〜過去に決別を、君に感謝を〜
「……全部、私が悪いの。私が、大切な人を傷つけたから。私が……、ヴァンパイアだから」
私は泣きそうになって、うつむいた。
幻滅、されたかな。
これだから、知られるのは嫌だったんだ。
できることなら、ひっそりと。
人間を傷つけずに生きたい。
でも、それが叶わないのは、私が一番よくわかってる。
毎月届く給血パックは、パートナーがいないヴァンパイアにとっては生命線。
ただ、生の血に憧れる者は数しれない。
生のほうが栄養価が高く、新鮮だから。
とにかく、全部私がヴァンパイアだから悪いんだ。
心のなかで自分を責めていたとき、突然榊くんに抱きしめられた。
「えっ、榊くん!?」
な、なに!?
ブワッと顔が赤くなる。
……にしても、男の子ってこんなにも体大きいんだな。
背中もがっしりしててーー……。
関係ないことを思っていたとき、こわごわと頭に手をのせられた。
「……辛かったね」
たった一言。
ただそれだけなのに。
涙がポロポロと流れてきて、榊くんのシャツを濡らす。
私は、辛かったのかな。
大好きな血も飲めずに、誰かに相談もできない。
お父さんとお母さんは、二人とも仲がいいから、相談しづらかったんだ。
私はキュッと、彼のシャツを握りしめた。
榊くんだけが、気づいてくれた。
そうやってあたたかい気持ちになったとき、榊くんに提案された。
榊くんが血をくれて、私は苦手克服、という条件。
正直、すごく迷った。
榊くんは、優しすぎるんだ。
たぶん、私があまり罪悪感をもたない言い方で提案して、体調不良の私に血を飲ませようとしてくれてるんだよね。
そんな榊くんの優しさに甘えてしまってもいいのだろうか。
嫌だよって言おうとして、でもこれは自分が成長するチャンスなのでは、とふと思った。
私は、変わりたい。
傷つけたくないからって、とじこもってばかりじゃだめなんだ。
榊くんが提案してくれたことがいいきっかけだよ。
私はさんざん悩んだあげく、榊くんの目をみつめて頼んだ。
「…お願いします」
榊くんは安心したように眉を下げて、優しく私を引き寄せた。
わ、わっ…。
これぐらいの距離には慣れてるはずなのに、久しぶりすぎて緊張する。
てか、ドキドキする。
彼の耳たぶも赤くなってて、私だけじゃないんだな、って安心した。
あれ?てか、なんで私ドキドキするんだろ。
速水くんにもしたことないのに。
……まあ、そんなこと今はいいか。
私は本能のまま、でもすごく遠慮して牙を突き立てた。
「っ……」
榊くんのくぐもった声に、さらに顔が赤くなる。
首に唇をあててみるとーー。
私の大好きな血の味が、口いっぱいに広がった。
わあっ…。血って、こんなにも美味しかったっけ。
美味しすぎて、体がブルリと震えた。
とたん、刻み込まれた記憶が、フラッシュバックしてきた。
血の気がない速水くんの顔。
白いシャツに染まった、真っ赤な血。
耳にこびりつく『バケモノ』という単語。
ドックンッと心臓が嫌な音で波打った。
「っ、あっ……」
「白浜さん?どうしたの!?」
私はぎゅうっと彼にしがみついた。
怖い。怖い。怖い。怖い。
嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。
何が怖いのか、何が嫌なのかはわからない。
ただ、唐突に目の前にある温もりが離れていってしまうかもしれないと、そう思った。
榊くんは、私の様子を見て、私よりもずっと強い力で、抱きしめてきた。
さっきはこわごわと髪に触れていたのに、今はボサボサになるほど。
「大丈夫。僕は傷ついてないし、どこにも行かないよ」
私は目を見開いた。
止まったはずの涙が、また流れる。
私の全てを受け止めてくれる、大きな体と優しい声。
この人だけは、私の中身まで、気持ちまで気づいて、見てくれる。
この人は、他の人とは違う。
私は初めて彼の背中に手を回した。
彼の体がビクッと震える。
ねえ、榊くん。
私がどれだけ君に感謝してるか、わかってる?
これから、いっぱいいっぱい、彼に感謝を返せたらいいな。
抱き合う私達を、小さな桜だけがひっそりと見守っていた。
続く