかどうか確認しなさいよ」

「はーい」

大婆王の封じられた石を足で持った日乃は結界の隙間から一人抜け出し、白馬岳へと向かって飛んでいった。

「……本当に行っちゃった…あ、皆さん、助けていただき、本当にありがとうございます」

「え、あ、その…お礼なんて。むしろ私たちがあなたを巻き込んだことについて謝りたかったのに…」

「いえ、あの男の正体に気づけなかった私も悪いんですよ。だからここから出た後は暫く男探しなんかやめて真面目に働きます。また人間に化けた妖怪と同棲するのはもうこりごりですから」

「…そうか。それがお主の判断なら儂らは否定はせぬ。じゃが、妖怪の中にも無害なものもおるし、人間と仲良くなりたいと思うものも数多くおる。妖怪に殺されそうになったお主にとっては酷じゃと思うが、そういった妖怪たちの優しさを否定せんでくれ」

「………わかったわ。でも妖怪だからって嫌うことはないわ。だって助けてくれたのも貴方たち妖怪なんだから」

「…っ、そう言ってくれるとありがたいのぉ」

式の返答に青年は優しく微笑み、彼女はハッと彼の顔を見返していた。

(あっ、この人。こんな顔もするんだ…てなんで私、そんなこと……)

「!結界がとけますよ!」

「っ!!」

既に結界は三分の一が消えており、消える速さから後一、二分しか持たないぐらいとなっていた。

「おっ、そうじゃった!お主も早く離れよ。今儂らは道路の上にいるんじゃ。結界がとけたら大変じゃぞ!」

「…あなたの名前」

「?儂の名か?」

「まだ聞いてなかったわ。日乃と雪那は覚えたけど。最後に教えて!貴方の名前!」

「わかった。和見尚哉(かずみなおや)!あだ名は和尚!それが今の儂の名じゃ!」

「…尚哉。ありがとう!尚哉ぁ!」

瞬間、結界が完全に解け……プップー!

「ギャアアア!」

式は目の前に急に現れたパトカーが鳴らしたクラクションに悲鳴をあげて尻餅をつき、パトカーの左右のドアが開く。

「!君、水角式さんですね!」

「無事で良かったです!貴女を探していたんですよ!」

「…え?は、はい?もしかしてだいば…じゃなかった。大岳さんのことですか?」

「はい!殺された二人と共に現場へ向かう姿を見たという人がいましてね。もしかしたら貴女も被害に遭われたのではないかと思いまして…」

「あぁ、その事なら警察で話すわ。探してくれてありがとね。それと私を助けてくれた人たちが….あれ、いない?」

式が二人のいた場所に顔を向けるが、そこには誰の姿もなかった。

「?どうしましたか?」

「今は深夜ですし、近くに飲み屋はないですから、私たちの他に人はいませんよ」

「あ、あれ?…どこにいったんだろう?」

式が見失った二人は…

「……良かったんですか?」

すぐ近くの建物の屋上にいた。と言うよりも逃げてきたのだ。

「ああ、儂らはもう警察の厄介になりたくないからのぉ」

「それは誰もが思うことですよ」

「しかし、儂らのせいで騒ぎが広まったのは事実じゃし、できることといえば彼女の災難を二つほど消せるように働きかけることじゃのう」

「……そうですね」


「ハァ、ハァ。ここね、三人がいるのは」

長く続くと思われていた取り調べは上から介入があったとかなかったとかで式はあっさりと釈放され、数日間二人で住んでいたマンションは既に手続きを済まされたからと追い出され、彼女は押収されなかったカバンと金と、あの後なぜかポケットの中に入っていた『人妖相談事務所』といういかにも妖怪が従業員にいそうな相談事務所のチラシを片手にそこに書かれた場所まで数十分の時間をかけ歩いてきたのだ。

「フー、よし!」

呼吸を整え、ピンポンを鳴らす。

『客か。既に空いておる。好きに入れ』

扉の向こうから青年…尚哉の声が聞こえ、式が扉を開けると、そこには以前自分を助けてくれた三人が確かにそこにいた。

「あ、久しぶりだねお姉さん」

日乃は頭の傷はすっかりと治っており羽の生えていた肩から先は、初めてあった時のような年相応の大きさの両腕に戻っていた。

「あら、妖怪に関する相談…ではなさそうですね」

雪那は以前と同じスーツ姿に模造刀を腰にさしながら応対する。

「お主ならここに来ると思っていたぞ。色々と知り合いに頼んで、手回しをしてもらったんじゃが…」

尚哉は以前と同じようなラフな格好で式と顔を合わせていた。

「ふふ、やっぱり貴方だったのね。それにしても妖怪って本当に色んなところに潜んでるのね」

「ああ、それでここに来たと言うことは……」

「勿論!ここで働かせて!最初は雑用でもいいから!お願いします!」

式にいきなり履歴書を渡され、更に90度頭を下げられ、尚哉を頭を抱える。

「やはりか……まぁ…まぁ良いぞ。あの時お主を囮にしてしまった負い目があるのでな…それにそんな大量の荷物を抱えたお主に帰れなどと言いづらいしのぉ」

「え、いいの!?やったー!」

「本当?やったー!今日から同居人追加ー!」

日乃が新たな住人に近づき、一緒に喜んでいた。

「よろし、お姉さん名前なんだっけ?」

「そこ!?」

「ん?雪那よ。お主は聞かなかったのか?」

「いえ、貴方か日乃が聞いたんじゃないかなと…」

急な質問に式がこけ、尚哉と雪那はお互いに顔を見合わせていた。

「そういえば私、人に名前を尋ねておいて自分は名乗ってなかったわ。それじゃあ…水角式よ。よろしくね、日乃君、雪那さん。そして尚哉君」

式の名乗りの後の言葉に、三人は驚きの目を向け、尚哉は特に信じられないものを見るような目をしていた。

「あ、あれ?何かおかしかった?」

「お、おう…お主… 儂だけ名前…しかも君呼びか、こりゃ驚いた…」

「え?名前?あれ?日乃は名字だと思うけど雪那さんは……え?名字!?」

「なんで私に飛び火するんですか…はぁ、雪那氷織(せつなひおり)、それが私の名前です。ですが基本名字呼びでお願いします」

「え、は、はい…」

「炎真!」

「え?」

「僕の名前!日乃炎真(ひのえんま)!」

「あぁ、炎真君…随分と直球な名前ね。でも私からしたら日乃君の方が呼びやすいかも」

「そんなぁ〜」

「ふふ、さて、お主は一度聞いたと思うが、また名乗ろうではないか。和見尚哉、知己からは和尚と呼ばれておる。改めて宜しく頼むぞ、式!」

「えぇ、こちらこそ!」

尚哉が出した手を式は強く握り返す。

サンサンとした日差しがこの街を照らす今日この日。水角式は他の人とは違う新たな一歩を歩み始めたのであった。

如何だったでしょうか?

もし感想や誤字がありましたら是非コメント欄までお願いします。

人気が出れば2話目もいこうかなと考えています。

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